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69 スレインの回想1

 ―――47年前。後に薪ノ月事件と呼ばれるギルド設立騒動で、当時私は反ギルド独立派の責任者をしていた。

 政府主導の調査団から独立したいギルド側と、それを阻止したい私の派閥で争い合っていたのだ。

 そんな最中、ギルドのリーダーであるルドウイックに誘われ、私はダンジョンに赴いた。



 送られてきた書状には「久しぶりに探索に行こうぜ」なんてラフな誘い文句が書かれていたが、対立する勢力の責任者同士、直接会って話をつけようとしている事は明白だった。


 先日、街中で勢力同士がぶつかり合って乱闘騒ぎが起き、ケガ人が出た。

 ルドウイックはそう言った状況を嫌い、憂うタイプの人物だったので、この様な要求をしてきた事は驚く事でも無かった。

 集団での話合いは膠着するばかりなので、代表者同士で話をつけるやり方には私も賛同できた。


 約束の時刻から更に十分ほど待たされて、ルドウイックは一人でダンジョンの前にやって来た。


「来たか。人を呼び出しておいて遅刻とは、良い身分だな。一人か?」


 あえて訊いた。

 "二人で"と書状には書かれていたものの、パーティーメンバーを連れてくるかもしれないという可能性はあった。いや、それは私の願望か。


 意見の相違で決別し、自分から離反して対立する側に就いたというのに、かつての仲間と会いたいと思ってしまう自分は何とも意志が弱い。


 ルドウイックは一人で来たことを断言した。


「ああ。シンシアとジルは置いてきた。エロンシャは風邪らしくてな。喉が真っ赤になってたから、休ませた。今日は俺とお前の二人だけだ」


「そうか。ならばもっと早く来い。一人なら身軽だろうに」


「わるいわるい。コイツを受け取りに行ってたら遅くなっちまってな」


 ルドウイックはポーチから一組の指輪を出して、嬉しそうに笑う。それが何を意味する物かは、一目で理解できた。


「指輪……そうか。とうとう渡す気になったか」


「なんだよそれ」


「お前がシンシアの事を想って居たのは良く知っている。シンシアがお前をどう想って居るのかもな。だから、いつ気持ちを伝えるのかとやきもきしていた。ギルドを創る様な思い切りの良さはあるくせに、どうしてそういう所は控えめなんだろうな、お前は」


 五人パーティーの中で、唯一の女性であったシンシアは私たちにとって憧れの的であった。誰が彼女の気を引けるか、ルドウイックとジルマイアー、そして私の三人で競い合ったものだが、シンシアは結果的にルドウイックを選んだのだ。

 それは私の中で、ただ楽しい思い出として残っている。


「はは、やっぱり怒ってるのか?」


「そうだな。正直に言って、お前が王国から独立しようとしているのは気に入らない。あの日、お前と仲たがいしてパーティーを抜けた日から、その考えは変わっていないよ」


 ギルドの話かと思いきや、ルドウイックはかぶりを振った。


「ああ、いや、それもあるけどさ。シンシアの事だよ」


「シンシアはお前を選んだ。それに私が意見する資格は無いさ。お前とは冒険者の立場で争ってはいるが、別に個人的な恨みなどない。冒険で培った私たちの信頼は、そんな薄っぺらなものか?」


 個人的な恨みなど無く、私はパーティーを離れても仲間を大事に想っている。そう伝えると、ルドウイックは緩んだにやけ顔を浮かべた。


「むふー」


「なんだよ、気持ち悪い」


「いやいや、クールなスレインの口からその言葉が聞けただけで、この場を設けた甲斐が有ったってもんさ。俺だって、お前の事は好きだぜスレイン!」


 ルドウイックはそう言って、私の肩に腕を回す。彼はどうにも距離感が近いが、こうして他人に一歩踏み込んでくる勢いこそが、彼の長所だと私は見ている。彼が冒険者を束ねてギルドのリーダーになったのは、それ相応のカリスマが有っての事だった。

