70 スレインの回想2
キノコの怪物は急に機敏な動きをし始め、ルドウイックに襲い掛かった。
戦闘スタイルはシンプルに肉弾戦らしい。
「そんな攻撃が当たるかよ!」
キノコの蹴りや拳を軽々と躱して、ルドウイックは大剣を振るった。
両腕を交差させて攻撃を防ごうとしたキノコだったが、ルドウイックの斬撃はもろともにその上半身を袈裟切りにした。
途端、斬られたキノコの身体から、青く煌めく胞子が煙のように噴き出した。
「ちっ、胞子が出る。近接武器はダメだ。スレイン!」
ルドウイックが走って後退してくる。
胞子の煙の先では、まだキノコの下半身が動いていた。
「任せろ! ≪フレイアス≫!」
爆破魔法でキノコを焼却する。――が、キノコを包み込んだ灼熱の中から別の爆発が起こり、青い胞子が噴き出した。その胞子爆発は私の魔法をかき消す勢いで膨れ上がり、、空洞全体に蔓延した。
「マズイ!」
ルドウイックが私を押し倒す。
「がはっ! ゴホッゴホッ!」
私を庇って胞子を浴びたのか、ルドウイックが激しくせき込んだ。
起き上がって彼を助けようとしたが、ルドウイックは私の口元を押さえつける。
「んんっ―――!」
ルドウイックはせき込みながら、空洞の入り口を指さした。
私は彼に肩を貸して空洞から脱出すると、風魔法で胞子を中に送り込みながら急いで蓋をした。
「≪ロッカーム・ウォルズ≫」
岩の障壁を作る魔法を何重にも重ね掛けし、入り口を塞ぐ。壁に残った窪みが、わずかに残った通路の痕跡となった。
「はぁ、はぁ―――ひどい目に遭った」
息を止めていた分、大きく息を吸い込んだ。その傍らで、ルドウイックは壁にもたれてぐったりしていた。
「大丈夫か?」
「参ったな……なんだか身体が上手く動かない。体力を吸われてる感じがするぜ」
ルドウイックは焦点の定まらない目で、私にそう訴える。
「ほら、水を飲め」
ルドウイックの腰から水筒を取り、飲ませる。もっと欲しいというので、私の分も渡してやると、あっという間に飲み干した。
「駄目だスレイン。喉が、喉が渇いて仕方ねえ」
「確か来る途中に湧き水があったな。動けるか?」
「へへっ、ちょっと難しいかな」
「分かった。水を汲んで来るから、少し待って居ろ。この窪みに隠れていれば、魔物に見つかる心配も無いだろう」
弱り切ったルドウイックを窪みの陰に隠す。置いて行くのは少し心配だが、道中の魔物は倒したし、襲われる事は無いだろう。
「わるいな、スレイン。迷惑かけちまって」
ルドウイックは自虐的に、活力の無い笑みを浮かべる。
「良いさ。仲間だろう?」
そう答えると、ルドウイックは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。ありがとうな」
「頑張れよ、ルドウイック。俺はお前の計画に乗ると決めた。お前とこの街の冒険者を作る。だから、こんな所で死ぬな」
「ああ。任せろ。頑丈さには自信がある」
全く任せられない弱り切った姿で、ルドウイックは強がる。
そんな彼を置いて、私は泉へと駆けた。
地面の吸い込んだ水が、ダンジョン内を通って湧き出ている場所がある。そこで水筒を満たした。
「これでいい。すぐに―――くそっ、魔物か!」
水を汲んでいる間に接近されたのか、背後に狼型の魔物が4匹現れた。
火炎魔法で一掃しようとしたが、内二匹に躱される。
「やはり、ここまで潜ると強い!」
私の攻撃をかく乱するためか、二匹は左右から仕掛けてくる。これほど広域だと、対処が間に合わない。
直後、二匹の魔物を矢が貫いた。どちらも正確に頭を射抜かれて絶命している。
