72 vsキノコの王様1
スレインと会った翌日、僕はリリィのパーティーと共に再び一層六階へと潜った。魔物キノコに対する、各属性魔法の有効性を確認するためである。
久々に記録係として、魔物の挙動や耐性についての生態記録を取る仕事だ。
パーティーの斥候が仕掛けた魔法トラップを、魔物キノコが踏み込む。それと同時に氷魔法が発動して、キノコを氷漬けにした。
魔物キノコは完全に動きを止めて動かない。
リリィさんがキノコに近づいて、剣で両断する。胞子は舞い上がらなかった。
炎魔法は一番広範囲に胞子が飛散し、次いで雷撃魔法も、生じる熱のせいか胞子が強く舞った。風魔法に関しては耐性があるのか、ほとんど攻撃は効かない。しかし凍った時だけは別で、胞子の飛散が最小限に抑えられた。
ついでに言えば、凍った時点で魔物キノコは死んでいる様だった。
「やはり、特攻が入りますね。氷は有効と決めて良いでしょう」
僕がそう結論付けると、リリィも頷いた。
「ああ。すぐに魔道具関係のギルドと商会を当たらせる。街中からスクロールをかき集めるぞ」
その指示から一日で、宣言通り街中から氷魔法のスクロールをかき集めた連盟は、翌日には志願者を募って調査探索に乗り出した。
目的は、魔物キノコの発生源と目される巣窟を調査し、敵の規模と発生原因を調べる事。
無尽蔵に湧き続ける敵に対して、本格的な攻勢をかける前に調査しようという試みだ。
しかし、集まった各パーティーの徹底した準備具合を見るに、あわよくばそのまま掃討してしまおうという意図が強く感じられた。
魔物キノコの発生以降、数日続いてダンジョンの自由探索が全面的に禁止されている。
仕事ができない冒険者たちの間に、焦りが見られた。
「―――という訳で、対象には氷魔法が有効な事が確認された。諸君にはこの簡易魔法発動書を使用して対象に対応してもらいたい。今回は、討伐よりも対象の生態調査を優先する。増殖のしくみや、発生理由が分かればそれでいい。決して無理はしない事だ。いいな?」
リリィが、集まった冒険者たちに作戦の説明をする。
記録係として僕が同行する事は確定しているのだが、今日はもう一人うちのギルドから同行者がいた。
「本当について来るの、クーナさん?」
「ついて行く。レイズをダンジョンで守るのはクーナの役目だから」
クーナはちょっと不機嫌そうにして、そう返す。先日研究室に置いて行った事と、昨日の調査に同行させなかった事を、クーナは根に持って居る様だった。
「でも、また胞子を吸い込んだらどうなるか……」
僕としては、クーナの症状が悪化する方が心配なのだが、本人は大丈夫だと言い張る。
そんな僕の憂いを、唐突に第三者が否定した。
「それなら心配ないにゃ。その娘の今の耐性力なら、常人より影響は受けないはずにゃ」
覚えのある珍妙な語尾に振り返ると、タズマが居た。
「タズマさん、どうしてここに?」
「治療薬はまだだが、予防薬は先に作れたので持ってきたにゃ」
そう言って、タズマは青い液体の入った瓶を差し出した。
「これは?」
「その娘のおかげで、胞子が冷気系魔法に弱い事が証明されたのにゃ。そこで、一時的に飲んだ者の体内に氷魔法の因子を留めておくポーションを作ったのにゃ。根を張った菌どもを一掃するにはもう少し工夫が必要だが、予防だけならそれで十分なはずだにゃ。ただし、身体は少し冷えるから注意にゃ」
リリィが調査探索に乗り出したのは、これの完成が理由だったらしい。
「ありがとうございます」
瓶を受け取って礼を伝えると、タズマが気恥ずかしそうに言った。
「みんなに配る予定だが、先にお前に渡しておきたかったにゃ。先日はお前を怒らせたからにゃ。私は人の心とかそう言うの分からんから、たまにああなってしまうにゃ。だから、これで許してほしいにゃ」
「あっ……はい」
謝られるとは思って居なかったので、面食らってしまう。
僕が冴えない返事を返したからか、クーナは慌てて和解アピールをする。
