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68 スレインとの対面

 研究室前で考え事に耽っていた僕を見かねて、リリィは散歩と称して外に連れ出した。

 学院の中庭は、噴水を中心に綺麗な花々が咲き誇る見事な庭園で、お昼時だからか休んでいる生徒や職員の姿が各所に見られた。

 そんなのどかな空間の片隅に居ながら、やはり僕は悶々とした気分の悪さを晴らす事が出来ずにいる。


「どうしたレイズ殿? さっきからずっと不機嫌じゃないか。貴方らしくも無い」


 リリィが心配そうに、覗き込んできた。


「僕って、普段からそんなに怒りとは無縁そうに見えるかい?」


「ははっ、そう言うところだよ。やはりタズマは好かないか?」


 リリィは苦笑する。彼女に当たっても仕方のない事だろうに、確かにらしく無いかもしれないな。


「いえ、そうではなくて……やっぱり竜人ドラゴノイドに対する扱いって、この国では魔物と同じなんだなって、再認識させられて」


 僕らの周囲に居る人々はそういう素振りを見せないから、クーナがこの街に留まらなければならなかった理由を僕は忘れていた。

 王国領土では、竜人種は魔物という扱いなのだ。


 多民族が集まるこの街では、角の生えた人間を特別気にかける者など多くない。そう思って安心しきっていたが、タズマさんの様に知識がある人からは相応の扱いを受けるのだと知って、少しショックだったのだ。


「まあ、そうだな。それも当然だ」


 リリィは難しい顔をしながら頷いた。


「リリィさんも、そう思いますか?」


「クーナ殿と出会うまでは、そう思って居たよ。本でしか読んだ事の無い存在で、そこに魔物と書かれていれば、そう思い込んでしまう。だが、あの子は良い子だ。そして既に冒険者の仲間でもある。私は彼女を竜人ではなく、クーナ殿一個人として見ている。あの子の傍に居る人たちは、みんなそうなんじゃないのかな?」


 そんな当たり前の事に言われるまで気が付かなかった自分が、途端に恥ずかしくなった。

 なるほど、確かに見方が違えば話も変わる。得体のしれない竜人として見れば距離を取る人も居るだろうが、クーナをクーナ個人として見た時は種族なんて関係ない。そうして彼女を助ける人々を僕は良く知っている。大事なのはそっちの方だろうに。


「あっ! そうですよね。ありがとうございます、リリィさん」


 リリィは笑顔で頷く。


「まあ、君の気持ちも分かるがな。タズマはそういう所に善意も悪意も無い淡白な奴だ。気にするだけ無駄さ」


「ええ。大丈夫。分かっています」


 タズマ個人に何かある訳ではない。確かに彼女の物言いは腹が立ったし、ショックも受けたが、本人に悪意が無い以上、それを引きずるつもりも無い。というより、僕が一人で怒っているだけになるだろうし。


 ふいに、サリーが目の前を通りがかった。どうやらこの辺りで昼食をとるつもりらしく、紙に包まれた揚げパンを手にしている。


「おっ、アンタたちこんな所で何してるの?」


「休憩だ。お前こそどうした。今まで姿が見えなかったが、どこに居た?」


 リリィに問われ、サリーは建物の一角を指でさす。


「私は図書館を見学させてもらっていただけよ。遺体の管理責任者としてここにいるけれど、私が研究室に居ても邪魔なだけだもの」


「私たちも似たような理由だがな。お前は別に職場で待って居ても良いだろう」


「また盗まれるのが嫌なだけよ」


「シンシア殿は今病院だ。いったい誰が盗むんだ……」


 呆れた様にリリィが額に手を当てる。

 神経質とは思うけれど、一度盗まれた手前、責任を感じている部分もあるのだろう。しかも事情があったとはいえ、身内に裏切られているわけだし、そういう意味ではサリーさんも気の毒な立場なのだと察する。


