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誘惑への敗北

 クロワッサンは非常に美味しかった。

 ただ、それを楽しむだけの余裕は、私にはなかった。

 ……全ては、目の前にアルフォードがいるが故に。


 食事を初めてからも、決してアルフォードに異常は見られなかった。

 というのも、執事服を身にまとっている以外、アルフォードはいつも通りだったのだから。

 そして、それがより私の不安を煽る。


 ……本当に、一体何が起きているのだろうか。


 そう恐れつつも、食事を終えた私は、意を決して口を開いた。


「それで、その……どうしたの?」


 恐る恐る聞きつつも、内心私は不安の連続だった。

 アルフォードはごく稀に、暴走することがある。

 その暴走が正しい報告に向かっていれば、心強いことこの上ないが、そうでなければ、事態は最悪なものとなる。


「いや、お詫びの意味も込めて、サーシャリアの世話をしようと思ってな」


 ……そして、私は事態が最悪なものとなったことを悟った。


「し、仕事は?」


「昨日のうちに片付けた」


「いやでも、使用人達にも都合が」


「昨日の内に、今日だけということで話を付けておいた」


 本格にヤバいやつだ。

 そう理解し、私は内心震える。


 とはいえ、まだ手遅れではなかった。

 私は、そう内心自分を奮い立たせる。

 暴走中でも、何故かアルフォードは私の言葉だけは聞いてくれる。

 ここできちんと、駄目だと言えば。


 私が、迷いを覚えたのはその瞬間だった。


「……そ、そういえばその服はどうしたの?」


「ああ、この執事服か? 今日限りで、執事から借りたものだ」


 今日限り、その言葉を頭で反復しながら、私はアルフォードの姿を見る。

 ……正直、今のアルフォードの執事服は、かなり似合っていた。


 引き締まったアルフォードの体に、執事服はよく似合っている。

 そして、そんな格好をしてまで来てくれたアルフォードを、断ってしまっていいのか。

 そんな思いに、私は駆られる。


 いや、そんな誘惑に負けてはならない。

 そう私は、必死に自分を抑える。


「そう、俺の監督下なら少し仕事をしてもいいぞ」


「……え?」


 しかし、私の自制心が働いたのは、その瞬間までだった。

 書類、執事服、アルフォード。

 全てが天秤に乗り、ぐらぐらと揺れる。

 そして、誘惑に私は負けた。


「今日、だけなの?」


「ああ、さすがに仕事が残っているからな」


 あくまで、今日だけなら。

 その誘惑に負けて、私は頷く。


「それなら、お願いします……」


 だが、その時の私は気づかない。

 そう告げた瞬間、アルフォードの顔が大きく歪んた事を……。

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