 常人にはとても、彼の様な求心力は無い。


「お前はすぐにそうやって茶化す……ふふっ、このやり取りも久しぶりだな」


 友人とのじゃれ合いが心地良くて笑うと、ルドウイックも頷いた。


「本当にな。三ヶ月も離れてたんだな、俺達。仲間同士でいがみ合ってさ。どうしてこうなっちまったんだろうな」


 約三か月前に、ルドウイックが冒険者ギルドを立ち上げた事で、私たちの対立は始まってしまった。

 それをどこか他人行儀に言う彼の発言が、許せなくなった。


「それはお前が、ギルドなんかを創ったからだろう!」


「――今日は、一層の六階に行くぞ」


 ルドウイックは話を逸らし、ダンジョンの回廊を歩きだした。その後を追いかけて、彼を問い詰める。


「……訳を話せ、ルドウイック。今日はその為に来たんだろう」


「それもある。が、半分はお前とただ単に探索したかったからだよ」


 ルドウイックはそんな事を言った。


 当時は転移魔法も開発されておらず、最深探索層がまだ一層の八階だった時代。

 私たちは各階を繋ぐ天然の坂道を利用して、六階まで徒歩で歩いた。


 その間に何度か魔物と遭遇し、私たちは戦った。

 一層の魔物はすでにルドウイックの実力では雑魚も同然で、彼の振るう大剣クレイモアの餌食になっていく。

 流石に大型の武器という事もあって速度は無いので、数には押される。そういった相手は、私が火炎魔法で対処するのがいつもの戦い方だった。


 三か月のブランクは有ったが、ルドウイックが上手く合わせてくれるので問題なく戦えた。それなのに彼は、私を褒める。


「やっぱり、スレインの魔法は凄いな。俺達のコンビネーション、バッチリだ」


「こんな事、今さら何になる。俺は冒険者を引退したんだぞ」


 ルドウイックと共に戦えば戦うほど、自分の立場がぶれて行くのを感じて、そんな事を言ってしまった。

 王国のために尽くすと決めて、冒険者達と敵対する道を選んだ。今の私は、冒険者の敵なのだ。


「本当に? それならどうして、装備一式大事に残してたんだよ」


 ルドウイックは微笑んで、そんな事を言う。

 私が装備を手入れして保管して居た事など、同業者の彼ならお見通しだろう。それは沁みついた習慣が拭えなかっただけで、ただの気まぐれなのだと自分に言い聞かせる。

 決して、私は冒険者に戻りたいと思って居るなんて言えなかった。


「これはたまたまだ……」


「お前の事情も分かるよ。貴族の息子として、そういう役目を継がなきゃならない立場なのはさ。でも、やりたい事をそのために捨てるのは間違ってるだろう」


 そんな無責任な言葉が、私の自尊心を傷つける。


「お前に何が分かる! 何のしがらみも無い、背負う使命も無い。自由に冒険者やって居られるお前と俺は違うんだ!」


 私は王国貴族の家に生まれ、この新大陸の植民地を統治する責務を負っている。今は父の仕事だが、それはいずれ私が継がなければならない仕事になる。どれほど望んでも、私は冒険者のままで居続けることは許されない。


 ルドウイックは気の毒そうに私を見て、「すまない」と謝った。


「そうだな。俺には何もない。だから察する事は出来ても、理解はできないと思う。けどな、だからこそなんだよ。その気持ちが分かるお前が、どうして冒険者を縛る?」


「俺の主張は冒険者を縛り付けていると? 元は王国から派遣された調査団だ。王国の指揮下で動くのは当然だろう。この街を整備して、冒険者が探索できる環境を作ったのは誰だ? 王国だろう。王国が資金を出しているからできる事だ。それなのに、地盤が出来たらあっさり無かった事にして、独立したんだお前は!」


