71 歴史と過去と夢
スレインは一通り語り終えると、ため息をついた。まるで自分自身にうんざりしている様な、そんな疲れた様子で。
「―――それが、貴方の後悔なのですね」
頷くスレインは震えていた。自分のした事を思い出して、恐怖している様だ。
「私は愚かだった。身内を理由に自分の名誉を守り、ルドウイックの名誉をないがしろにした。私は、最低な人間だ。私に冒険者を名乗る資格などない」
「だが貴方はそう言いつつも、ギルド連盟に幾度となく攻撃を仕掛けてきたはずだ」
リリィは追及の手を止めなかった。それどころか、今の話を聞いて彼女は憤ってすらいる様だ。
「攻撃か……君たちにはそう映るか。いや、それも仕方のない事だな。ノーデンスの事は最近になって知った。我々も一枚岩ではないのでな。私の理想に理解を示してくれる者も居れば、単に金儲けがしたい下種も居る。近年ではほとんど私は干渉していない。彼らは私の名を使っている様だがね。君たちに迷惑をかけてしまっている事は、心より謝罪する」
スレインは僕らに頭を下げた。リリィはそれでも止まらない。
「なぜ、その後悔を背負いながらギルド連盟に接触しようなどと思った? 貴方の言っている事と、取った行動は噛み合っていない。ルドウイック殿に思うところが有るのならば、彼の意向を妨げようとはしないはずだ。貴方は結局、対立するものを排除して自分の意見を進めようとしただけではないのか?」
「リリィさん、言い過ぎだ」
流石に度が過ぎているので止めに入ると、リリィさんは珍しく食い下がった。
「いいや。起きた事は事実だ」
「……そう見られても仕方がない。だが、私はルドウイックに不義理をしたつもりは無い。彼の意向通り、ギルドの独立は認めた。私が問題視しているのは、常にギルド連盟だ」
スレインの発言の意図が分からず、僕は訊き返す。
「連盟? でも、それこそがルドウイック氏の理想だったのでは?」
「一見そう見えるな。だが、連盟はギルドを統治して冒険者の規律を守ってはいるが、所属しないギルドには何も施さない。しかし、その影響力だけは及ぼす。当然だ。連盟に所属する冒険者の数が多いほど、ダンジョン内での取り決めはその総意として連盟の意向に左右される。実質的な支配者だ。その在り方は、かつての調査団と何が違う?」
「連盟が冒険者を支配した事など無い! その認識は間違っている!」
リリィは強く反論に出た。現連盟の議長として、徹底的に戦う姿勢を見せている。
彼女が憤っている理由が分かる気がした。スレインもジルマイアーも、ルドウイックの理想を結果的に阻んだ人々であり、その理想の代替品である連盟を代表している彼女は、二人を敵視しているのだろう。
「……支配者は言い過ぎだけど、彼の言っている事は間違っては無いと思うよ」
リリィを肯定してあげたいが、僕はスレインの言う事にも納得してしまっていた。
僕がスレイン側に回ると思わなかったのか、リリィは驚いていた。
「レイズ殿まで、何を言い出す!」
「連盟に所属できないギルドが村八分みたいになっているのは確かだ。ルドウイック氏は冒険者全体が助け合う仕組みを望んでいた。それはつまり、一個のギルドに全ての冒険者が所属する形だったんだと思う。連盟とは少し違った形だよね」
僕の推察に、スレインは頷いた。
「そう。その通りだ。ギルド連盟という組織は歪だ。複数のギルドを統括する組織などでは、結果的にやっている事は調査団と同じになってしまう。それならば、複数のギルドを一つに統一するべきだったのだ。であれば、ギルドごとの格差など生まれない。平等に全ての冒険者が同等の待遇を受けられる。それこそが、ルドウイックの創ろうとして居た『深紅の同盟』というギルドだ」
「だが、歴史はそうはならなかった。複数のギルドが台頭し、今の状態に落ち着いた。それは、結果的にそれが正しかったからだろう」
リリィの指摘を、スレインは険しい顔で否定した。
「過ぎてしまったから、物事が正しく収束していると思うのは過ちだ。現にあれは、ジルマイアーの策略によって生まれたものなのだからな!」
「ジルマイアー殿が、連盟をその様な組織にするように仕組んだとでもいうのか?」
リリィの言葉を、スレインはかぶりを振って否定する。
「連盟を作ったのはジルマイアーだ。彼が提唱し、皆に呼びかけたのだ」
それは少し、意外な事実だった。40年前に主要なギルドが連携して同盟を作ったという話は、冒険者であれば皆知っているが、その創設メンバーまではほとんど知られていない。
「そうなのかい?」
リリィなら知っているかと思って訊ねると、彼女は微妙な反応を見せた。
「……それは知らなかったが、彼は初代連盟議長だ。当然関わっていただろうな。彼は真紅の同盟の三代目ギルドマスターで、当初は各ギルドのマスターも連盟会議に参加する形だったと聞く」
スレインがその説明を引き継いだ。
