決意
逃げながら、私の胸によぎるのは安堵と焦燥の入り交じった複雑な感情だった。
もう私は、何をすればいいのか理解さえできていなかった。
ただ、後ろから迫るアルフォードから逃げるべく必死に足を動かす。
……けれど、鍛えたアルフォードに対して、寝込んでいたようなものの私が逃げきれる訳がなかった。
「サーシャリア!」
「……っ!」
数十秒も逃げられたかどうか。
そんな僅かな間で、私はアルフォードに手をつかまれていた。
その瞬間、私の胸に愚かな考えが浮かぶ。
捕まったからどうしようもなかったのだ、そう言い訳できるのではないかと。
その誘惑を何とか振り払い、私は必死に抵抗する。
「いや、離して!」
「……サーシャリア」
そんな私の抵抗に対し、アルフォードは抗うこともなく手を離す。
その表情はあまりにも悲しげで、それに気づいた時私の抵抗の手はやんでいた。
「どう、して」
その代わり、私の口から漏れたのは、あまりにも見当違いな責めの言葉だった。
「どうして、私の心を乱すようなことをするの?」
何とか決めた私の心をこうも揺さぶるのか。
そういう意図で告げた私の言葉に、アルフォードはただ顔をゆがめた。
「……本当にすまない」
「え?」
そして、次の瞬間アルフォードは深々と頭をその場で下げた。
一瞬、その光景に私の口から惚けた声が漏れる。
こんな勝手を言っている私を怒ることさえあれど、謝られるなど想像もしていなかったが故に。
それ故に、呆然とした私に対し、アルフォードはその場で頭を下げた。
「……伯爵家の件、本当に申し訳なかった」
「っ!」
私がアルフォードの謝罪の意味を理解したのはその時だった。
何に対しての謝罪なのか、私は理解してしまう。
「サーシャリアがまだ伯爵家を大切に思っていることは分かっていた。けれど、俺達はそれを踏みにじった」
そう苦渋に満ちた表情を浮かべ告げたアルフォードは、次の瞬間勢いよく頭をその場に下げた。
「……本当に悪かった」
アルフォードの頭を見ながら、私はどうしようもなく笑いそうになっていた。
ここまで私を助けてきた恩があるのに、こんなことで私が怒るなどと思っているアルフォードがおかしくてたまらなかった。
そしてそのおかしさとともに、私はどれだけアルフォード達が優しいのか、理解させられてきた。
本当に彼等はすてきな人達だ。
こんな私を何より最優先で考えてくれている。
この人たちと友人でいられたことは、この先私にとって何よりの思いでとなるだろう。
そう私は理解して。
──自分からこの関係を終わらせることを決意した。




