最後の思い出
呆然と、私は眼前の果物を見る。
アルフォードは自分がなにをしているのか、分かっているのだろうか?
一瞬そんなことが頭によぎるが、すぐに私は気づく。
……アルフォードはなにも意識していないだろうことに。
実のところ、アルフォードがこうして距離感を間違えるのは初めてのことではなかった。
そして、そんな経験があったからこそ私には理解できる。
今のアルフォードはただ、私を看病しようとしているにすぎないと。
それでも、どうして直接食べさせるなどという考えになるのか。
思わず、私はそう叫びそうになる。
しかし、その直前で私は黙った。
いつもなら、照れもあって私はアルフォードに怒鳴っていた。
けれど、ふと私は気づいてしまったのだ。
……こんな機会、もうないかも知れないことを。
アルフォードとソシリアが婚約した今、もう私はいつも通りアルフォードと過ごすことはできなくなるだろう。
そう、勘違いしてはいけない。
罪悪感からアルフォードが私を気にかけてくれる今が、特別なだけにすぎないのだ。
だったら、最後だけ。
「ありがと」
「……っ!」
短い感謝の言葉を告げ、私は果実にかぶりついた。
瑞々しく、甘酸っぱい果汁が口の中にあふれ出し、私は思わず頬を緩ませる。
昨日も食べたはずの果実は、なぜか特別な味……何かが満たされる気がした。
ああ、こんななに美味しいなら照れて怒らずに、素知らぬ振りをして食べておけば良かった。
そんな後悔が、私の胸によぎる。
……もうこんな機会がないことを考えれば、なんていまさらな思いだろう。
そう思いながらも、私は何とか笑う。
最後の思い出としては、決して悪くないはずだと、自分に言い聞かせながら。
「ありがとう。美味しいわ。でも、もうこんなことをしたら駄目だから。勘違いさせたらいけないでしょ?」
「……あ、ああ」
アルフォードはなぜか、少し惚けた様子だった。
そんなアルフォードに笑いかけて、私は言葉を続けようとする。
──初恋と決別するための言葉を。
「ソシリアとしあ……」
「ほら、まだあるぞ」
「……え?」
……しかしその言葉は、口元に突きつけられた果物によって中断させられることになった。
「えっと、もうこんなことしないでって……?」
「いや、まだたくさん残っている」
「え、ええ?」
あれ、もしかしてアルフォードは私の話を聞いていない?
そのことに私は思い至るが、今更気づいても手遅れだった。
「ほら」
真剣な表情でフォークをつきだしてくるアルフォードの姿に、私の頬を一筋の冷や汗が流れ落ちる。
……これ、どうしたら正気に戻るんだろう。
それから、ようやくアルフォードの暴走が止まったのは、私が綺麗さっぱり果実を食べ終えた後だった……。