「もう、クーナとタズマさん、仲良しだから!」
「悪魔とか散々言ってたくせに、菓子を出したら急に態度を変えよって。薄情な奴だにゃ」
甘い物で釣られたか。でも、クーナが気にしていないのなら僕がこれ以上怒る事ではない。
「―――では、探索地域とパーティーを分けるぞ」
リリィが経路の説明に入る。流石にこの説明は聞かなくては。
「あっ、そろそろ行かなきゃ。タズマさん、これ使わせてもらいます」
「うむ。気を付けてにゃ」
僕とクーナはタズマに見送られ、作戦に参加した。
調査隊は四つの班に分かれての行動となった。
例の空洞に至る道は四つに分かれており、それぞれの道から進んで、移動しやすい経路を特定する。討伐作戦に向けての準備であると同時に、一層六階の現状がどうなって居るのかを把握するためである。
魔物キノコに遭遇した時の対処は、単純だ。
支援役がスクロールで氷魔法を使って敵を凍らせ、それを戦士が処理するというだけ。
アイテムが消耗するという欠点を除けば、敵が動かないので普通より楽になった。
「≪氷塊≫!」
僕らが凍らせた魔物キノコ三体を、クーナは大剣でひとまとめに叩き切る。
「そおれぇっ!」
まとめて輪切りにされたキノコが宙を舞う。
その圧巻の立ち回りに、ベテランの冒険者陣も感心していた。
「やるな、竜人の嬢ちゃん」
クーナは褒められて嬉しそうに笑う。
「やはり凍ると胞子が出なくなるな。タズマの報告は正しかった様だ。胞子は冷気に弱い」
被害が抑えられている状態を再度確認して、リリィは呟く。
「ですが、完全に凍らせる系の魔法は数がありませんぜ」
スクロールの枯渇を、パーティーメンバーの一人が危惧した。この作戦の一番の難点はそこだった。
ダンジョン内に胞子が舞っているため、魔法使いを投入できず、どうしてもスクロール頼りになってしまうのだ。
無限に使えるスクロールや、大量のスクロールを仕舞える魔法の袋の様な物は、残念ながらこの世界にはない。
僕らは有限の武装での戦いを強いられていた。
「今回は討伐が目的じゃない。何が有効かテストできただけでも十分だ。後は、連中の巣窟を確認して引き返そう」
不安がるパーティーメンバーをリリィが宥めていると、脇の道から別の班が合流した。第二班だった。
「おっ、合流したな。変わりなかったか?」
リリィの問いに、二班のリーダーは困り顔をする。
「ああ。こっちの方は魔物の数が多くてな。被害はないが、消耗が激しい」
「そうか。ご苦労だった」
そんなやり取りを後ろで見ていると、クーナがふいに僕を呼んだ。
「レイズ、あれ……」
クーナは不安そうにして、近くに在った魔物の死骸を指さした。
元はこの層に生息していたらしい狼型の魔物で、腐りかけた死体を灰色の胞子が包み込んでいる。そこから、何やら白い茎の様な物がいくつか上に向かって伸びていた。
「ああ。あの胞子はどうも、魔力を持つものなら生物でも苗床にしてしまう様だ」
胞子が宿主の体内から魔力を吸い取り、養分とするのだろう。体内で菌糸が伸びて、体の中からキノコが生えるという、悪夢のような光景だ。
このせいか、キノコ以外の魔物の姿を、今日はこの階で見ていない。
「怖いね……エルドラさん大丈夫かな?」
「タズマさんが薬を作ってくれる。きっと大丈夫だよ」
不安がるクーナを元気付けるためにそう返したが、僕自身その事が気がかりで仕方なかった。この胞子の被害者は、まだ誰一人として目覚めてはいない。
僕らがそんな会話をしているうちに、また別の道から班が合流した。
「四班も合流か。三班の姿が見えないな」
リリィが怪訝そうに呟く。
「アイツらのルートは一番短いはずだ。先に着いていると思ったんだが……」
二班のリーダーがそう発言すると、四班のリーダーが「静かに」と会話を制した。
「……おい、奥から声が聞こえないか?」
四班の隊員の一人が呟いた。
そう言われると、奥から笑い声が聞こえてくる気がした。
「アイツらまさか、先に始めてるんじゃないだろうな!」
