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75 ジルマイアーの因果

 翌日、僕はサリーとリリィを連れて、シンシアの居る病院を訪ねた。


「ジルマイアーがシンシアの病室に入ったぞ」


 通路の角から病室を監視していたリリィが合図する。


「憲兵の言った通りだな。いつも同じ時刻に見舞いに来ているのか」


 病室の前でシンシアの警護をして居る憲兵に聞いて、連日の様にジルマイアーが見舞いに来ている事は分かっていた。

 その時間を見計らって、僕らは今日ここに来た。この事件に決着をつける為に。


「じゃあ、計画通り行きましょうか」


「うん。行こう」


 僕はサリーと共に、シンシアの病室へ入る。シンシアは僕らの訪問を、少し呆れた様に笑って迎えた。


「また来たの。こんな老人たちに付き合って、随分と暇な様ね」


「どうも、シンシアさん。薬の試験体に協力されたそうで。その後どうですか?」


「さすが情報屋。何でも知っているのね」


「いえ、これは開発者本人から聞きました。少し関わりがありましてね。今日は折り入ってお話があります」


「ダンジョンの件か?」


 そう問うジルマイアーに、かぶりを振る。


「いいえ、ジルマイアーさん。今日ここに来たのは、いつものですよ」


 ベッドに近づいて、シンシアに指輪を渡した。


「シンシアさん、この指輪に見覚えは?」


「随分と古い指輪ね。見た事も無い。私、指輪は付けないの」


「内側の文字を見てください」


「また懐かしい言葉――っ! 貴方、何よこれ!」


 シンシアは指輪に刻まれた故郷の文字を見て一瞬懐かしんだ後、すぐに顔色を変えた。なんせ、見知らぬ指輪に自分の名前が入っているのだから当然だ。


「ジルマイアーさんはご存じですよね?」


「どういう事、ジル?」


 僕とシンシアの視線を一身に受けて、ジルマイアーは慌てて返答する。


「い、いや。それは、ルドウイックが君に送ろうとしていた物だよ。居なくなる前に、一度見せてもらったんだ」


「そんな事、一度も教えてくれなかったじゃない」


「忘れていたんだよ。今見せてもらうまで」


 シンシアに、気まずそうな笑みを向けるジルマイアー。

 僕が目配せすると、サリーは調べた事実を二人に告げた。


「その指輪は、47年前にルドウイックが購入した物よ。最後の探索に向かった当日にね。当時この街で宝飾品を扱う店は一件しかなかった。そこは今でもちゃんとお店が残っていて、記録も大事に保管されていたわ。おかげで、ルドウイックがペアの指輪を買った事が確認できた」


「ペアの……」


 シンシアが驚いた様子で、指輪に再び視線を落とす。


「それは、ルドウイック氏が貴方に送ろうとしていた指輪の片割れです」


「あの人、そんな事しようとしていたのね……柄にもない事して。こんなの無くたって、私は……」


 悲しそうに眼を閉じて俯くシンシアの前で、これからジルマイアーを咎める。それは少しだけ、気が進まない事だった。


「ジルマイアーさんは、先日僕に話してくださいましたよね。ペアリングの事。ルドウイック氏が送ろうとして居たって」


「ああ、確かにな。そんな話もしたか」


「今、貴方は見せてもらったと言いましたが、そんなのあり得ないんですよ。買ったのはサリーさんが説明した通り、居なくなった当日。しかも僕が聞いた話じゃ、彼がこの指輪を購入したのは探索に潜る直前だ。貴方に見せる機会なんて、一度も無かったはずなんだ」


