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74 古い指輪

 キノコ討伐後、凍って脆くなったバリケードを突破し、僕らはダンジョンからの脱出に成功した。

 やはり巨人キノコが他の個体を操って居たようで、帰りの道中では一匹も見る事が無かった。

 

      ◆


「―――はっ! どうなったの!」


 唐突に、クーナが目覚めた。

 ここはダンジョンの大回廊。怪我をした冒険者たちは、この場で治療を受けている。

 あの戦いの後、すぐに気を失って倒れたクーナを、ここに運んで寝かせていた。

 今はもう元の姿に戻っていて、氷の翼や尻尾は溶けて無くなっていた。


「おはよう、英雄さん」


 ドグマが、目覚めたクーナにそう声をかける。


「えっ?」


 唐突な事に放心しているクーナへ、冒険者たちが詰めかけた。


「ようっ、嬢ちゃん! 目が覚めたか!」

「何だったんだよあの技! あんなの有るなんて聞いてねえぞ!」

「いや、とにかく助かった。君のおかげだ!」

「サンキュー、ドラゴンちゃん!」


 冒険者たちから口々に礼を言われ、クーナは混乱していた。


「うっ、うわわわわ」


 そんな様子を見かねて、リリィが冒険者たちを注意する。


「こらこら。起きたばかりの相手に、そう大勢で押し掛けるな。クーナ殿が困っているだろう」


「あっ、リリィさん大丈夫?」


 リリィの身を心配して、クーナは訊ねる。


「ああ。あの程度で死ぬほど、軟な鍛え方はしていないよ。とはいえ、動けなかったのは事実だ。私の代わりによく仲間を守ってくれた。感謝する」


 リリィから真摯に感謝を伝えられて、クーナは照れた様子で返答に困っていた。


「落ち着いたら来てくれ。君に礼を言いたがっている者達がまだまだいるぞ」


 そう言い残して、リリィは冒険者たちを引き連れて離れて行った。自分も傷を負っているのに、現場の指揮をとるために動き続けている。本当にすごい人だ。


「でっかいキノコを倒した後、すぐに気を失ったんだ。覚えているかい?」


 リリィたちを見送って、僕は呆けたクーナに状況を説明する。


「あ……うん。覚えてる」


「体に異常とか、そういうのは無い? 平気かい?」


 そう心配すると、クーナはどういう訳か可笑しそうに笑い出す。


「ふふっ、あはははは! 変なの。普通、あんなの見たら怖がったりするでしょう」


「見くびってもらっちゃ困るよ。冒険者は不思議な事には見慣れてるんだ。それに、クーナさんは僕らを助けてくれた。どんな理由でも、それは変わらない事だ。みんなそう思って居るよ」


 最初こそ冒険者たちは警戒していたが、クーナがキノコ達を一掃して窮地を救った事実は、冒険者たちの信頼を得るのに大きな効果が有った。

 僕だってそれは同じで、突然の変身や能力には驚いたけれど、それで恐れるほどクーナへの信頼は浅くない。


「……なら、きっと私も喜んでいるよ」


 クーナは満足そうに微笑んで、そう返した。違和感のある返答だった。


「妙な言い方をするんだね」


 そう言うと、クーナは普段の彼女なら絶対にしないであろう不敵な笑みを浮かべた。


「私の中に、クーナが二人いるって言ったら、レイズは信じる?」


「信じるよ」


「即答かぁ」


 クーナは調子が崩れるとばかりに、気勢の削がれた顔をする。


「クーナさんの言う事なら、どんな事だって信じるさ」


 そう返すと、クーナはうつむいて嬉しそうに笑った。


「あの時戦ったのは、もう一人の私―――というよりも本当の私」


「本当のクーナさん?」


「うん。竜としての私で、最初から居た人格の様な物。そのままじゃ人間の中には混ざれなかったから、私はもう一つの私を仮想的に用意した。人に紛れて、人に好かれるために振舞う盾。それがクーナだよ」


「じゃあ、君は普段のクーナさんを演じているだけ?」


「うーん。最初はそうだったけど、いつの間にか別々になったかも。どっちもクーナである事には変わらない。ただ、竜の私はクーナより人が怖くて、寂しがりや。だからたまに、貴方に甘えたがる」


