盗賊の襲撃
「本当に、そんなに動いて平気なの?」
すっかり侍女モードに戻って、いつも通り朝の雑用をあれやこれやとこなすクレール。でもあなた、数時間前にはどう見ても、死にかけていたのよ?
「自分でも不思議なのですけど、もう折れた骨もくっついていますし、内臓も何ともありません。さっきシャルロット様に見て頂いたとおり、蹴られたところの内出血も全部消えておりますし」
うん、全部脱いだクレールの全身をチェックしたけど、あれだけ青あざだらけだったはずなのに……確かにどこにもその痕跡が残っていなかったのよね。抜けるような白い肌を見て、ちょっとどきどきしちゃったのは、内緒だけど。
「う〜ん。人間界ではまったく役に立たなかった私の魔力だけど、獣人のためにあるようなもんだったんだね……」
こんな微妙な力を持って、魔獣や獣人じゃなくあえて人間側に生まれた私って、やっぱり間が悪い奴ってことなんだろうなあ。これも、ひいおばあ様の血が、いたずらしたってことなのかな。
「本当ですね。おそらく、本物の魔獣に対しては、もっと効き目があるのでは?」
「そうかも。魔狼のベネデクも、なんか『猫にマタタビ』みたいになってたもんね……」
「ふふっ、そうでしたね」
いずれにしろ、クレールが元気になってくれたんだからそれで十分だ。初めて自分のビミョーな力に、誇りが持てたよ。そしてこれからは、この力を彼女のために、惜しまずたっぷりと使うわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
できるだけ見通しのよいところを避けて、林や草原の間道を、北東に向かって進む私たち。真東に進むと、結構お高い山塊にぶつかるので、クレールはともかく、並以下の体力と運動能力しかない私には、危険なのだ。登山は、苦手なの。
私の魔力をお腹いっぱい吸収して、絶好調のクレールが先導してくれる。まだ全身のあちこちが痛む私は、やたらと元気な彼女がちょっと恨めしい。でも、少し歩くと休ませてくれて、なんだかんだと甘やかしてくれるのが、なんだか気持ちいいのよね。
そうやって疎林の中を、休み休みいつもの半分くらいの速さで進んで、三時間ほどたった頃。クレールのおっきなケモ耳が、ぴくっと大きく動いた。
「後ろから十数人、男達が来ます」
私には全然その気配は感じられないけど、クレールの聴力と第六感は、絶対間違えることはないわ。
「こんな間道に、商隊が入ってくるわけはないわね」
「ええ。十中八九、まともじゃない人たちですね」
クレールが戦闘準備に入る。ファルシオンを手に取るのかと思ったら、侍女服のボタンをあちこち外したり、ソックスを脱いだりし始めた。
「何してるのクレール?」
「ええ、ちょっと相手の人数が多いようなので、全力で戦うためには、服を脱ぐ準備をしておかないといけませんから」
え、なんで服を脱ぐわけ?
まさか、女の武器を使って……って冗談言ってる場合じゃ、ないわよね。そうしているうちに、さすがに鈍い私の感覚にも、たくさんの粗野な男達がガヤガヤと騒ぎながら近づいてくるのが、ようやく伝わってきた。
やがて、十二〜三人の男が私達の前に現れた。ひと目見ただけで、野盗山賊の類とわかる連中だ。私たちを見つけると、いきなり好色な眼で舐めるように品定めしてくるの。
「うひょ〜、こいつは二人とも上玉だぜ。闇堕ち聖女と獣人の珍道中と聞いていたが、これはいろいろと楽しませてもらえそうだな。本物の天国へ送る前に、別の天国にご招待といくか」
くひひ、というような下卑た笑いが男達から漏れる。私だって子供じゃないから、こいつらの言っている意味は、わかる……こんな汚い奴らの相手をするなんて絶対いや、思うままになってたまるもんか。とは言っても今の私は神聖魔法を失って、なんの力もない。何故か落ち着き払っているクレールの後ろに、こそこそ隠れるしかないのよ。
そのクレールは……表情を消して、既にあちこちを緩めたりほどいたりしていた侍女服を淡々と脱ぎ捨ててゆく。男達は彼女の意外な行動に一瞬驚いた表情をするが、すぐに元の品のない好色な顔に戻る。
「くひひっ、この獣人の姉ちゃんは、なかなか物分かりがいいじゃねえか。脱がす手間が省けた褒美に、たっぷりと可愛がってやるからよ」
「自分が生贄になって、ご主人様を守ろうってことかい。泣かせるねえ……まあ、後でそっちの聖女様にも、どっちみち同じ目にあってもらうんだけどな」
男たちがからかう間に、クレールはためらうこともなく下着まですべて脱いで、その美しい白い肌を、男達の前で、惜しむこともなく全て晒した。奴らがごくっとつばを飲み込むのがわかる。それはそうよね、私だってどきどきしちゃうほど、綺麗な身体なんだもの。
だが次の瞬間、彼らの表情に満ちていた醜い欲望が、驚愕に変わる。
彼女の白い裸身から、細かい産毛が生えてきたと思うと、それが瞬く間に全身を覆っていく。男達が呆然としているわずかの間に、あの愛らしいクレールは、美しくたくましい銀灰色の魔狼に、その姿を変えていたの。人間の姿をしていた時より二回りほども体格が大きく変わっていて、その威容に圧された賊達は、思わず二〜三歩後ずさった。
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