「へっ、随分なざまだな。引退して腕が鈍ったか?」
そう声をかけてきたのは、弓を手にしたジルマイアーだった。
「っ! ジル、どうしてここに?」
「そんなもの決まってるだろう。ルドウイックが心配で追って来たんだよ。反対派のリーダー様と二人きりになんてさせられるか。アイツは甘ちゃんだからな。アンタに気を許して不覚を取るとも限らない」
ルドウイックが私を騙すとは思えない。本当に、ジルマイアーの独断で後をつけていたのだろう。
彼には斥候として隠密スキルが有る。気配を悟られずに尾行する事は容易いだろう。
ジルマイアーは私が、ルドウイックを不意打ちすると警戒していた様だ。
「馬鹿を言うな。どうして私がそんな事をする!」
「裏切り者の話なんか信じられっかよ。ルドウイックはどこに居る?」
「魔物の攻撃を受けて負傷している。水が欲しいというから汲みに来ただけだ」
「ダンジョンの只中で、負傷した仲間を置き去りにしたのか?」
「何とでも言え。ついて来い!」
ジルマイアーを連れて、ルドウイックの待つ窪みに戻る。
彼は思い込むと融通の利かない性格で、基本人の話を聞かない。私を敵視している状況では、私の言い分など聞きはしないだろう。実際に状況を見てもらった方が早いと思った。
「ルドウイック、水を持ってきたぞ。……おいっ、ルドウイック!」
返事がなかった。気を失ったのか全く動かず、揺すっても反応が無かった。
「おい、それ……」
ジルマイアーが指をさす。見れば、ルドウイックの胸にナイフが刺さっていた。
「なっ、どうして! ルドウイック、返事をしろ!」
「おいっ、今すぐルドウイックから離れやがれ」
ジルマイアーは私へ向けて弓をつがえる。
「待て、これは私じゃない!」
「白々しい。下手な芝居は止めろよ、スレイン。この状況、どう考えたってお前の仕業だろうがよ。この階のどこにナイフで冒険者を殺す魔物が居る? こんなダンジョンの中じゃ、ゴブリンだって住んじゃいねえよ」
マズい。ここでジルマイアーと争うのは良くない。まだ敵は近くに居るかもしれないのだ。誤解を解かなくては。
「私ではない!」
「どうでも良いね。この話をすれば、ギルドの連中は報復に出るだろう。お前は終わりさ」
「……違うんだ。信じてくれ、ジル!」
「裏切り者が、俺の名前を気安く呼ぶんじゃねえ!」
「くっ―――」
何を言ってもダメか? ルドウイックと違い、ジルマイアーは私を元からそれほど信用していない。今の互いの立場は、それにより拍車をかけている。
ところが唐突に、ジルマイアーは弓を下ろした。
「なんてな。だがまあ、お前の事情も分からなくはない。お前はずっとルドウイックと対立してたからな。目障りだったんだろう?」
「私がそんな卑劣な人間に見えるか?」
「さあな。俺がどう思うかは関係ない。お貴族様の家柄だ名誉だって話は、所詮雇われの俺達には理解できない。くだらなくて理解もしたくないね。お前の考えている事なんて、俺達に分かるかよ。
ルドウイックが邪魔だったか? そいつを殺して俺達を大人しくさせれば、出世でも約束されたか? 調査団の連中ならやりかねないよな! そうみんな考える」
「これ以上の侮辱は許さないぞ、ジルマイアー!」
「で、俺も殺すのか? お前はどのみち終わりだよ。お前だけじゃねえ。お前の家族もだ。家から人殺しを出したとあったら、名門貴族様も失墜だな」
「…………」
コイツは、一体何の話をしているんだ? ここは、ルドウイックを殺した事を糾弾するところではないのか? どうしてこいつは、そんな振りをして私を脅す様な話ばかりする?