「今は、どっちのクーナさん?」


「……どっちだと思う?」


 クーナはそう返す。試されているのか、揶揄っているのか。


「たぶん、竜のクーナさんだよね。クーナさんは、自分の事あんまり"私"って言わないから」


「あっ―――」


 本人は気づいていなかったのか、しまったという顔をした。


「まあ、でも、どっちもクーナさんだから。別々に考える必要も無いのかな」


「そうだね。そうしてくれると、嬉しいな」


 どこか安心した様子でクーナは笑った。その姿から、今の告白が彼女にとってどれほど勇気のいるものだったのかを悟った。

 事によると、僕らをこれまで"欺いていた"とも捉えかねない話だ。もちろん、そんな風には受け取らないが、クーナにしてみればその不安はあって当然だろう。


 だから、僕はあくまでもいつも通りに接し続けようと決めた。


「そう言えばまだ、ちゃんとお礼言って無いね。ありがとう、クーナさん。助けてくれて」


「どういたしまして。レイズを守るのは、私たちの役目だって言ったでしょう」


 クーナは得意げに笑う。その笑顔は、いつものクーナだった。


「お姉ちゃん!」


 大回廊に声が響いて、僕らの前をサリーが横切った。

 ここまで走って来たらしく、リリィの前で立ち止まった途端に苦しそうに息をした。


「サリーか。どうした?」


 驚くリリィに、サリーは吠える。


「どうしたじゃないわよ! 魔物にこっ酷くやられたって聞いて、急いできたのよ!」


 リリィの言う通りこの姉妹、口で言うほど仲が悪くない様だ。

 サリーが心配して駆けつけてくれた事を知って、リリィはとても嬉しそうにしていた。


「そうか。だが、心配はいらないぞ! 私はこの通り丈夫さにかけては人一倍―――痛ててっ!」


 調子に乗って胸を張ったリリィは、直後に背中を庇って丸くなる。


「ほらバカ、言わんこっちゃない。別にアンタの心配なんかしてないけどね、死んだりしたら承知しないんだからね!」


 いや、思いっきり心配してるじゃん! ―――とは言えないな。突っ込んだら、何言われるか分かったものじゃない。


「ははっ、分かって居るよ」


 リリィはこれ以上ないくらい嬉しそうな顔をして、サリーの肩を叩く。


「何笑ってるのよ! ふんっ」


 照れたサリーが顔をそらす。その拍子に、目が合った。そこでようやく僕らの存在に気づいた様だ。


「あら、レイズじゃない。アンタたちも大変な目に遭ったみたいね」


 僕とクーナを見て、サリーが気の毒そうにする。


「なんとか今回も生き延びたよ。クーナさんのおかげでね」


「へえ、アンタ強いんだ。さすが竜族」


 そう褒めるサリーに、クーナは落ち着いた態度で返す。


「それほどでもないわ」


「あれっ、アンタちょっと雰囲気違くない?」


 竜モードのクーナさんを前にして、サリーが難解な表情になる。


「それより、ちょうど良かった。サリーさんに助けてほしい事が有るんだ」


 僕がそう頼むと、サリーはかぶりを振る。


「なによ。冒険者のアンタにできない事は、私にも無理よ?」


「いや、例の遺体の件だよ。この指輪に見覚えある?」


 僕は拾い物の指輪をサリーに渡した。

 大空洞からの撤収の時、冒険者たちの遺体を回収する手伝いをしている際に、偶然見つけたものだった。

 最初は誰かの遺品かと思ったが、妙に年季の入った品で、長年放置されていた様に風化している。


「なによこれ、随分と高そうね。汚いけど」


「ダンジョンの奥で偶然拾ったんだ。例の、空洞だよ」


「っ! ……なんか、文字が書いてあるわね」


 大空洞で拾ったという情報で、僕がこれを出した意味を察したのだろう。サリーは慌てて指輪をもう一度確認した。指輪の内側に彫られた文字を見る。


「それはエルフ族の使う妖精文字だ」


「読めるのアンタ?」


「昔、少しだけかじった事が有ってね。刻まれているのは恋人へのメッセージだろう。『エル・ロカ、永遠に愛している』とそこにはある」


 僕がその名を告げると、サリーが目を丸くした。


「エル・ロカって、あのオバサンの……」


「ああ。大した偶然だろう? 50年近く経って、しかもあれだけ暴れた後で、それが僕の目の前に現れるなんてさ。まるでルドウイックの呪いだ」


「どういう事? これは、ルドウイックの物なの?」


 ジルマイアーとスレインの話を聞いていないサリーは、怪訝な顔をする。


「ああ。それはペアリングだ。おそらくもう片方ある。ルドウイックの名前が刻まれた物がね」


「なるほど。回収した遺品の中に有ったかどうかという事なら、無かったわ。こんなの、初めて見たもの」


 サリーは話が早くて助かる。

 このリングの所在こそ、ジルマイアーの嘘を証明する手がかりになるはずだ。


「そうか……ありがとう。それで、もう一つお願いしたい。47年前の暮れ、ルドウイックがどこでこれを買ったか知りたいんだ」


「それなら任せなさいな。街の歴史は私の領分よ。すぐに地図を用意してあげる」


 サリーは頼もしく即座にそう答えてくれた。


「それからもう一つ。君のボスに、明日時間を作るように伝えてくれ。人生に関わる有意義な時間になるはずだ」


 そう告げると、サリーは怪訝な顔をしながらも「分かったわ」と頷いた。

読んでくださり、ありがとうございます! ( ´ワ`)/

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