アルテラ来襲
アルテラ兵が姿を現したのは、翌日の午前だった。
私達は副司令様と打ち合わせた通り、村全体を取り囲む土壁を使った防衛を早々に放棄して、丸太の杭で囲まれた居住区に立てこもっている。
副司令様が率いる正規軍五百のうち三百には弓を持ってもらって、残り二百は丸太の最終防壁を越えてくる敵を白兵戦で打ち払ってもらう役目だ。
村人のうち、遠矢を射る腕力がありそうな三百数十人も、弓の担当だ。接近戦に持ち込まれたら、遊牧民の血を引く精強なアルテラ兵にはまず勝てない。だから、とにかく弓だけで勝負するつもり。
「絶対に柵の外には、出ないで下さい! 弓兵を守ることだけ考えるのですよ! わかりましたねっ!」
接近戦部隊の正規兵二百名に、声を掛けて回る私。だって一応、今日の指揮官は、私なのだもの。もちろんヴィクトルとカミル、そしてクララは近接戦闘担当だ。
「おう聖女様! 任せとけ!」「わかりました!」「死力を尽くします」
戦闘のプロであるはずの兵隊さんたちが、こんな素人の私に命を預けてくれてる。これは、がんばんないとね。
「エグモント様。剣士様達の指揮をお任せします。厳しい戦い、申し訳ありませんが……出来る限り、こらえてください」
「承知した、安心して任せてくれ」
接近戦の面倒は、副司令様にぶん投げちゃう。だって私、何にもできないもん。そうそう、副司令様には、エグモント様という立派な名前があったことを、今日になって初めて教えてもらったのよ。
「こっちこそ、こんな不利な条件で戦う困難を君のような少女に任せてしまい、慙愧に耐えん。本来なら、村人たちが戦わずに済むようにするのが、我々職業軍人の役目であるはずなのにな……」
「うふふっ、副司令様がお気に病まずともよいのです。ここは私達の村なのです、守ってみせますわ!」
そう宣言した私は、うちのログハウスの屋根に先に上がっていたビアンカに手を伸ばし、えいっと引っ張り上げてもらう。相変わらず非力な私は、自力では屋根になんか絶対登れないからね。
アルテラ兵は、境界の土壁と、私達がこもる丸太防壁の間に広がる畑に、どんどん集結しつつある。土壁を挟んで抵抗を受けると思っていたのでしょうね、あっさり入り込めたので拍子抜けしているみたいだ。
千人の敵からひしひしと伝わってくる圧力は恐ろしい……何か締め付けられるような息苦しさを感じちゃう。でもそんなことは言ってられない、私が自信満々にしてなかったら、みんなの士気が落ちちゃうものね。
私は屋根の上で、姉様から譲られた聖女の杖に、精神力を流し込む。
「神よ、この心正しき者達に、力を与えたまえ!」
「おおっ?」「これはっ!」
周囲にいる百人ちょっとの兵士や村人が、喜びの声を上げる。私が使える数少ない力……聖女のバフだ。姉様だったら千人の兵士でも思いっきりパワーをあげられるのだろうけれど、私の精神力じゃこれがせいぜいだ。それでも聖女のいない国バイエルンの兵士は神聖魔法のバフなんかもらうのが初めてだったみたい、みんな眼を輝かせてくれてる。
「聖女様、ありがとう!」「がんばるよ!」「勇気が湧いて来たぜ!」
「さあ、敵が来ます。罪なき民を、子を、守るのですっ!」
「おう!」
さあ、これでこっちは準備万端だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ヴァイツ村で惨敗し意気消沈しているはずのバイエルン兵が、何やら盛り上がっているのを見たアルテラ兵達は、すこしざわついている。
やがて馬に乗った指揮官らしい男が進み出て、大声で何やら叫んできた。
「アルテラ語でどなられても、ねえ?」
「私、アルテラ語も理解できますよ。えっと、『お前たちに勝ち目はないから降伏せよ、女と食料を差し出せば、殺しはしない』って言ってますね」
「ビアンカはすごいわね、アルテラ語までマスターしてるなんて……」
「ご主人様がどこの国の方になったとしてもお仕えできるように……叩き込まれました」
あ……また無神経な私は、ビアンカの辛い記憶を思い出させてしまった。ごめんビアンカ。でも、今は反省している時間も謝っている時間もない、なんとかあいつらをカッカさせて、突っ込ませないと。
「答えは行動で示しましょ。ビアンカ、できるわね?」
「任せてください、お姉さん!」
ほんわかと微笑んだビアンカが、弓に矢をつがえてゆっくりと引き絞る。大人の男でも引くのに苦労する強弓を持っているはずなのだけど、獣人のビアンカは軽々と引いて……そしてはらりと放した。矢は百メートルは軽く飛んで……指揮官の乗る馬に突き立った。馬が暴れ、降り落とされた指揮官は真っ赤になって、ヒステリックに叫んだ。
「せっかく情けを掛けてやったというのに……皆殺しだ! 全員突撃!」
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