姉様との別れ
一晩中でも、ずっとお話ししていようと思ったのに、お子様な私はいつしか眠ってしまったらしい。
次に目覚めたときはもう、控えめに朝を告げる小鳥の声が窓の外から響いていた。私は無意識に姉様の右腕に抱きついていたみたい。すでに起きていたらしい姉様が、その澄んだ青い眼を少し細めながら、私の頭を左手でゆっくりと撫でてくれる。
「姉様……もう会えないのかな」
我慢していたのに、じわっと涙があふれてきてしまう。
「あらあら……生きている限り必ず会えるわよ。なんなら私も悪徳婚約者として追放されて、バイエルンにふらっと行っちゃおうかな」
「ええっ! ダメ、それはないない、姉様は首席聖女、末は大聖女なんだから! ロワール王国のために、なくてはならない人なんだよ!」
おもわず力説してしまう。姉様が私のあわてぶりを見て、ぷっと吹き出した。
「はいはい。できるだけ頑張ることにするわ……多くの国民のためにね。じゃあ約束、ロッテの方から必ず会いに来てね。素敵なパートナーを連れて、ね」
「それはクララじゃなくて?」
「そりゃクララはもちろん一緒でしょうけれど……男性のパートナー、よ。ロッテは神秘的で可愛いんだから、絶対にいい人ができるはずよ」
「そうか、なあ……」
また、耳までかあっと紅くなってしまう、私なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
残酷なほど、その朝の太陽は、昇るのが早かった。姉様が次の村に向かって発たねばならない時刻が、すぐ来てしまったの。でも、会えて一晩一緒に過ごせただけでも、ものすごい幸運だった……そう考えるべきなのよね。
村はずれの分かれ道。姉様たちは西の街道に通じる道へ、私たちは北東の森に向かう間道へ……ここで本当にお別れだ。
「ロッテ、あなたにこれを持っていて欲しいの」
そう言って姉様が差し出したのは、聖女の杖。
「これは、姉様のために誂えた特注品で……これがなかったら妖魔と戦うときに困るんじゃ?」
そう、普通の「聖女の杖」は、齢を経て魔力がこもった樹の根を削りだしたもので、行軍のときは普通に杖として、接近戦闘の際には武器として、そして神聖魔法を使う際には精神集中のための術具として、聖女にとっては欠かせないものなのだ。
そして姉様の杖はまさに特注品なの。千年樹の根をロワール国随一の鍛冶師が三日三晩叩き鍛えた上に、同じく国で一番の細工師が魔銀を惜しげもなく使って、花をつけたツタを模しつつ杖の根元から先端に向かってらせん状に象嵌した最高級品。姉様が首席聖女になられた時に、お父様がエキユ金貨を百枚投じて……だいたい中級役人さんの年収くらいにあたるのだけど……気合を入れて購ったものだ。
「あら、私は神聖魔法を使うのに術具の力を借りたりする必要はないわ、ふふっ。だけどね、この魔銀のらせんは魔力を練って強め、集中させる力がある……神聖魔法がちょっと苦手なロッテが使えば、半分の時間で術が発動できるはずよ。お父様が私にこんなものを買ってくれたのはやり過ぎだと思ったけれど、いずれあなたに譲るつもりだったから、受け取っておいたの。だから、持って行って?」
この杖を私だと思って……というつぶやきが聞こえた気がして、また少し涙があふれてきた。
「さあ、せっかくだから、ちょっと魔法、使ってみよう? ロッテの魔法を封じていた催眠は、解いちゃったし……」
姉様がいたずらっぽい微笑を浮かべる。これは、やるしかないかな?
大きく息を吐きながら、杖を自然体で握って先端を地面に立てる。そして、私の意志を乗せた精神力を、杖に流しこむ。私の「魔力」じゃ神聖魔法は発動しないから、「精神力」と呼ぶしかない力、ね。
あっ……この杖すごい、すごすぎる。流し込んだ精神力が魔銀の象嵌に沿って、らせん回転をしながら凝縮されて戻ってくるのよ。
神聖魔法を使うときは、精神力を体内で循環させて「練る」必要があるんだ。そのためには精神集中が必要で、普通は集中するために呪文を唱えたり瞑想したり、妙なアクションをやったりする。だけどこの杖を使うと、精神力を流し込むだけで、勝手に練られて出て来るから、呪文がいらないの。これは便利だわあ。
十分「練られた」精神力を、私は近くに立つ、一番近い立木に向ける。
「雷光よ!」
短く叫んだ私が聖女の杖を向けた立ち木に向かって、ひと筋の雷光がひらめく。次の瞬間、バリバリというような轟音とともに、大木は真っ二つに割り裂かれ、二本の長大な炭になって地面に倒れた。
「ひえぇっ……」
見送りに来た村人たちが、すさまじい威力に腰を抜かしている。聖女が本気で使う魔法なんか見るのは、初めてなんだろう。
だけど、私も驚いていた。
姉様の杖が、神聖魔法を使いやすくしてくれたことは確かだ。この手の派手な攻撃魔法を、呪文無しで発動させたのは、初めてだから。だけど……
「こんなに威力が増すなんて……」
そう、私の「雷光」は人や獣をせいぜい一人か二人、感電させて動けなくする程度だったはずで……こんな破壊力はなかったはず。明らかに、追放される前より威力が数倍に増している。
「それは杖のお陰ではないわよ、杖には魔力増幅効果はないからね。うん、やっぱりロッテの力が強くなっているんだわ。たぶん、神聖魔法には邪魔になるロッテ本来の魔力を、クララが定期的に吸い取ってくれているから、ロッテの精神力が、発揮されやすくなっているのでしょう。うん……やっぱりロッテには、聖女の才能が隠れていたのね」
「私にも、こんなことができたんだ……」
そりゃあ、姉様ならこんなことは軽いと思う。だけど、間違いなく姉様と私以外の、六人の聖女達が唱える「雷光」に、こんな豪快な力は、ない。
「姉様は私を『単独二位の聖女』っておっしゃっていたけど……こんなことができるって、知っていたの?」
「まあね。だって私の自慢……たった一人の妹だもの」
「姉様……」
「うん、こんな立派になったことがわかって、もう心残りはないわ。もう大丈夫、ロッテ……あなたは心のままに、自由に生きてね。新しい国と、新しい仲間、そして新しい家族をつくるの。あなたなら、すばらしい人達に……あ、獣達もかな……出会えるから」
護衛騎士が、遠慮がちに出発の刻を告げる。その優しい眼を少し細めて、その紅い唇の端っこを少し上げて……私に微笑みを向けた姉様は、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。キャビンの窓から白い手が振られるのが見えていたけど……すぐ遠ざかって見えなくなった。
私は、姉様の馬車が見えなくなった後も、しばらくその場から動けなかったんだ。
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