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73 vsキノコの王様2

 迫り来るキノコの大群に、僕らは次第に圧されていった。

 戦闘力は冒険者たちの方が強かったが、キノコたちは際限なく襲い掛かって来る。

 キノコの数が減るたびに、巨人キノコが光る粉を振りまいて仲間を呼ぶのだ。 


「くそったれ! こいつら、いくら倒してもきりがねえぞ!」

「スクロールが切れた! 援護頼む!」


 戦う冒険者たちの中から、悲鳴とも怒号ともつかない声が上がり始める。体力的にも精神的にも追い詰められる戦いだ。


「やめろ! 俺達は味方だ!」


 そんな声が上がったのでその方向に目をやると、さっきまで踊り狂っていた三班が、助けに来たはずの冒険者達に攻撃を仕掛けていた。


「マズいな。キノコに操られているのか……」


 彼らの混乱状態がキノコによるものならば、魔物キノコたちと同様に巨人キノコに操られている可能性はある。

 人を操って争わせるなんて魔物は、そうは居ない。そこまでの知性を備えた魔物は、五層や六層でようやく遭遇するかというところ。巨人キノコは、明らかに常軌を逸した進化を遂げている。


「麻痺、睡眠、手段は何でもいい。襲ってきた奴らは無力化しろ! 攻撃職は支援職を守るんだ!」


 リリィは支援職に、補助魔法で三班を無力化させるように命じた。

 支援職を内側に集め、その周囲を円形に攻撃職が囲んで陣を作る。


 麻痺魔法や睡眠魔法を使える者たちが、三班を拘束していく。僕はその手の魔法が使えないので、無力化された冒険者を引きずって、陣地の中へと運んだ。


「っ! 何だこの声は?」


 冒険者を運んでいる最中、急に妙な音が轟いた。


 フシューフシューフシューフシュー!


