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恐怖の滲む顔 (マリア視点)

 それから、少しの間私が不安をぬぐい去ることはできなかった。

 しかし、そんな私の不安が杞憂だと示すように、サーシャリア様達の会話は弾んでいた。


「……へぇ、一気に辺境は文明的になっているのね」


「まぁ、その分問題も出てきているけどな」


「それでも、間違いなく辺境は大きくなっているわ。……ようやく、飢えて亡くなる子ども達も少なくなってきたしね」


 しみじみとリーリア様が呟いた言葉。

 それに私は、徐々に不安が薄れてきたこともあり、口元を緩ませてしまう。

 本来、侍女はこういう状況で話を聞いていない振りをしなければならないと知りつつも、私は感情を抑えられなかった。


 ああ、あの辺境がよくここまで。


 漏れ出る会話を聞きながら、私はそう思わずにはいられない。

 こんな未来が、辺境に訪れるなど考えてもいなかった故に。

 そして、すぐにその思いはある感情に姿を変える。


 すなわち、辺境を救ってくれたサーシャリア様への感謝へと。


「本当にありがとね、サーシャリア」


「ああ、本当に感謝している。お前がいなければ、辺境はこう変わることなどあり得なかった」


 マルク様とリーリア様の感謝の言葉を聞きながら、私は必死に自身を自制する。

 いくらサーシャリア様に感謝しているとはいえ、この状況で話しに混ざるわけには行かない。

 私はあくまで、ただの案内の侍女にすぎないのだから。

 しかし、自身の身の上を告げていたら、私は自制できただろうか。

 そう思ってしまうほどに、私は興奮していた。


 ……そして、その興奮を完全に押し込むことが私にはできなかった。

 これくらいは許されるはず、そんな甘い考えを胸に私は視線だけサーシャリア様の方へと向ける。

 せめて、サーシャリア様がどんな反応をするか、私はこっそりと伺おうとしたのだ。


 ……けれど、サーシャリア様を見て私が覚えたのは違和感だった。


「そ、そんな。私は何もしていないわ! 全て、マルク達やアルフォード達が必死にやった結果じゃない!」


「確かに、俺たちが必死にやったことは事実だし、アルフォードやソシリア……セインの野郎にも返しきれない恩があるのも事実だ。だが、一番感謝しなければならないのはサーシャリアだ」


「……ええ、間違いなくそうだわ。悔しいけどサーシャリアがいなければ、辺境はまだ未開の地だったでしょうね」


「そんな持ち上げられても、私はただ少し手伝っただけだし……」


 感謝の言葉に対し、謙遜に徹するサーシャリア様。

 その姿は、一見おかしなものではない。

 サーシャリア様は謙虚な人だし、謙遜することに異常は感じない。

 ただ、直前に異常を感じてた故に、私は気づいてしまう。


 ……サーシャリア様の表情に、恐怖が滲んでいることを。


 それは決して、分かりやすい表情ではなかった。

 けれど、私はサーシャリア様のその表情に気づいてしまう。


 とはいえ、それは本当に僅かな表情の変化だ。

 ただの勘違いなのではないかと、私は思う。


 だが、その思いはすぐに否定されることになった。


「そんなに持ち上げられても、私には何もできないわよ? こんな状態だし」


 ──机の上に置かれた書類に、サーシャリア様の手が伸びたのを見て。


 生徒会メンバーには及ばないとはいえ、それでもある程度の時間そばにいたからか。

 そのとき、私はサーシャリア様の内心をはっきりと理解できた。


 なにか強いストレスを覚えていることを。


「そんなつもりはないわ! 本当にサーシャリアに感謝しているの!」


「ああ。あのときは本当に手詰まりだったからな。本当に感謝している」


 しかし、サーシャリア様のその異常に、マルク様とリーリア様が気づくことはなかった。


 ……二人よりも遙かに短いつきあいの私が気付くほど、サーシャリア様の様子はおかしいのに。


 そのときになって、強制的に止めるべきかという迷いが私に生まれる。

 とはいえ、一侍女である私が会話に口を挟むなど本来は絶対に緩されっることではない。

 一体どうすれば……マルク様が頭を下げたのはそんな風に悩んでいる時だった。


「……これだけの恩があるのに、今回何もできなくて本当に、悪かった」


「本当にごめんなさい。私たちは交易でサーシャリアと交流が会ったはずなのに……」


 後悔を顔に浮かべながら、リーリア様のマルク様に続いて頭を下げる。

 けれど、次の瞬間打って変わって決意に満ちた表情で顔を上げた。


「でも、もう大丈夫だから。今度こそ私たちが何とかするから」


「ああ。辺境の男として、この言葉に二言はないと誓う」


 そのことが告げられた瞬間。


 ……私はサーシャリア様の方からぴしり、と何かが砕ける音を聞いた気がした。

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