「ルドウイック亡き後、シンシアが一度は深紅の同盟を継いだが、彼女は間もなくギルドを離れた。ルドウイックの居ない冒険者稼業に見切りをつけたのだろう。それから、ジルマイアーの独裁が始まった。彼にギルドを統一する力など無かったし、ルドウイックの計画を受け継ぐ気も無かったのだろう。だからかは知らないが、彼は連盟を結成し、各ギルドの利益を搾取する方向へと舵を取った」
その発言をリリィは否定する。
「連盟は別に、ギルドから搾取するような組織ではない」
「だが、連盟に所属するための金は払う必要があるのではないかな?」
「運営費だ。それ以上の物は取っていない」
「今はね」
スレインの返しに、リリィは言葉を詰まらせる。
連盟とその会議の形態は、過去幾度となく変わっている。僕らが生まれる前からある組織だけに、その全貌を完全に把握できているとは言えないのだ。
「そうか。以前はそうではなかったんですね。今でも連盟に所属したがらないギルドが複数在るのは、ジルマイアー氏が不当な搾取を行っていた禍根なのか」
連盟への加入は、ある程度の運営費を収めればどんな冒険者ギルドでもできる事になっている。
運営費が特別高額という訳でも無ければ、加入する事で不利益をこうむる事はまず無い。むしろ、他ギルドとの連携が取れず、国からの依頼も回してもらえないというデメリットまである。
にもかかわらず、未だ連盟から離れ、独立を貫いているギルドはそれなりにある。そういったギルドのほとんどは、連盟に否定的な姿勢を取る場合が多い。
情報屋業は中立を貫いているので、その手のギルドの冒険者とも僕は普通に交流があった。
スレイン氏は頷き、更にとんでもない事実を暴露した。
「ああ。そうだと思う。ジルマイアーが連盟を結成して引退するまでの15年間、多額の資金を連盟は所属ギルドから徴収している。そのほとんどは運営費と称して連盟会議のメンバーの懐に入れられていた」
「なぜ貴方がそんな事を知っている?」
リリィはスレインを睨んでいた。
ジルマイアーを悪と印象付ける為の方便とまでは言わないが、確かにスレインは連盟の事情にやけに詳しかった。
「私は事件後も当然の様に冒険者の敵として扱われ、この47年間を過ごしてきた。彼らに干渉する事などできなかったし、ジルマイアーの暴走を止める術など無かった。だから密偵を送り込み、せめてその動向を探っていたのだ。明らかな犯罪が行われたその時こそ、私の動く時だと信じてね」
「連盟に、スパイがいたのか!」
驚くリリィに、スレインは気の進まない様子でさらに告げる。
「……君には酷な話だろうが、それは代々真紅の同盟が勤めている」
「なんだと!」
「だが、安心して良い。今は居ないよ」
「……当然だ。今は私が代表なのだからな。私がスパイであるものか」
リリィは戸惑い半分、怒り半分と言った様子で狼狽えていた。無理も無い。自分の身内に裏切り者が居るなんて、気分の良い話ではないだろう。
「だが、私への報告以上の事をしてもらった事は無い。結果的にジルマイアー率いる連盟会議は反感を買って、身内の手で是正された。ジルマイアーは追放され、その事実は汚名故に葬り去られた歴史だ」
リリィへのフォローなのか、スレインはそう後付けした。
「そんなこと……」
どう反応して良いか分からないようで、リリィは途端に大人しくなる。
聞くなら今だろうと、僕はスレインに訊ねた。
「僕が訊きたいのは、一つだけ。貴方はなぜ、今になってご自分の罪を告白する気になったのです?」
「それは、さっきも話した通り―――」
「いえ。この家とご自分の家族の名誉の為に、貴方は苦渋の選択をしたと語った。なら、その意思は今でも継続されるべきだ。貴方には息子さんも、お孫さんも居るのだから」
話を聞く前ならば、罪の重さに耐えきれなくなったという話も納得できたが、今となってはここで自棄になって全てをふいにしてしまうような人間が、40年以上も罪と後悔を内に秘めたまま生きて来れたとは思えない。
後悔しているという話が嘘か、僕らに話す事に別の意図が有っての事だろう。
「……ジルマイアーに罪を、償わせたかった。47年前にはその術がなかったが、今ならばあると思った。私の手の者が知らせてきたのだ。今になって昔の事件を嗅ぎまわっている優秀な若者たちが居ると。シンシアと接触した君たちならば、きっとエロンシャの事件に疑いを持つと思ったのだ」
「貴方は、僕らがここに来る事を知っていたのですか?」
「……偶然までは見通せないよ」
スレインは僅かに間をおいて、そう答えた。
「そうですか。ありがとうございました」
状況が何となく掴めてきたので、僕は引き上げようとした。それを止めたのはリリィだった。
「おい、レイズ殿!」
「これ以上、彼に聞く事が有るかい?」
リリィは少し考えて、スレインに問う。