 ジルマイアーは沈黙した。


「ジル?」


 不審そうに、シンシアはジルマイアーを見た。


「お、俺が馬鹿だったんだ。遺体の持ち物に指輪が有って、俺はそれをシンシアに送る物だと気づいて……捨てたんだ」


 ジルマイアーの告白に、シンシアは唖然とする。


「どうしてそんな事を?」


「嫌だったのさ。君がいつまでも、奴の事で悲しむ姿を見るのは……理由はそれだけだ」


 そう返されて、シンシアは沈黙した。二人の間に、気まずい空気が流れる。

 本当に、本当に、僕にはそれが腹立たしくて仕方がない。


「……貴方は本当にひどい人だ。博物館に運び込まれた時点で、指輪が無い事は確認済みだ。回収品の目録を、作っていないはずが無いでしょう」


「そんなのは、俺に言われても知らない。記録した人間が、書き忘れただけじゃないのか?」


 とぼけるジルマイアーに、サリーが憤る。


「私がミスしたって言いたいの? ならアンタこそ、その指輪を今ここで出してみなさいよ!」


「捨てたと言っただろう! もう俺の手元にはない!」


「ジル、貴方……」


 様子がおかしい事に、シンシアも気づき始めたのだろう。シンシアに疑いの目を向けられて、ジルマイアーは苦笑う。


「止めろ、シンシア。長い付き合いのある俺より、こいつらの言葉を信じるのか?」


 シンシアを味方にしようと試みるジルマイアーを、更に問い詰める。


「なら、貴方はどうしてペアリングだと知っていたんですか? この指輪は、四十年以上も閉じられていた壁の向こうで見つかったんだ。対であった事など知るはずがない!」


「指輪の内側を見たんだ! ルドウイックの名前が刻まれていた物に間違いない。それを見れば、誰だって結婚指輪だと思うだろう!」


「そうですか。シンシアさん、またお借りしますね」


 シンシアから指輪を受け取り、ジルマイアーに突きつける。


「ジルマイアーさん。貴方の話を信じましょう。ただし、この文字が読めるのなら」


 指輪を受け取って、ジルマイアーは内側を覗き込んだ。


「…………シンシアと書いてあるのだろう? 読めるとも」


 長い沈黙を破って、ジルマイアーは答えた。老眼鏡も使わずによく読めるものだ。これは彼にとって、大きな賭けだったのだろう。そしてその賭けは、僕の目論見通り見事に外れたのだ。


 シンシアは、当然その事に気づいただろう。そこに刻まれているのは、『シンシア』ではなく『エル・ロカ』という、彼女の旧名だ。


「残念ながら、それは妖精文字と言って、一般の人が読めるものではありません。シンシアさんも先ほど懐かしいと仰っていましたし、まずこの街では見ませんよね。だから、その指輪を売った店主は憶えていましたよ。過去、二つのリングに妖精語でメッセージを書いた洒落た客は、ルドウイック氏だけだったと。厄介な注文だった為に、よく覚えていらした。昔の話ですし、職人さんも亡くなっていて、書かれた内容までは分かりませんでしたが、まず貴方が片方の指輪だけを見ても、それが何なのかを特定できなかった。仮に、それが婚約の証と察するくらいの事はできても、片割れを渡せたかどうかまでは分からない。けれど貴方は、この指輪をルドウイック氏が送れずに亡くなった事を知っていた。

 ちなみに聞きますが、シンシアさんはその事を、ジルマイアーさんから訊ねられたことは?」


「無いわ。指輪の話なんて、今初めて聞いたもの」


 シンシアが否定する。シンシアを前にして、彼女からそんな話を聞いたなんて嘘はつけるはずも無い。ここでジルマイアーと対決する事を選んだ目的はこれにある。


「それでは、貴方が知るはずはない。では、どこでその事を知ったのか。これが貴方のついた最初の嘘だった。お二人は僕らが最初に訪ねた日、ルドウイック氏が居なくなった夜の事を話してくださいました。曰く、お二人はルドウイック氏をギルドで見送って以降、何が有ったのかは分からないと。ですがあの夜、実はルドウイック氏の後をジルマイアーさんはつけていた。斥候として隠密のスキルを備えている貴方なら、容易い事だ。それならば彼が指輪を買う様子を見る事が出来たし、ルドウイック氏をダンジョンで暗殺する事だってできた。あの日、ルドウイック氏は魔物の胞子を受けて、瀕死だった。止めは誰にでもさす事が出来たんです」


 そこまで話すと、ジルマイアーが激怒した。


「口を慎め、小僧! 誰が誰を殺したって? そんなの、全て憶測じゃないか!」


「いいや、事実だとも」


 そう断言して病室に入って来たのは、スレインだった。彼の姿を見て、二人は目を見開く。


「おっ、お前はっ!」


「まさか、スレインなの?」


「ああ。どのくらい振りかな。本当に久しいな」


 ジルマイアーとシンシアを見て、スレインは悲しげな瞳で微笑む。


「僕が彼をお呼びしました」


 サリーに呼び出す様に伝えたが、これで彼女の素性も確定したな。


「馬鹿野郎が! そいつをどうして連れてきた! ルドウイックを殺したのはそいつだろう!」


 ジルマイアーはスレインを指さしてなじる。


「彼から話を聞きましたよ、ジルマイアーさん。二つの事件に二つのミス。スレインさんよりも、貴方の方が疑わしいと結論がついた」


「二つの事件?」


 シンシアが訝しむ。


「まず一つは、今話した指輪の件。そしてもう一つは、エロンシャさんの事件だ」


「っ! まさか貴方、エロンシャまで手にかけたの!」


 シンシアの追及に、ジルマイアーは後ずさる。


「ジルマイアーさん。貴方はあの事件の話をした時、僕にこう言ったんだ。エロンシャさんは『出先から帰ってきたところをグサリとやられた』とね。あの時、僕は少しだけ違和感を感じていた。

 博物館の前でカギを持ったまま倒れていたエロンシャさんは、確かに『博物館を閉めて帰る』様にも、『外から帰ってきて玄関から入ろうとした』様にも見える。だけど、後者は普通あり得ない。職員用の出入り口があの博物館にはあるのだから、誰だってそこから職員は出入りすると考える。館長が業務として正面入り口の施錠をする姿は連想できても、まさかあの人が日常的にあそこから出入りしているなんて事は、誰も知らない訳だ。

