残された選択肢 (伯爵家当主視点)
「マルク、そのあたりにしておけ」
永遠にも感じる時間を終わらせたのは、今まで黙っていた第三王子、アルフォードの言葉だった。
その声が響いた瞬間、私の目の前にあるマルクの顔が大きく歪む。
「……なんだ、第三王子様。まだお前はこいつの味方をするのかよ?」
「いや、私は中立なだけだ」
ぴりぴりとするようなマルクの怒気を正面から受けることになっても、アルフォードの表情は一切変わらなかった。
まるで変わらない様子で口を開く。
「そもそも、口約束では養女云々の話しは成立しない。そのことぐらいお前が一番知っているだろう?」
「……ちっ!」
そのアルフォードの言葉に、マルクは舌打ちをし、素直に私の胸ぐらから手を話した。
それを確認し、アルフォードはさらに続ける。
「後の議論に関しては、私が引き継ごう。感情的な話では、まとまる話もまとまらなくなる」
「……俺たちの要求を無視するなら、お前でもつぶすぞ」
「安心しろ、私は中立。どちらにも公平だ」
「はっ! どうだか」
そう吐き捨てると、マルクはゆっくりと部屋の外へと歩き出す。
その姿を私は信じられない目で見ていた。
あの男が、こうも素直に出て行くなどと。
これは極限の精神状態が見せる幻覚ではないか、そんな思考さえ私の脳裏によぎる。
しかし、その私の内心を否定するように、マルクの姿が消える。
その瞬間から、今まであった威圧感は消えることとなった。
アルフォードが口を開いたのは、その時だった。
「……すまないな、伯爵家当主。何とか私で話しをつけようとしたが、そうも行かなかった」
その言葉によって、私はようやくあの恐ろしい辺境泊次期当主から何とか離れられたことを理解する。
その瞬間、私は安堵を覚え……怒濤の勢いでアルフォードに言葉をぶつけていた。
「一体どうして、あの男をこんな場所に来させたのですか! これは裏切りだ!」
……そう叫びながら、私は気づいていた。
本当には、アルフォードが私の味方をしてくれていたということを。
それでも、私は恐怖をアルフォードにぶつけずにはいられなかった。
しかし、そんな私に対し、アルフォードは一切文句をいうことはなかった。
「……確かに、あの男をこの場所に来ないようにできなかったのは私のミスだ」
「だったら、そう落とし前を……」
「だが、いずれ辺境貿易の賠償について話さないといけなかったのも事実だ」
「……っ!」
その言葉に、私は押し黙ることとなった。
私も理解していたのだ、どれだけ愚痴をアルフォードにぶつけたところで現実は変わらないと。
そんな私にかまわず、アルフォードは続ける。
「他の貴族や商会については、賠償金についてもう少しのばす方向で会話がまとまっている。だが、辺境伯だけは私の顔をたてはしないだろう。それでそれでどうする?」
「……どうとは?」
「サーシャリアの養女にするか、賠償金を払うか、どちらを選ぶ?」
最悪の決断に私はすぐに答えることはできなかった。
いや、本当は理解しているのだ。
……選択肢なんて、一つしかないと。
それを理解した上で、私は答えられない。
どちらを撰んでも、もう伯爵家には未来はないと理解してしまったが故に。
「そ、そうだ! アルフォード様が援助を……」
「無理に決まっているだろう。そこまでする理由はないし、そもそも辺境伯が許さない」
「私はこんなことになるなんて思っていなくて……!」
必死に、私はアルフォードさまにすがりつく。
しかし、そんな私に対し、アルフォードは哀れみのこもった視線を送るだけだった。
「もう、全て遅いんだよ」
「……っ!」
その言葉に、私はがっくりと首をうつむかせる。
もう本当に全てが終わったと、そう理解して。
もはや、私に残されたのは一つの選択肢だけだった。
「………で、お願いします」
「わかった。数日後、離縁手続きの書類を持ってくる」
そんな淡泊な言葉を最後に、アルフォードは踵を返す。
その背中が消えるまで、私は呆然とうつむくことしかできなかった……。
次回から一話、アルフォード視点となります。