 空気が噴き出すような、そんな音だった。


「アイツ、俺達を見て笑ってやがる……」


 陣地の中に居た一人が、巨人キノコを見てそう呟いた。

 僕ら全員の視線が、その言葉で巨人キノコに集中する。

 巨人キノコの柄に、青く光る二つの穴が並んで開いていた。それはまるで、僕らを見下ろす目の様だった。

 アイツには知性がある。これはもう、間違いない。


「リリィさん! おそらく追加で出てきたキノコは、あのデカいのが全て操っている! 青いの以外は奴の眷属だ!」


 僕がそう所感を告げると、冒険者たちがやる気を見せた。


「なら、アイツをやれば良いって事だな! リリィ、どうする?」


「……駄目だ。気絶した三班を庇ったまま戦えない。撤退する!」


 リリィは討伐ではなく、撤退を選んだ。

 状況を見るに、戦っても退いても同じくらいの消耗を強いられるだろう。それなら、リリィの判断は正しいと僕は思う。


「了解だ。退路は俺達が開く! 嬢ちゃん、手を貸してくれ!」


 リリィのパーティーの剣士であるドグマは、クーナに援護を求める。


「分かった!」


 クーナとドグマは陣から離れ、出口に群がるキノコたちへ突撃していった。

 二人の猛攻によって、退路が切り開かれる。

 これなら、この場から脱出できると確信した次の瞬間、菌糸とキノコの塊の様な物が、突然壁面からいくつも飛び出した。


「っ! 駄目だ、退け!」


 リリィが二人に叫んだ瞬間、ドグマが地面から飛び出した塊に直撃を受けた。


「ぐはっ!」


 投げ出されたドグマに、なおも塊が迫る。


「させるかああああああっ!」


 クーナがドグマの前に立ち、塊を受け止める。それでも伸びようとする力の方が強いのか、クーナが押されていた。

 リリィが飛び出し、クーナの元へと駆け付ける。


「≪強斬り・改≫!」


 リリィが斬撃スキルで塊を両断した。

 余裕ができた隙に、三人は陣地へと走って戻って来た。


「ありがとう、リリィさん!」


「ああ。だが、退路は塞がれた……」


 リリィが歯噛みする。

 突然現れた塊によって、出口は塞がってしまっていた。急速に菌糸が伸びていき、綿状の物が隙間すら埋めていく。


「くそっ、ここまでかよ!」

「俺たちみんな、キノコ共の養分か……」


 陣地内にあきらめの声が上がる。それをリリィは叱責した。


「それでも冒険者か! あきらめるな! まだ戦う余力は十分に残っているはずだ! こうなったら、親玉を倒すしか道は無い!」


「氷漬けはもう無理だが、射程の長い魔法がいくつか残っているぞ」


 支援職の一人が、残りのスクロールを確認して、そう報告する。


「良し。支援職はそれをありったけ、あのデカブツにぶつけるんだ。戦士職は向かってくる雑魚から仲間を守れ。隊列を乱すな!」


 リリィの指示で、皆がもう一度戦う姿勢に入った。


「補助魔法かけます! ≪身体能力強化≫≪行動速度強化≫!」


 僕は攻撃職に補助魔法をかける。


「ありがたい。助かる!」


 リリィに礼を言われ、頷き返す。

 途端、冒険者の一人が慄いたように声を上げた。


「オイオイオイッ! 嘘だろうっ! 動き始めたぞ!」


 この言葉の直後、めきめきと音を立てて、巨人キノコが根元からゆっくりと立ち上がった。

 足を畳んでいたのか、立ち上がるとその大きさは更に巨大になった。頭が天井について、動きづらそうですらある。


「野郎、立ち上がりやがった……」


 怪我を治していたドグマが、憎らしげにつぶやく。


「何と巨大な……いや、マズい! 攻撃が来るぞ!」


 巨人キノコが仰け反った事で、リリィが逃げろと合図を出す。

 全員がその場から逃げ出そうとするが、何人かは魔物キノコに行く手を阻まれた。


 間もなく、巨人キノコの頭突きが地面を打ち付けた。衝撃が地面を駆け巡り、亀裂を走らせる。直後に胞子を乗せて衝撃波の如く突風が吹き、キノコや冒険者を諸共吹き飛ばした。