焦りを含んで、二班のリーダーが言う。
「くっ、魔物にでも追い立てられたか? 四班、スクロールの数はどうだ?」
リリィが急いで状況確認をする。
「まだ、たっぷりあるぞ」
「よし。二班はここで待機。退路を確保してくれ。一班と四班で、三班を救助する」
リリィはそう指示を出し、奥へ進む事を告げる。
「行こう、クーナさん」
「うん!」
例の空洞が在る地点に近づいて行くと、次第に足元が濡れ始めた。魔力を含んだ青く光る水が、ダンジョン内を真っ青に照らしていた。
「青い洞窟、スレイン殿の言った通りだったな……」
青く光る不気味な道を歩きながら、リリィが呟く。
今度ははっきりと、男たちの笑い声が聞こえてきた。
「近いぞ、急げ!」
そうリリィが急かした矢先、前方からキノコの魔物が現れた。
数えきれない数の多さが、巣が近い事を物語っている。
「ちっ、なんて数だ! ここでスクロールを使うな。胞子が出てもいい。巣まで温存するぞ」
密集した敵の数を見て、各個撃破は難しいと判断したのか、リリィがそう指示を出す。
「クーナが行くよ!」
直後、クーナは先陣を切って突撃し、キノコの魔物たちに大剣を振るった。舞い上がる胞子の向こうで、魔物キノコたちが次々とぶつ切りにされていく。
群れはあっという間に崩れ、道が開かれた。
「ははっ、耐性が有るからと、無茶をする。――行くぞ。新人に後れを取るな!」
リリィは愉快そうに小さく笑って、クーナの後を追いかける。他の冒険者達もやる気に満ちた掛け声を上げて、その後に続いた。
通路を抜けて、件の穴にたどり着く。始めて見るが、明らかに最近内側から打ち破られた事が分かる崩れ方をしていた。その向こうには、眩しいくらいに青く光る大空洞が在った。
真っ青な池のほとりで、人型の青いキノコと冒険者たちが楽し気に踊っていた。
冒険者たちの顔は装備で見えないが、正気を失っているのは間違いなかった。
「な、なんだアレは……」
リリィは慄いたように呟く。
踊っている冒険者たちが不気味だったからでは、おそらくないだろう。
そのさらに奥。池の中に歪で巨大な青いキノコの集合体が生えていて、その中央に巨人の如き大きさの青い人型キノコが、上半身だけ据えられていた。
それはまるで、玉座に座する王の様な風格であった。
「でっかいキノコだ!」
「おいおい、嘘だろう……」
「巨人じゃねえかよ!」
冒険者たちが口々に狼狽える。
それに反応するかの様に、踊っている人型キノコたちが手を止めてこちらを見た。顔など無いから、その光景は心底不気味に映った。
その傍らで、冒険者たちだけが、楽しげに踊り狂っている。
「三班を救助する。あれと戦う事は考えるな。アイツらを引きずってでも撤退するぞ!」
リリィが指示を出し、冒険者たちは一斉に人型キノコと交戦した。
直後に、クーナが上を見上げて狼狽えた。
「レイズ、アイツ動くよ!」
その視線の先で、巨人キノコは腕を振るった。まるで種でも撒くようなしぐさで、その手から青く発光する粉を撒く。
「っ! 何をしているんだアイツは……」
直後、洞窟の至る所からキノコ型の魔物が一斉に飛び出した。その数は僕らの倍以上になるだろう。
見慣れた多傘の魔物キノコに、初めて見る形の新種まで。とにかくキノコ尽くしだった。
ただ、青い人型だけは最初に居た数匹だけで、新たに現れた個体は居なかった。
「そうか。青いキノコ以外は、アイツが操っているんだ!」
青い人型。あれがスレインとルドウイックの遭遇した個体なら、あれこそがアオキリダケの進化形態なのだろう。
魔法か、それとも別の仕組みが有るのかは分からないが、様子から見てあの巨人キノコに全てのキノコが従っているように見える。
「コイツはマズいな……数がまた増えたぞ!」
リリィが叫ぶ。見れば、いつの間にか退路にも魔物キノコが集結し、僕らは包囲されてしまっていた。
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