76 サリー
―――数日後。
色々な事が落ち着いてから、僕はサリーと話をする為に会う約束をし、適当な茶店に入った。
「で、何の御用かしら。情報屋さん?」
僕が話す内容などすでに見当がついているであろうサリーは、わざとらしくそう訊いてきた。
「いや、特にどうと言う話でもないんだけどね。これをはっきりさせておかないと、後が気まずい」
「そうね。勘が良いんだか悪いんだか、ふらふらした貴方の前で隠し事を続けるのも、結構疲れるわ」
「サリーさん。君が、スレイン氏の密偵なんだね?」
スレイン氏を呼び出す事に協力を要請した時点で、サリーも僕が気づいている事は承知だろう。彼女はとぼけなかった。
「正確に言えば、貴族院の密偵よ。オーレンス議員の頼みを聞いたのはその延長。それにしても、よく気が付いたわね」
「スレイン氏から密偵の存在を聞かされて、すぐに思いついたのは君の存在だ。あの中庭でのやり取りは、少しわざとらしかったね。偶然ジーンさんが僕らの前を通り掛かって、偶然のタイミングで君がスレイン氏を侮辱して、偶然ジーンさんが君と対立して、僕らにスレイン氏の孫だと名乗った訳だ。さすがに仕組まれていると思うよ」
「やり方はどうあれ、議員に貴方を連れて来る様に言われていた。ああ、ちなみにジーンは何も知らないわ。貴方がジーンにスレイン卿と会わせる様に頼んだのと、ジーンがそれを受けたのは想定内の計画外。あの場では少なくとも、オーレンス家と貴方が接触したという事実を作れれば良かった。それで何とでも理由を付けて貴方を呼び出せる」
「手の込んだことだな」
「急に貴族院の重鎮が貴方を呼び出したりしたら、周りから不要な勘ぐりをされるでしょう。あの人たちは、何事にも建前が必要な人たちなのよ」
「僕たちの存在を認知して居た事は、スレイン氏から直接聞いた。僕らと行動を共にしていた君ならば、報告は可能だっただろう。スレイン氏がエロンシャさんと会ったのも、君がシンシアさんたちの思惑を伝えたからだね」
「ええ。それがこの捜査のそもそもの目的だった。遺体が発見された事は、館長―――エロンシャの耳に入るよりも先に密偵が報告していたの。議員はここに潜伏していた私に、エロンシャの動向を探る様に命じたわ」
「ルドウイック氏が殺されたかもしれないと、僕らを焚きつけたのも、最初は君だったね」
「リリィが貴方をずいぶんと高く買っていたから、以前から調べていたの。利用してやるつもりに思って居たけれど、貴方は私よりはるかに優秀ね」
「そうでもないさ。君が定期的にヒントをくれなければ、色々と行き詰っていた」
「それが仕事だもの。どう? 正体を知って幻滅した?」
「失望とかなら分かるけどね。幻滅って……」
「あら、こんな美人を見て、何とも思わない訳?」
彼女にしては珍しく、そんな冗談を言う。
「まあ、確かにサリーさんは綺麗な人だと思うけど、特にそう言った感情は無いかな」
茶化す事でも無いのでありのまま返すと、サリーは呆れた様に顔を覆った。
「飾らずそういう事をさらっと言えちゃうのが、貴方の怖いところよ。どう? 今からでも密偵にならない? きっと向いてるわ、貴方」
「せっかくだけど、僕は今の生活が気に入ってるんだ」
「そう。残念だわ」
「一つだけ、良いかい?」
「何かしら。何でも答えるわ。貴方には今回の事で恩があるもの。ああ、ちなみに彼氏なら居ないわよ」
「聞いてないよ。―――聞きたいのは連盟会議の事だ。スレイン氏の話によれば、これまでは深紅の同盟の誰かが密偵として潜り込んでいたそうだね。だが、リリィさんは当然そんな事を許すタイプじゃない」
スレインは深紅の同盟の中に密偵は居ないと言ったが、調査が継続されている事自体は否定していなかった。それが、サリーを疑う事になった一番最初のきっかけだ。
「君は、リリィさんも欺いているのかい?」
「そうだと言ったらどうする? リリィに言う? 別に構わないわよ。私たちは、見ての通り仲の悪い姉妹だもの。今さら何と言われたって問題にもならないわ」
投げやりに、サリーは返す。冷静な雰囲気が一転して、いつもの当たりの強い彼女に戻ったところで、そちらの方が嘘なのだとはっきり分かった。
「嘘だね」
「どうしてそう言い切れるの?」