 咄嗟とっさに身を低くして風をやり過ごす。思いのほか衝撃を受けず、不思議に思って顔を上げると、クーナが大剣を地面に刺して壁を作ってくれていた。


「クーナさん! 助かったよ」


「レイズを守るのはクーナの役目って、言ったでしょ」


 クーナが頼もしく笑う。


 巨人キノコが顔を上げたので、衝突地点を覗き見た。

 複数の魔物キノコと冒険者数人が、押しつぶされていた。


「くっ、仲間ごと巻き込んだのか……」


「たった一撃でこの威力……クソッ、逃げ遅れたか」


 僕と同じ感想が横に聞こえて向くと、リリィが居た。彼女は大柄なドグマに庇われて、吹き飛ばされずに済んだ様だ。


「クーナさん……」


 人の潰れた悲惨な光景を前に心配していると、クーナはかぶりを振った。


「クーナは大丈夫。大丈夫だから……」


 辛そうにしながら、クーナは自分に言い聞かせているかのように、そう答える。


「リリィ! あんなの、どうやって相手にする?」


 無事だった冒険者の一人が、リリィに問う。

 風圧で吹き飛ばされたとはいえ、再集結はすぐにできた。今一度陣形を立て直し、リリィは巨人キノコを見上げる。

 巨人キノコはその巨体を支えるのがやっとなのか、その場から動こうとしない。無茶苦茶な進化を遂げた代償も、やはりある様だ。


「魔法で支援してくれ。私が向かう!」


 剣を抜いて、リリィは決意を仲間たちに告げる。間違いなく、この中では彼女が最強だろう。

 だが、敵もまた規格外の大きさだ。


「いくらお前だって、あの大きさじゃ無理だ!」


 冒険者の一人がリリィを止める。


「無理でも何でもやるしかないだろう! 奴を倒せなければ、どのみち全員死ぬ!」


 一時的に吹っ飛ばされていた魔物キノコたちも、体勢を立て直して再びこちらに向かってきていた。

 リリィの言う通り、人数が減った状態で、これを全滅させるのはもう無理だろう。


「クーナも手伝うよ、リリィさん!」


 クーナは大剣を地面から抜いて、同行を申し出る。


「ああ。頼む。君の力が頼りになるだろう」


 リリィの剣技とクーナの怪力なら、何とかできるかもしれない。


「≪水上歩行付与≫!」


 巨人キノコは池の中に立っているので、二人に水の上を歩けるように補助魔法をかけた。


「っ! レイズ殿、これは!」


「ああ、僕の奥の手の一つさ。使うと魔力が底をつくから、もう足手まといだ」


 魔力が無くなって、全身から力が抜ける。僕程度では魔力消費が激しすぎて、滅多に使わない探索用の魔法だ。


「感謝する、レイズ殿!」


「無駄にしないよ、レイズ!」


「行くぞ!」


「はいっ!」


 二人は陣地を飛び出し、巨人キノコへ向かって駆けだした。

 阻むキノコの群れを突破し、水上を走り抜けて、巨人キノコの足元へと迫る。


「「うおおおおおおおっ! ≪強斬り≫!」」


 リリィとクーナが同時に斬撃スキルを放つ。巨人キノコの右足が切断された。

 巨人キノコは手をあたふたさせながら、地面に倒れた。

 池の水が激しく波打ち、僕らの足元まで流れ込んでくる。


 ≪水上歩行≫が役に立ったのか、リリィとクーナは器用に波の上を走って持ちこたえていた。


「体勢が崩れた!」

「良いぞ!」


 冒険者たちの間から、勝利を確信した様な明るい声が上がる。


「いいや、まだだ!」


 しかしドグマは警戒した様子で、そんな声を否定する。

 直後、巨人キノコを守るようにして、地面から菌糸とキノコの塊が飛び出した。出口を塞いだのと同じものだ。


「くっ、やはり退路を塞いだのはこいつの仕業か!」


 行く手を阻む障害物に苛立った様子で、リリィが怒鳴る。


「根っこ? 糸? を自由に操れるんだ!」


 塊から急速に広がる菌糸の綿が、巨人キノコを包み込んでいく。


「いい加減にしろ! ≪連閃撃≫!」


 リリィが斬撃スキルを連発し、塊と綿を破壊していく。

 倒れた巨人キノコの身体が露出した。わずかに形が変わっているように見えた。


「今だ! 魔法をありったけ叩きこめ!」


 ドグマが命じ、陣地からスクロールによる氷魔法の攻撃が放たれた。

 無数の魔法に身をさらされて、巨人キノコが身をよじる。


 そんな無防備な巨人キノコに、リリィが踏み込んだ。


「≪強斬り・改≫!」


 リリィの斬撃スキルが傘を斬りつけた瞬間、残っていた塊の死角から、薙ぎ払う様に腕が飛び出した。


「なにっ―――!」


 腕に捕まったリリィは、投げ飛ばされて、壁に叩きつけられた。


「リリィさん!」


 リリィの身を心配してクーナが意識を取られた隙に、無数の手がクーナを捕えた。

 綿と塊の防壁を自らなぎ倒し、その向こう側から現れたのは、全身から無数の腕を生やした、形容しがたいバケモノだった。


「このっ! このっ! このっ! 離れろっ!」


 巨人キノコは押さえつける様に、何重にもクーナの上に手を重ねていく。


「クーナさん!!」


「おいっ、情報屋!」


 ドグマの制止を振り払って、駆け出す。

 俺が助けなきゃ。俺が助けなきゃ。俺が助けなきゃ! 不味いマズいマズい!