「はっ、そう睨むなよ」
ジルマイアーはルドウイックに近づいて、刺さったナイフの柄を掴んだ。
「何をする?」
「こうするんだよ」
ジルマイアーがナイフを引き抜いた。その血を拭い、腰の鞘に納める。
「お前っ、何を!」
「凶器は無くなった。後は埋めちまえ。岩の壁を作るのはお得意だろう?」
「貴様まさか!」
こいつ、ルドウイックを殺したな!
「はっ、何だよ。言ってみろよ。そんな証拠が何処にある? 対してお前はマズい状況だよな。ルドウイックが居なくなって、追いかけた俺まで居なくなったら、いよいよお前が怪しいってもんだ。ここを塞げよ、スレイン。そうすれば黙っていてやるよ。お前がルドウイックを殺したって事はな」
「ふざけるな!」
「ふざけてんのは、てめえの方だろうが!」
「がはっ――!」
不意打ちで蹴りを食らった。胃から気分が悪くなり、立って居られずに膝をついた。
「お貴族様のくせに冒険者だと? 笑わせるな。俺達庶民が命かけてる仕事に遊び半分で踏み込んで、偉そうにしやがってよ。挙句の果てに俺達を王国の所有物だと言いやがる。そんな異端者を仲間なんて呼ぶ、ルドウイックも同罪だ! お前らは揃いも揃って俺達をコケにしやがった!」
「そんな事は無い。ルドウイックは、冒険者とこの街の未来の為に―――!」
ジルマイアーの蹴りが顎にぶつかり、私はその場にひっくり返った。
「何が未来だ。何が俺達の為だ。結局政府と調査団に良い様に使われてる現状は変わりねえ! この街を発展させたのも、維持しているのも俺たち冒険者だ。お前ら貴族はただ、その成果を椅子にふんぞり返って搾取しているだけじゃねえか!」
「それほどまでに憎いか、我らが!」
「ああ、嫌いだね。お前らに使われるばかりなのはうんざりだ。だから、今度はお前が俺のために働くんだよ。窪みを塞げ、スレイン。そうすればお前の将来も、家の名誉とやらも安泰だ」
「この外道が! お前が約束を守る保証などあるものか!」
「確かに無いな。だが、ここでお前が取れる選択肢は二つだけだ。言う事を聞くか、破滅するか。さあ、どっちがいい?」
杖をジルマイアーに向ける。奴が動くより先に、こちらの魔法で丸焦げにできるだろう。速度も殺傷力も、こちらの方がはるかに上だ。
だが、奴の言う通りだ。この場でこいつを殺して、それで世間は何を思うだろう。ルドウイックを殺したのは、敵対している私だと誰もが思うだろう。目撃者であるジルマイアーもついでに殺したと。
調査団側の人間ですら、私がやったと思うだろう。ジルマイアーに、ルドウイックを殺す動機は無いのだから。
家の名誉を守らなければ。私がどれほどの罪を犯そうと、家族の立場だけは守らなければ……
結局最後に浮かんだのは、そんな葛藤と言い訳で、私は自分を酷く軽蔑した。
「くっ……≪ロッカーム・ウォルズ≫」
岩障壁を作り、窪みを完全に塞いだ。ダンジョンは変化し続ける場所だ。もう誰も、ここに通路が在ったなんて思わないだろう。自然に消えてなくなったと思うだろう。
「そうそう。それで良いんだよ。じゃあな。もう二度と俺の前に姿見せるんじゃねえぞ」
ジルマイアーは勝ち誇った様子で笑って、去って行く。
その背中に魔法を打ち込んでやりたくて仕方がなかったが、私にそれをするだけの覚悟は無かった。
「うぅっ……くそっ、くそおおおおおおおおっ!」
私は腰抜けだ。こんな様で、何が冒険者か。
家族と友人を天秤にかけて、結局自分の身を守っただけではないか。
全てを捨てて、全てを失って、それでも親友の為に報いる覚悟があったなら、自分は最初からギルドと対立などしなかっただろう。
結局私は、この期に及んでも、何も手放す覚悟の無い男だったのだ。
読んでくださり、ありがとうございます!