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侯爵家の当主 (ヴァリアス視点)

「……カインを逃がした?」


 重い苛立ちの込められた父の声。

 それを聞いた瞬間、私、ヴァリアスの背中を冷たい汗が流れた。


「も、申し訳ありません。ですが、あの卑怯者は……」


「卑怯者? そのせいでカインに逃げられたと言いたいのか?」


「は、はい! あの時、カインが書類をばら撒きさえしなけれ……」


「……ヴァリアス。お前は本当にカインに及ばないな」


 ぞっとするほど冷たい光を、父上の目は放つ。

 今更私は自分の失態を悟るがもう遅い。


「卑怯、卑怯ではない。そんなものは言い訳にはならん。相手が卑怯なら、こちらがそれ以上の卑怯な手を使ってでも、対処すればいいだけの話だ」


「は、はい! 申し訳ありません」


「……はぁ。ヴァリアス、これ以上儂を失望させるなよ」


 重々しい溜息を着いた父上は、悔やむように告げる。


「せめて、カインが娼婦の息子でなければ、使い潰す必要などなかったのにな」


 ……その言葉に、私は唇を噛み締める。

 いつも、父上は俺とカインを比較し、カインのできの良さを嘆く。

 真の後継は、正妻の息子である俺であるのに、だ。


 しかし、そのことを父上に言える状況でないことを俺は理解していた。

 声を荒げたわけではない。

 だが、父上の目には確かに怒りが浮かんでいた。


 ……こんな状況で、さらに最悪な報告をしなければならないのか、そう考えて私は気を重くする。


 といっても、それを黙るという選択肢がないことは、私も理解していた。

 これは、侯爵家の危機だ。

 叱られることを避けるために黙っていて、侯爵家を潰す訳にはいかない。

 そう覚悟を決めて、私は口を開いた。


「……申し訳ありません。もう一つ、サーシャリアに着せるはずだった罪の証拠が、カインに行き渡った可能性があります」


「……っ!」


 瞬間、父上の顔に驚愕が浮かぶ。


 ……今までに、父上がここまで驚きを顕にしたことがあっただろうか?

 俺は反射的に怒鳴られると思い、顔を俯かせる。

 しかし、その俺の予想は外れた。


「は、はは、ふはははは! それは何よりの果報だ! 本当に伯爵家はよくやってくれたものだ!」


 ──次の瞬間、父上はこれ以上ないくらいの喜色を浮かべ、笑いだしたのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次々に展開していく裏側にドキドキ しかし…娼婦や妾に産ませた子供をないがしろにする男には、自分が娼婦や妾を孕ませた当人だという認識を持って欲しい!(でもカイン嫌い…)
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