作戦変更
ある日のアルテラ情報の確認会は、昼食を摂りながらになった。私とクラウス様、エグモントさん、国境での情報交換から帰ってきたヴィクトルと、リンツ商会のグスタフ様、そして軍の諜報部隊を代表してアベルさん。もちろんビアンカとルルは一緒だよ。
「攻城兵器の準備が進んでいるのか?」
「ああ、イグナーツ殿下の知らせによれば、大型の投石機が次々と建造されているらしい」
クラウス様の驚きを含んだ問いに、淡々と答えるヴィクトル。
「特殊な鋼材がアルテラに運ばれていることも確認できていますな。おそらく、その投石機に使うものかと」
「間諜からの情報は少ないですが、国境地帯のアルテラ側では、街道の拡張に国民が動員されているとのこと。おそらく、攻城兵器を通すためかと」
グスタフ様とアベルさんもその情報を補強する。
「これは、参ったな」「困りましたね……」
「そんなに、驚くことなのか?」
クラウス様と私が同時に漏らした当惑に、ヴィクトルは不思議そうな表情をする。そうね、拠点にこだわらず野や森を自由に疾駆し、その牙と爪で敵を打ち倒す戦いを得意とする彼にとって、たいした重大事に思えないのは仕方ないか。
「うん、これは、基本戦略から練り直さないといけない情報ね」
「俺にはよくわからないがなあ」
「基本的に、精強なアルテラ軍と野戦でぶつかったら、私たちでは勝てないわ。だけど彼らの得意なのはスピードを活かした騎馬戦、城郭を攻めるのは苦手なはずだった。だから私たちはシュトローブルに籠城して、堅固な城壁に頼って時間を稼ぎ、敵の背後を主力軍が襲うのを待つのが常道だったわけ。だけど敵が攻城兵器なんか導入しちゃったからには、その戦術はとれないわ。大型投石器を多数並べられたら、数日で防壁が壊されちゃうから」
「なるほど。ロッテの説明は、とってもわかりやすいね」
怪訝な顔をしていたヴィクトルだけど、さすが理解は早い。そしてクラウス様が深刻な表情で、言葉を継ぐ。
「攻城兵器をここまで持ち込ませたら負けだ、どこかで止めねばならないな。やるなら国境のこちら側に広がる森の中だろう。幸いにもバイエルン側の街道は馬車がすれ違えるかどうかの狭さだ、敵の隊列は長く伸び切ったものになるだろう。側面から接近して分断し混乱を招いたところで、火を掛けて壊すという策しかなかろう」
「そういうことなら、俺たちサーベルタイガー部隊の出番だ。森を駆け抜け木陰に潜み、敵が現れたら一気に駆け抜け突き崩す、まさに得意なところだからな。火を掛けるのは、人間の兵にやってもらわないといけないが……いや、最高の適任者がいたか」
ヴィクトルがにわかにやる気を出している。そうね、森の中が主戦場になるなら、サーベルタイガーの一族は最強かもしれない。だけど、最後に気になることを言ったわね。
「ねえヴィクトル、火をつける適任者って、だれ?」
「決まってるじゃありませんか、ロッテお姉さん。ヴィクトルお兄さんの、最大のライバル君ですよ?」
それまで一言も発しなかったビアンカが、いたずらっぽい微笑みを浮かべながら、鈴を転がすような澄んだ声をあげる。
そうか、カミルのことか。言われてみればその通り、彼のファイアーブレスなら、狭い街道で渋滞している木製の投石器なんか、まとめて燃やしてしまえるだろう。なるほどとは思うのだけど、何もこんな席でライバルとか言わなくたって……クラウス様とグスタフ様が硬かった表情を崩してぷっと吹き出し、私はワインも飲んでいないのに、耳まで紅くなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「森の中の狭い街道で戦うなら、我々少数の兵力でも大軍を防ぐことができます、そう言う意味では、悪くありませんな」
「敵の精鋭たる騎兵に、回り込まれずに済むからな。だが、歩兵たちに迂回され、背後に回られることが最大の危険になるだろう。サーベルタイガーたちに期待するしかないな。ヴァイツ砦の駐留軍にも、巡回を強化させねば」
エグモントさんのつぶやきに、クラウス様が応える。確かに、大陸最強と言われるアルテラ騎兵の機動力が活かせない戦いに持ち込むのは、いい考えかも知れない。もちろんクラウス様のおっしゃる通り、背後に回られないことが前提になるから、あらかじめ浸透してくる敵兵を、確実に見つけることが必要になる。
国境地帯の森は概ねサーベルタイガーに任せてあるから、見回りはこれまで通り彼らにお願いするしかないだろう。せいぜい二百頭くらいしか動員できないけれど、彼らの速度と動物的な感知能力は人間とケタ違いだ、ヴィクトルの指揮が加われば、なんとかしてくれると思いたい。
だけど街道の左右五キロ程度の地域は例外で、ここはヴァイツ駐留軍の管轄となる。ちょっと、あの困った司令官さんが心配。なので私は提案した。
「虎さん達とヴァイツの共同で、街道沿いを哨戒してもらったら……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「サーベルタイガーとの協力はできかねる、担当地域への魔獣の立ち入りはかえって任務の障害になるので不可、というヴァイツ基地からの返答だ」
クラウス様が苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てる。まあ私も、そういう木で鼻をくくったような答えを、予想してはいたのだけれど。いざ戦争が始まればクラウス様が命令できるのだけれど、今は平時だ。司令官がダメと言ったら、王都の上官にでも使いを出さない限り、無理押しはできない。
まあ、虎さんたちに比べるとヴァイツの担当地域は、はるかに小さく限定されているのだ。駐留する二千の兵力があれば、警戒任務には十分すぎるだろう。私とクラウス様はため息をつきつつ諦めたけれど……これが間違いのもとだった。
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