新しい日常
サーシャリア視点となります。
開いた窓からやってくる涼しい夜の風。
それを全身に受けながら、私、サーシャリアはある書類を読んでいた。
そこに書かれているのは、私の事業を共同経営していた平民の商会……マルクとカイザスの動向だった。
そして、そこに調べられていた、二人の活躍ぶりを目にして、私は思わず笑ってしまう。
「この二人なら、心配なかったかしら」
伯爵家を追いやられたことで、少しだけ私は心配していたのだが、全くの無用の心配だったらしい。
まあ、当たり前だろう。
二人は、私など比較にならない超敏腕商人だ。
伯爵家の事業についても、私の名前を使っているだけで、アイディアを出してくれていたのはほとんど二人だ。
そうでなければ、凡人で閃など有さない私が、伯爵家の事業を成功させられるわけがなかっただろう。
「……え、でも、何でそこと商売を始めているのかしら? 以前、その商会は経営が危ういって教え……っ!」
ドタドタドタ、と外から走ってくる音が響いたのは、その瞬間だった。
普通、令嬢であれ使用人であれ、そんな足音を立てるのはマナー的によろしくないとされる。
だが、今の私にそんなことを考える余裕はなかった。
ぱたぱたぱた、と私は外から響いていくる足音に劣らない忙しさで、急いで書類を隠そうとする。
……けれど、満足に隠す時間もなく、私の部屋は明け開かれた。
「サーシャリア様ぁ……!」
次の瞬間、現れたのはプンスカ、と背後に擬音が着きそうなくらい怒ったマリアだった。
真っ直ぐに私の前にやってきて、仁王立ちになったマリアは尋ねてくる。
「……どうして私が怒っているか、お分かりですね?」
「……どうしてかしら?」
駄目元で首を傾げると、マリアは目を細めて告げる。
「サーシャリア様、私とソシリア様が、書類を読むのは一日二時間と決めたのは覚えていますね?」
「……分かっているわ」
「そして今、私が書類を置いている部屋を見てみたら、そこには何もありませんでした。どこにあると思います?」
そう尋ねつつも、マリアの顔は何か疑問を抱いているものではなかった。
それどころか、確信を持っているとしか考えられないもので、私はそっとマリアから目を逸らす。
しかし、そんなもので誤魔化されるわけがなかった。
「……ところで、これはなんですか?」
「きゃっ」
次の瞬間、むんずとマリアは私のお腹を……具体的には服の下に隠した書類を掴んだ。
「何回言ったら分かるのですか、サーシャリア様! 仕事のし過ぎはダメです! 一日二時間と決めたじゃないですか!」
「い、いや、取らないで! 私は何も知らないわ!」
「ここまで来て、白を切れるわけないでしょう! わがまま言うなら、仕事をさせませんよ!」
「いやよ!」
「縋りつかないでください! 何でこれだけこんなに聞き分けが悪いんですか!?」
そうして私とマリアは、もはや恒例となった書類の取り合いを繰り広げる。
王宮に来てから十数日、この光景はもはや日課となっていた……。




