姉様と、最後の夜
姉様と同じベッドで寝るなんて、何年振りかしら。
素朴だけどたっぷりとしたもてなしを受けた私達は、お湯で体をきれいに拭いてから、寝室へ……今晩だけは、クララと添い寝じゃなく、レイモンド姉様と一緒だ。同じベッドでというのは、姉様のたっての希望だ。
クララは「む~ん。今晩だけはレイモンドお嬢様に、ロッテ様をお譲りするのです、今晩だけですからね……」とか、ぶつぶつジト目でつぶやいていたが、ようやっと別の客間に引っ込んでいる。
「だって、まだ全然話し足りないのですもの……」
姉様が愛らしく首をかしげながら言うと、黄金細工のような豪奢な色の髪が、ふぁさっと揺れる。う~ん、どんな仕草をしてもさまになるのは、超絶美人の特権よね。
「私も、姉様ともっとお話ししたい……」
「この村での仕事は終わったようなものだから、明日は寝坊できるでしょ。夜じゅうずっと話してたって大丈夫よ」
言外に、これが最後の機会かもしれないからね、というニュアンスを込めて、姉様がわたしを見つめる。そうよね……これで私が首尾よくバイエルンとの国境を越えたなら、もう二度とこの国には、戻れないだろうから。
そういうネガティヴな思いは封じ込めて、私達はいろんなお話をした。私がここまでたどり着くまでのあれやこれや……袋叩きにあった村の話をしたときは、姉様のお顔が女神の微笑みから、一瞬夜叉の形相になったのは、気のせいかしら。
「あの村ね……いっそ滅ぼしてやろうかしら……」
あのね姉様、超絶美人が黒いことを言うと、二倍怖いからやめて。
「でも、クララが守ってくれたの。クララは自分が死にそうになるような怪我を負ってでも、私をかばってくれたの」
「そう……クララはいい娘ね」
また、ふわっとした微笑みを浮かべるレイモンド姉様。何度見てもこの笑顔は反則だ。思わず引き込まれそうになるけど、私は続ける。
「そしたら、私の魔力……今までなんの役にも立たなかった私の魔力が、クララの傷を癒せることがわかって……とても重い傷だったのに。私の力が誰かのために役立つってことがわかって、とても、嬉しかったの」
「ふうん……なるほどね。私も不思議に思っていたのよ、ロッテの魔力は聖女トップの私よりはるかに強いのに、他の誰とも違う色を持っていて……人間の使う魔法とは相性が悪い力だったのはなぜだろうって。それでわかったわ、獣の血を引く者を強化する力だったのね……ロッテが魔獣と話せるのも、その魔力のお陰かもしれないわね」
「うん。私は人間の社会で暮らすよりも、獣人や魔獣の近くにいるべきなのかもね……」
「そんなこと言っちゃダメよ。獣人への差別意識に凝り固まっている高位貴族たちはそう思うかもしれないけど、少なくとも私はロッテを必要としているわ。そしてたぶん、アルフォンス殿下も……」
「うん、アルフォンス様にも……会ったわ。まだ私を、好きでいてくれるみたい」
「え? 会ったの?」
ここには姉様も驚いていた。そうだよね、アルフォンス様が話すわけもないか。
「うん。ものすごく忙しいはずなのに、わざわざ私を探しに来てくれたの。でもね……私が近くにいると、アルフォンス様のするべきことの、邪魔になるの。だから、私はこの国にいては、いけないんだよ」
「するべきこと……か。もう、止められないんだよね……。アルフォンス様も、フランソワ様も、お互いを認め合っているのに……それぞれ、違う期待を背負っちゃっているから……」
姉様が、切なそうな顔で眼をすこしだけ細める。
「うん、ごめんね姉様」
「ロッテが謝ることじゃないよ。それに……ロワール王国のためって考えたら、多分フランソワ様が負けた方がいいんだよね。フランソワ様は理想も経綸も持っている人なのだけど、統治者として絶対に必要な『我慢』ができない人なのよ。それは、こんな大きな国の指導者としては、マズいわよね」
「自分の婚約者なのに……そこまで言うのね、姉様」
誰にでもお優しい姉様が、ここまで辛辣な表現をすることは珍しい。それも、一番大切な男性であるはずの、婚約者に対してよ。
「だって……彼のために良かれと、耳に痛い諫言をした部下たちが、フランソワ様の逆鱗に触れて殴られたり蹴られたり、あまつさえ罪に落とされたりするのを、さんざん見ていればね。さすがに私には手を上げないけれど……。そんな彼の周りには、もう媚びへつらう者ばかりが集まっているわ。あの取り巻き達が国を率いることを考えると、ぞっとするわね」
「私にはわかんないけど、そこまでひどいの?」
そう、私はアルフォンス様とお付き合いしていた二年ちょっとの間、フランソワ様とは数回、それも短時間しか面識を得る機会がなかったのだ。だから彼の人となりなんて、姉様に聞かなければわからなかった。今にして思えば、アルフォンス様が私を守るために、会わずに済むようにしてくれていたのかもね。
「うん。だから、アルフォンス殿下に王位を継いでいただく方が、王国と国民のためにはいいと思うの。そして……アルフォンス殿下ならば、負けを認めて恭順を誓う者に対して、苛烈な振舞いはなさらないはずよ。もちろん、フランソワ様の背後でいろいろ企んでいた、腐敗貴族は処断されるでしょうけど」
「うん、そう思う」
そうね、アルフォンス様は大粛清をされるような人ではないだろう。そして、兄君を弑することが出来るような人でも、おそらくないだろう。
「でも、姉様はどうされるの? このままフランソワ殿下の婚約者でいたら、害されないまでも罪に問われてしまうのではなくて?」
やだ、姉様だけでなくて私ももう、アルフォンス様が勝つ前提で考えてちゃってる。だけど、どうやっても本気になったあの人が負ける未来図は、想像できないのですもの。
「そうね。それが罪だというのなら、甘んじて受けるしかないでしょうね。でも、アルフォンス様は、むやみに女を罪する方とは思えないわね。私のお腹に、フランソワ様の子が宿らぬ限りは、ね」
「えっ! 姉様、もう……」
私はあわてて、食い気味に問い返す。
「例えばの話よ、例えばの。だけど、もしフランソワ様に子供が出来たら、その子を無事に成人させるのは、国に乱をもたらすことになるわ。いくらお優しいアルフォンス殿下でも、それだけは防がねばならないでしょう。何より、彼を支援する貴族たちが許さないわ」
「じゃ、姉様が、子供が出来るようなことをしなければ……」
「ふふっ、そうね。でもそれは、私が決めることではないからね」
姉様は柔らかく微笑んだ。そうか、姉様はフランソワ殿下が望めば、想いを受け入れるおつもりなんだ。
「姉様らしいと言えば言えるんだけど……」
「はい、深刻な話はここでおしまい。私はロッテのこれからを、もっと聞きたいわ……」
「うん、あのね……」
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