「お前の言い分はもっともだ。だがな、それだけじゃ全ては見えてないんじゃないのか?」


「どういう事だ?」



「冒険者は昔より増えたし、街の住人だって増えた。ダンジョンって物に魅せられて、王国以外からも人が集まり始めているからだ。今は王国の植民地って事になってるが、いずれこのエルクティリアの街は多民族で溢れる、世界でも類を見ない街になるだろう。


 それはもう始まっているんだよ。異邦人が冒険者になって、ダンジョンに潜り始めている。調査団は人手が増えれば良いと言って彼らの活動を許しているが、王国民でも無ければ調査団の一員でも無いそんな連中は、何かあっても援助を受けられない。助けてはもらえないんだ。


 だから俺は、冒険者が冒険者同士で助け合える環境を作りたい。調査団に頼らず、自分たちの事は自分達で面倒を見る。だがな、だからと言ってないがしろにしようって訳じゃない。協力し合いたいって事なんだ。冒険者たちだけじゃできない事だってたくさんある。お前が言った通り、国の力だって必要だ」



 冒険者の仕事がこの街を維持し、発展させた。だが、その発展と共に街と冒険者の在り方が変化しつつあり、無責任にそれを受け入れた調査団と政府が、何の対策も取れていないという彼の指摘は、納得できるものだった。

 調査団は外国人冒険者を受け入れたが、その処遇に関しては白紙のままなのだ。彼らを王国人と同様に扱う事を、渋っている貴族たちが居るのである。


「……確かに、この街は予想外の発展をしつつある。調査団も仮設政府も、その辺の方針や対応に関しては見て見ぬふりで先延ばしにしている節は有る」


「だろう? そういう偉い人たちが持て余してるような問題を、俺達が自力で乗り切ろうとしているだけなんだ。これまで通り、俺達は調査団から命じられた仕事をする。依頼という形にすればいい。仕事を委託してもらうんだ。給料が報酬って形になるだけさ。そうすれば、誰でも気兼ねなく冒険者ができるし、街は潤う。いいこと尽くめだ」


「簡単に言ってくれるな。その整備を誰がやると思ってるんだ」


「そりゃあ、俺とお前とで」


 当然だろうという口ぶりで言われて、私は少し面食らった。


「むっ―――」


「同じ事さ。今こうして、俺とお前が二人で協力してダンジョンを探索している様に、この件もそうすればいい。忘れたか? 深紅の同盟だって、最初は俺とお前の二人だけだったんだぜ。二人で協力し合ったら、たった二年とちょっとでチームメンバーは20人に増えた。十倍だ。

 ただの宿舎が一件ポツンと立っていただけの場所に、いつの間にか村ができて、今や街に変わった。冒険者の稼ぎが街を潤しているからだ。これだけの事を、俺達はやってのけたんだ。また二人でやれば、なんだってできるだろう。

 ギルドの俺と、調査団のお前。二人で街の冒険者稼業をもっともっと発展させようぜ!」


「魅力的な提案だが、私はまだそんな事が出来る立場には居ないよ」


「だったらごり押してでも認めさせるさ。お前は独立反対派のリーダーだ。お前ほど冒険者の事を考えている奴は、調査団の中に居ない。そんでもって、お前はパーティーの仲間だ。これ以上の適任が居るか?」


 ルドウイックは不敵な笑みを浮かべて、そう断言する。


「私をまだ、冒険者として扱うのか、お前は」


 裏切り者の私を、仲間だと言い張るのか。


「当然だろう。俺とお前で作った冒険者だ。立場がどう変わっても、それは永遠に変わらない」


 私の後ろめたい思いを吹き飛ばすように、ルドウイックは当たり前の事の様に言ってしまう。そんな天衣無縫な在り方を、私は羨ましいと思わずに居られなかった。


「ふう、六階まではすぐだったな。エロンシャの地図は正確で助かる。ほとんど魔物に会わずに済んだぜ」


 六階に降り立ったところで、ルドウイックは地図を確認する。

 彼の使っている地図はエロンシャの手製の様だ。ダンジョン内の記録は、各個人が独自に取る様にしているが、中でもエロンシャは腕が良い。魔物の生息域が正確に記録されていて、群れを避けながら移動できるので重宝していた。