「……まだある。キノコの魔物のついてだ。青い人型のキノコだと言ったな?」
「ああ。アオキリダケから進化したか、その類縁種と見て間違いない。ほとんど同じ姿だった。そのまま大きくなって手足が生えたようなね」
「ダンジョン内に出たのは、それとは別の形をしていた。複数の傘を持つキノコの魔物に心当たりは?」
「私はそれを見てはいない。……だが、あの池の周りには様々な種類の植物やキノコが自生していた。もし、地脈の噴出孔が錬金素材を魔物に変えてしまうのならば、私たちが遭遇した個体以外にも居るかもしれないな」
「……そうか。助かった」
リリィが今度こそ立ち上がる。
僕らは帰りも、オーレンス家の馬車で送ってもらえる事になった。
「どう思った、レイズ殿?」
帰りの箱車の中で、リリィは所感を訊いてきた。
「まだ何とも言えない。ただ、矛盾点は見つかった」
「矛盾点?」
「うん。まだ証拠は無いけれど、ジルマイアーさんが犯人で間違いないと思う」
そう結論を述べると、リリィは怪訝な顔をした。
「その根拠は? 私はスレイン殿を信じて良いか迷っている。私たちが捜査している事を知っていたならば、押し掛けてくることは事前に把握済み。嘘の話を用意していた可能性もある」
「根拠と言うなら、ジルマイアーさんは嘘をついているからだ。スレイン氏の事は、まあ僕も全ては信じてないよ。でも、彼の話が嘘だとすると必要のない証言が混ざっている事になる。それは理屈に合わない」
そう答えると、リリィは呆れた様にため息をついて窓の外を眺めた。
「まったく。誰も彼もが嘘をつく。誰を信じたらよいのだろうな……」
「そうだね。見極めるのは難しい」
この件は証言ばかりで、目に見える物がない。全ての判断は、聞き手側である僕らの裁量に任せられている。やり辛いと言えば、やり辛い事件だった。
それは魔物についても同じ事で、話を聞いて得られるものが有ったとは言え、50年前の個人の記憶である以上、どこまで信用して良いのかは分からない。
そういう、ぼやけた成果ばかりが残ってしまった事に、リリィは歯がゆさを感じているのかもしれなかった。
「遅くなってしまったな。早く帰ろう。家でサリーも待ってるだろうし……ああ、いや。今はクーナ殿と一緒か」
暗くなり始めた街並みを眺めて、リリィは呟いた。
「意外だな。二人は一緒に住んでいるのかい?」
二人とも大人だし、普段言い争いばかりで仲が悪そうだったので、別居しているものだと思って居た。
意外と言ったのが可笑しかったのか、リリィは小さく笑う。
「実家暮らしでね。仲が悪く見えるだろうが、実はそうでもない。サリーは口が強いだけで、悪い子じゃないんだよ。まあ、私の事は恨んでいるかもしれないがね。才能が、あの子には無かった。体もそれほど丈夫じゃなかったし、魔力もほとんどない。それら全てを、私が彼女の分まで持って行ってしまったと思って居る様だ」
そんな話を先日、サリー本人からも聞いた覚えがある。
「サリーさんは、冒険者に成りたがっていたんですか?」
「ああ。私以上にね。父が冒険者だったんだ。それで、私たち姉妹の目標も幼い頃に定まった。今でもよく、仕事の話を聞かれるよ。あの子は今でも冒険者に興味がある。だから私は、あの子の分まで、冒険者として生きなければならない」
「その話、サリーさんにした事あります?」
「無いよ。言ったら、あの子はきっと怒る」
リリィは困り顔で笑っていた。
彼女はきっと、不器用ながらサリーと仲良くしたがっているのだろう。そんな気がした。
「兄弟姉妹っていうのは、なかなかままならないものらしいね」
「レイズ殿は一人っ子かい?」
「そうだね。僕に兄弟は居ない」
……昔そんな子が居た様な気がするけれど、それはもう過ぎた過去だ。
「実際のところ、クーナ殿はどうなんだ? 君にとっては、ちょうどそんな歳の差だろう」
「彼女は、娘かな。なんだか妙な話だけどさ」
「ふふっ、なるほどな。クククッ、君はまったくひどい男だよ」
リリィは可笑しそうに笑い出す。
「あの子が僕を好きだって言ってくれるのを、無視している訳じゃない。でも、それに応えちゃうのもいろいろとマズいでしょうよ。あの子はまだ世界を知らない。もっといろいろな物を見て知って、それからでも遅くないだろう?」
「それは体の良い言い訳だよ。時間は気づけば過ぎている物だ。そう言うのなら、その時まで待ってあげる事だな。少女の夢を裏切ると、私の様に一生恨まれるぞ」
冗談めかして、リリィは言う。サリーの態度を見ていれば、それは本当に笑えない冗談だ。
「先人の言葉、参考にさせていただくよ」
その後学院に戻ってサリーたちと合流した僕は、クーナにそれはもうしこたま怒られたのだった。その様子を、リリィは面白がりながら笑って見ていた。
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