「バレるかもしれない危険を冒して、姉の心配をしにダンジョンまで駆け付ける妹が、お姉ちゃん嫌いな訳ないでしょう。六階の調査探索は確かに公に知らされていたけれど、下で起こっている事まで外野が知る術は無い。遺体の回収やケガ人の治療でごちゃついている中、外にわざわざ知らせに行く人なんていないしね。おまけに君は医療関係者でも無ければ、錬金ギルドにも関わりは無い。君はあの時、駆けつけるのが早すぎたんだ」
「はははっ、私ってば粗だらけね」
「人間、そう完璧にはなれないさ。僕みたいに、人の粗を探して得意げになってる奴は、敵しか作らないのさ」
「それって、慰めてくれてる訳?」
「まあね」
サリーは深い溜息を吐いて、椅子にもたれる。
「はぁ……本当は大好き。超大好き。だって、リリィは私の事いつも受け止めてくれるもの。私が理不尽に怒っても、恨んでも、笑って茶化して受け止めてくれる。こんな嫌な女を、妹だって言ってくれる。そういう、大きな存在だから。
連盟会議の密偵役をしているのだって、リリィを助けるため。悪い報告はするつもりない。貴方はノーデンス辺りとの関わりを気にしているのかもしれないけれど、それも私は無関係よ。あれはオーレンス議員とは無関係な一派が勝手にやった事だもの」
「そうか。なら、君は冒険者の味方だ。僕はこの事を黙っておくよ」
「貸し一つ。そういう事にしておいて頂戴」
「分かった。君がそれで良いのなら」
「貴方は気にしてないかもしれないけれど、今回の件はオーレンス議員にも大きな貸しを作った事になるわ。貴方はそれだけ彼の大きな救いになった。何かあれば、彼を頼って良いと思うわ」
「できれば、貴族の力を頼る様な事には巻き込まれたくないね」
僕はなるべく平和に生きたいんだ。僕一人だけでなく、周囲の人々ともそう在りたいから、今回の事と前回の事は頑張ったに過ぎない。
「そう言えば、シンシアさんとはどうなったんだい?」
スレインとシンシアがその後どう話をつけたのかは、ずっと気になって居た事だ。
彼の部下であるサリーなら、それも知っているだろうと思った。
「議員はシンシアと和解したわ。議員のした事は許せないけれど、ジルマイアーの欺きに気づかなかった自分も同罪だと、シンシアは結論付けた様ね。
ジルマイアーの方はまだ微妙に粘っているけれど、ほぼ有罪確定ね。どのみち横領でしばらく出て来れないし、牢屋の中で死ぬ事になるでしょう。ちなみに、貴方が気にしていたルドウイックの指輪は、ジルマイアーが殺した直後に奪っていたみたい。姉さんの言う通り、痴情のもつれね」
「ジルマイアーが、エロンシャさんを殺した動機は何だったんだ?」
「昔の事件が掘り起こされるのを、危惧したみたいね。遺体の話をシンシアに知らせたのは、エロンシャだった。エロンシャが焚きつけてシンシアが行動を起こす気になり、計画が進むうちに私たちが現れて、いよいよ怖くなったみたいね。だからエロンシャを消して状況を停滞させたかったみたい」
「だが、彼の目論見は外れて、シンシアもスレインも止まらなかった訳か」
「一番の見当外れは貴方だったでしょうけどね」
「そうだね。そうかもしれない。とはいえ、今回ジルマイアーに止めを刺したのはスレイン氏だ。彼が47年前の記録を残しておいてくれたのは奇跡だった。持って来る様に頼んだとはいえ、まさか本当に残しているとは思って無かった。彼の執念を見誤ったよ」
結局スレインの我慢強さが、彼自身の無実とジルマイアーの罪を証明した訳だ。
「館長は良くしてくれた人だったから、残念に思う。貴方は彼の仇も取ってくれたから、それは感謝するわ」
「ああ。僕もそれが聞けて、調べた甲斐があったと思うよ」
被害者と遺族。その理不尽な思いを僕も知っているからだろうか。今回積極的に事件の事を考える気になったのには、そう言った理由もあったのかもしれない。
「これからも、ここに勤めるのかい?」
「どうかな。こっちは趣味と実益を兼ねた副業だからね。貴族院の指令次第では、また動くかもしれないわ。貴方と一緒よ」
そうサリーに言われては、僕も立場が無い。
「そうだね。ダンジョンの浄化作業も進んでそろそろ再開しそうだし、僕も本業に戻らないと。憲兵の真似事ばかりしていると、看板詐欺だってミニケさん辺りに怒られそうだ」
「いっそ、そっちを本業にすればいいのに」
「僕は冒険者が好きなんだ。それだけは、趣味では片付けられないよ」
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