「そう言えば、どうして六階なんだ?」


 わざわざ戦いの激しくなる階まで下りてくるのは、ただのレクリエーションにしてはやり過ぎだ。


「ああ、指輪だけでも良いんだけど、どうせなら他にも用意したくてな。エロンシャと調べたら、未開拓地域に珍しい錬金素材が生えているエリアが在ったんだよ。しかも、帰って調べてみたらその素材がアオキリダケっていう、超希少種でさ」


 嬉しそうにルドウイックは語る。こういう所は、まるで少年の様だ。


「なるほど。その素材を土産に求婚しようという訳か」


「そういう事。六階だったらそれなりに手ごたえあるし、探索のし甲斐も有るだろう?」


「だったら、ジルを連れてきても良かっただろう」


 三人構成のパーティーの方が、より戦いは安定する。


「はは、アイツはお喋りだからな。今回は内緒にしてる。まあ、ジルの探索と隠密のスキルが有れば、滅茶苦茶楽になるのは間違いないんだけどな」


 そう言って、ルドウイックは苦笑した。ジルマイアーは口が軽いので、彼経由でシンシアに計画がばれるのを避けたかったのだろう。


 そんな所で意地を張っても仕方ない気がしたが、私とルドウィックの二人だけで特に問題なく探索は進んだ。

 魔物を蹴散らして目的地に着く。そこは怪し気な青い光に包まれた、そこそこの大きさの空洞だった。


「ここか。蒸し暑いな。しかも、魔力の濃度が異常に高い」


「地脈の噴出孔が在るんだよ。アオキリダケは、その周りにしか生えないらしい」


「何? それが本当なら大発見だぞ。天然の魔力資源が手に入るとなれば、街の発展は一気に加速するぞ」


「へえ、そういう物なのか。俺はその辺詳しくないけど、すごいもの見つけたんだな」


 ルドウイックは呑気にそんな事を言う。

 地脈の噴出孔は世界規模でもほとんど発見されていない、天然の魔力が無尽蔵に湧く泉だ。それはどんな形でも金に代わる代物で、この街を大いに発展させる財源となるだろう。


「相変わらず物の価値を知らん男だ。勲章ものだぞ」


「へぇ、それはまた」


 発見した物の価値を理解して、ルドウイックは改めて感心しながら洞窟の景色を見ていた。

 彼は昔からそうだが、冒険と宝探しが好きなのであって、その価値は二の次だったりする。それでよく、ジルマイアーに報酬の取り分を騙されたりしているが、ルドウイックは承知で気にしていない程である。


「青く光る池……魔力が溶け込んでいるのか。この下に噴出孔があるようだな」


 空洞の中央に広がる池を覗き込む。魔力の溶け込んだ池の水は、青く神秘的に輝いていた。その光が、洞窟を青く照らして居る様だ。


 ルドウイックが、池のほとりに生えている青いキノコを採取し始める。それがお目当てのアオキリダケらしい。


「さあ、こいつだ―――ゴホッ、ゴホッ、うへぇ、埃っぽい」


 ルドウイックがキノコをもいだ瞬間、青い粉の様な物が勢いよく舞い上がった。それを吸い込んで、ルドウイックは激しくむせる。


「すごい胞子の量だな。体に悪そうだ。吸い込まない方が良い」


「ああ、そうだな。……おいっ、気を付けろ。何かいるぞ!」


 ルドウイックが水面に何かを見て、剣を構えた。途端、池の中に黒い影が現れる。


「っ! 水中か!」


 池から急いで離れる。

 ゆっくりと池の中から歩いて上がって来たのは、私たちと同じくらいの背丈の、半透明な青いキノコだった。キノコに細長い手足が生えていて、その傘の形はアオキリダケによく似ている。


「おいおい、嘘だろう。キノコの化け物かよ!」


 ルドウイックが半笑いで叫んだ。

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