想像もせぬ幸運 (ヴァリアス視点)
驚きと同じくらい、父上が笑うことはない。
だから、俺は父上の上げる笑声を聞きながら、固まってしまう。
ようやく口を開けたのは、少ししてからだった。
「……お叱りにならないのですか?」
これで父上にしかられることになるかもしれない。
そう思いながら、俺はそう質問せずにはいられなかった。
「叱る、お前をか?」
父上の言葉に、俺は反射的に身をすくめる。
だが、その心配は杞憂だった。
機嫌の良さそうなまま、父上は続ける。
「気にするな。これは儂のミスだ。……まさか、カインがここまで手を回しているとは思わなかった」
「でしたらなぜ、そんなお喜びになるのですか?」
「想像してみろ、なぜそんな重要な書類をカインが抱えていたと思う?」
その言葉に、俺は無言になって考える。
確かにそうだ。
あんな書類に気づいていたのならば、カインはさっさと表に出せば良かった。
そうすれば、間違いなく侯爵家は乱れるし、王家の耳に入れば大きく力をそがれるだろう。
それどころか、大きく爵位を下げられるのは間違いない。
一方のカインは、不正を暴いた英雄として、この先ゆったりと過ごせるに違いない。
なのに、なぜ隠していたのか。
そこまで考えて、私の顔から血の気が引いた。
「……カインは、もっと致命的なタイミングで、これを露わにしようとしていたということですか?」
「ああ、そうとしか考えられないだろう」
そう頷く父上の顔は、僅かに緊張していた。
「何を考えていたのかは分からん。だが、サーシャリアとの婚約は下院の計画のうちなのは間違いない。そして、あのままでは儂も、最悪の事態になってからでないとカインが企んでいたことにさえ気づかなかったかもしれない」
父上の独白に、俺は唖然と言葉を失う。
けれど、俺とは対照的に父上の表情には満面の笑みが浮かんでいた。
「しかし、その全てを伯爵家が潰してくれた。──それも間違いなく、カインが一番嫌がるやり方でな」
その瞬間、ようやく状況を理解した俺の顔に喜色が浮かぶ。
そうだ、もうカインの計画は大きく破綻しているのだ。
……このままではどうしようもないことになっていたという安堵から、俺は笑みを浮かべる。
しかし、そう笑っていられたのは、父上の目を見るまでだった。
「路上に逃げた以上、もうカインに大それたことはできまい。……だから、今度こそ逃がすなよ」
「は、はい!」
笑顔でありながら、冷ややかなその目を向けられ、俺は反射的に返事を返す。
これが失敗したら、そんなことを考えかけて、すぐに頭から追い出す。
そんな想像などしたくもなかった。
自分から矛先をそらそうと、俺は父上に話しかける。
「それにしても、伯爵家は本当に良くやってくれましたね」
「ああ、褒美を取らせなくてはなるまい。謝罪と、侯爵家と今後も懇意にして欲しいという手紙を送ろう」
「……伯爵家と手を結ぶのですか?」
そう聞くと、父上はゆっくりと首を横に振る。
そして、ぞっとするほど冷たい笑みを浮かべ告げる。
「いや、けしかけるのさ」