「レイ……ズ…………」


 僕に必死に腕を伸ばしたクーナの姿ははるか遠く、助けるには間に合わない。やがて巨大な手の平によって、クーナの姿は完全に覆い尽くされた。

 とどめとばかりに、巨人キノコは手に力を込めた。


「嘘、だろう……」


 ―――死んだ。


 急な脱力感に苛まれて膝から落ちた瞬間、近くに居た魔物キノコに殴られた。


「馬鹿野郎! 何やってんだお前!」


 ドグマが背後から駆け寄り、魔物キノコを排除した。


「くそっ、スクロールがもう無いぞ!」

「リリィもやられちまってよ、どうすればいいんだ!」

「何言ってんだ! 戦わなきゃ、死ぬだけだ!」

「その戦う術がもう無いんだよ!」

「無理だったんだ、こんなの。三班なんか見捨てりゃよかったんだ」


 冒険者たちの中から、諦めの声が上がる。

 僕らは巨人キノコどころか、その眷属であるキノコの大群にすら成す術がない。


「情報屋、早く立ち上がれ――――」


 ドグマが、言葉の途中で口を噤んだ。僕も言葉を失った。

 急に、洞窟内に風が吹いたからだ。とても冷たい、肌を刺すような風が。


「冷気?」

「魔法か?」

「いや、そんなはずは……一体どこから?」


 冒険者たちも口々に戸惑う。

 その風の発生源は巨人キノコ―――いや、その腕だった。水面の動きから見て、クーナを握りつぶしたその手元から風が流れている様だった。


 ―――≪凍てつく風(フリードテレンペ)


 とても冷たい声がした。よく知った少女の、しかし聞き慣れない声で、その魔法は唱えられた。


 洞窟内に強い突風が吹いたかと思えば、次の瞬間には洞窟は真っ白に染まっていた。

 冒険者以外のあらゆる物が氷漬けになり、魔物キノコたちも固まって動かなくなる。


「なっ、なんだよこれ!」

「一瞬で、ダンジョンが凍った!」


 冒険者たちの戸惑いの声を遮って、洞窟内に唸る声が響く。


「UGAAAAAAAAAAAAAA!」


 掘削の様な激しい音がして、巨人キノコの凍った手を破砕しながらクーナが中から現れた。

 全身から流した血すら凍らせるほどの冷気を纏って、氷の爪と翼と尾を持った魔物の少女がそこに居た。


「あれは、クーナさんなのか?」


 あんな事が出来るなんて、聞いた事が無い。だが、その姿を見て以前聞いた話を思い出す。タズマは言っていたではないか。彼女の片親は、氷竜だと。


 巨人キノコはまだ動けるらしく、凍った腕を捨てて新たな腕を生やした。

 凍った池の上に着地したクーナは、巨人キノコと対峙する。


「まだ動けるんだ。私もまだ完全じゃないみたいだね」


 かすかに聞こえるクーナの呟きは、普段の陽気さからは乖離した冷たい声。まるで別人の様だった。


 巨人キノコが伸ばした腕を、クーナはことごとく凍らせて砕いていく。


「無駄だよ。お前は、私たちには勝てない」


 接近戦では勝てないと判断したのか、巨人キノコは地面から例の塊を生やして、クーナを押し潰そうとする。


「霊脈の力を使えるのが、自分だけだと思ったら大間違い。 ≪凍てつく風(フリードテレンペ)≫!」


 四方から迫り来る巨大な塊を、クーナは一瞬で氷漬けにする。クーナが腕を振るうと同時に、凍った塊は白銀の粉となって崩れ落ちた。


 巨人キノコが慄くように退いた。それはとても、動物的な仕草だった。


「キノコでも恐怖したりするんだ。世界はまだまだ、知らない事ばかりだね」


 クーナが巨人キノコの身体に触れた。一瞬で、巨人キノコが凍りつく。

 戦いとも呼べない、一方的なやり取りだった。


「あの巨体を、一瞬で凍らせたのか……」


 驚く僕の横で、より状況など把握できていないはずのドグマが訊いてきた。


「なあ、情報屋。あの子はいったい何者だ?」


 その返答には、ほんの一瞬だけ考える。

 僕の言葉で、全てが決まってしまう様な気がしたから。


「……僕らの仲間だ。それ以外の何でもないさ」


 そう。彼女は仲間。素性など関係ない。クーナはクーナだ。


「そうか。なら、良かったよ。あの子が味方で良かった」


 ドグマはそう返した。

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