 当然、新聞各社はあの事件を『正面玄関を施錠していた所を刺された』と報じている。僕も新聞を読んでそうなのだと思って居た。あの人があそこから出入りしているのは知っていたが、時間は夜中だ。中から出てきて、帰るつもりだったのだと思った。なのに貴方だけが、彼が戻ってきたところを殺されたと言ったんだ。

 スレインさんの話を聞いて、僕は納得しましたよ。あの日、エロンシャさんはスレインさんと馬車の中で話しをしたそうです。街の中を一周して、彼を博物館におろしたと。エロンシャさんがあんな夜中に、()()()()()()()と知っていたのは、犯人だけなんですよ」


「そ、それは……」


 ジルマイアーは反論できない。スレインの証言の真偽を問うよりも先に、自分がそう指摘した根拠が問題になってしまっているからだ。その疑いを晴らさない限り、彼はスレインに疑いを向ける要素を提示できない。


「言い逃れできるのなら、してみるが良いさ。人を欺くのは得意であろう、ジルマイアー!」


 スレインはジルマイアーをそう怒鳴りつけ、古びた紙を突き付けた。良し。頼んだ物は持ってきてくれた用だ。


「何よそれ?」


 疑問符を浮かべるシンシアに、スレインは紙を渡した。


「私が47年前に調査団から押収し、葬り去った記録だ。ダンジョンを王国以外の手から守る為に、あの当時は調査団が常にダンジョンの出入りを監視していた。誰が出て誰が入ったのか、これを調べたならすぐに分かる事だ。あの時はジルマイアーの脅しに屈したが、今は私を信じて味方してくれる若者たちが居る。隠す必要はなくなった」


 幸いだったのは、彼が憲兵に押収させた資料一式が残って居た事だ。

 当時は自分の罪を隠すためにした行いだったが、いつかジルマイアーを追及する時が来た時の為にと保管しておいたのだそうだ。


「ジル、貴方の名前が有るわ。どうして? あの日、二人を追いかけたなんて話、一度もした事無かったわよね!」


 ジルマイアーが、その日ルドウイックたちの後を追いかけた決定的な証拠を突き付けられて、シンシアはいよいよジルマイアーへ本気の疑惑を向けた。


「俺は、俺は―――」


 ジルマイアーは葛藤した様子で揺れ動き、最後には指輪をシンシアの元へと放り投げて肩を落とした。

 頃合いを見て、リリィが憲兵を連れて中に入ってきた。


「終わったな、ジルマイアー。ついでに連盟の資金流用についても、私の判断で少し調べさせてもらった。過ちを隠して無かった事にするのは、私の主義ではないのでな。我がギルドの元一員からこの様な不始末を出した事を、私は残念に思うよ。―――後は頼む」


 リリィに託され、憲兵は二件の殺人容疑と横領の罪でジルマイアーを連行していった。

 その後ろ姿を見送って、シンシアは壊れた様に笑い出す。


「ははっ、あははははは。私は馬鹿ね。あの人を殺した男と、何十年も犯人を捜し続けていたなんて。一緒に居て、気づきもしなかったなんて……」


「私のせいだ。全ては、私のせいなんだ」


 シンシアを少しでも慰めようとしたのか、スレインは嘆くように言った。


「そう思うのなら、全てを話しなさい。あの日何があって、ルドウイックは最後に何と言ったのか。それを私に伝えるのは、貴方の義務よ!」


 シンシアの要求に、スレインはしっかりと頷いた。


「……もちろんだとも。その為に、私はここに来たのだ」


 もう、これ以上ここに居る理由も無い。僕ら三人は目配せして、病室を後にした。


「これで、全て丸く収まったのか?」


 リリィがそんな事を訊く。丸く収まるかどうかは、シンシアとスレイン次第だろう。僕らは結局、外野なのだ。


「まあ、洞窟の魔物と二件の殺人。どっちも片付いたし、そうなんじゃないの?」


 サリーがやや投げやりにそう返す。


「思想の違いでパーティーの仲間同士が反目するなんて、悲しい事だよね」


 今回の事件を振り返ってそう感想を述べると、リリィがそれを否定した。


「私は少し違うと思うな」


「なによ。ジルマイアーの殺しの動機、アンタには分かる訳?」


 サリーが怪訝そうにしてリリィに問う。


「ああ。ジルマイアーが、シンシア殿の隣に居続けたその事実を思えば、簡単な事だ。思想の違いで殺し合いとなったのならば、その恋人に多少の負い目は有ろう。だが、そうはならなかった。パーティーの天敵は色恋なり、だ」


 どこか愉快そうに笑って、リリィはそう答えたのだった。

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