「スレインとか言う政治家が盗むかもよ。殺人事件を隠ぺいするような奴だもの。館長だって殺されたし、何をするか分かったものじゃ―――」


 サリーの言葉を、突然別の声が遮った。


「お爺様はそんなことしません! 今の発言、撤回してください!」


 見れば、学院の学生服に身を包んだ少女が僕らを睨んでいた。


「うわっ、何よアンタ。てか、誰よ!」


「失礼を。ジーン・ローズ・オーレンスと申します。スレインは私の祖父です。貴女の発言は父祖を侮辱し、延いては家名を穢すものです。撤回を求めます!」


 ビシっと、ジーンはサリーに人差し指を突き付ける。


「アンタには悪いけど、撤回はしないわ。アンタのお爺さんが怪しいのは事実だもの」


 こんな状況でも、やはり退かないサリー。

 意外と平和的な話合いに向かないのは、リリィよりこの人の方かもしれないな……


「おいっ、止めないかサリー!」


 強気のサリーをリリィが制する。

 途端、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あらあら、どうしたのジーンさん?」


「あっ、コーデリア先輩!」


 ジーンがそう言って声の主の方に振り向く。ちょうどサリーの後ろで死角になっていて姿が見えなかった。


「えっ嘘、コーデリア先輩!」「本当だわ、ほらあそこに」「はぁ、今日も素敵ですわ」


 庭園の各所から、学院の少女たちがサリーの背後へと視線を向ける。

 そのコーデリアさんとやらは、随分と後輩たちに慕われているらしい。

 この雰囲気でいつものをやられると、非常に気まずい。どうか同名の他人であってくれ!


「どうした、レイズ殿?」


「いや、何でもない」


 間が悪くリリィが僕の様子を心配してきた。そんなに挙動不審だったか? というか、今その名前を呼ばないでくれ!


「はっ! そのお声は!」


 リリィには小声で返したはずなのに、聞きつけたのかコーデリアはサリーとジーンの間を割って通り抜け、僕の前に立つ。


「やっぱり、レイズ様! こんな所までわざわざ会いに来てくださったのですね!」


 心底嬉しそうにして、コーデリアは言う。

 うん。やっぱり僕の知り合いだった。ここの研究員だから、居るのは分かって居たのだが。


「ああ、うん。違うよ」


 なるべく穏便に済ませたくて、いつもより素っ気なく返す。しかし彼女は動じない。


「まあ! そんなに想っていただけて、コーデリアは感激です!」


「うん。人の話は聞こうね」


「こ、コーデリア先輩?」


 ほらほら、後輩がすごいショックな顔で見てるぞ。

 これが無ければ、清楚でおしとやかな、絵に描いたようなお嬢様だからな。学院の子達はそっちの姿しか見た事無いのだろう。


「ねえ、レイズ。このヤバめな女、何者?」


 サリーが苦笑いでコーデリアを指す。

 その一言が、隣に居たジーンを更に怒らせた。


「あっ、貴女! 先輩まで侮辱するんですか!」


「い、いやだって……」


「普段はこんな事無いんですー! 気品があって、優雅で知的で……私たちの理想にして憧れの女性なんです!」


 ジーンはこの世の終わりみたいな顔をしながら、サリーの肩を掴んでがくがく揺らす。その勢いに圧されたサリーは、されるがままになっていた。


「ええいっ! 先輩を惑わす不埒者め! 名を名乗れ!」


 ジーンの敵視はサリーから僕の方へと飛び火する。


「ええっ……」


 この場だけでなく、遠目からの視線を様々な方向から感じる。ここで名乗ったら、それこそ後が怖そうだ。


「ジーンさん、レイズ様をあまり困らせないでください」


 答えに詰まった僕を助けてくれたのは、コーデリアだった。まあ、そもそもの元凶だから感謝はしにくいが。


 僕の名前を聞いた途端、どういう訳かジーンが素直に謝罪して来た。


「レイズ様? あっ、これは失礼をいたしました!」


「まあ、あの方がレイズ様!」「コーデリア先輩の婚約者の!」


 そんな声が観衆から聞こえてくる。

 おいおいおいっ! まさか方々で振れ回っているのか!


「コーデリア様! 貴女と言う人は!」


 なんて事をしてくれたんだ!

 思わずコーデリアの両肩に掴みかかると、勘違いして恥じらい出す。


「きゃっ、こんな所で大胆ですわ!」


「そういう事じゃなーいっ!」


 強い視線を感じて振り向くと、サリーがゴミを見るような目を向けていた。


「レイズ、アンタ最低ね。ロネットにエルドラ、クーナやミニケまで居ながら、さらに別の女とも……」


「断じて誤解だ!」


「ふふっ、罪な男だな君も」


 一人だけ無関係だとばかりに澄ました顔をして、リリィは微笑む。


「甚だしい冤罪だわ!」


 くっ、コーデリアと関わると、いつもこう無茶苦茶になる。悪い子じゃないんだけどな。思い込みが相変わらず激しいっていうのか。

 まあ、良い。落ち着こう。とにかく落ち着こう。コーデリアにペースを乱されてはダメだ。


「……今日ここに来たのは、治療薬の研究を手伝うためだ。君も聞いているだろう。昨日ダンジョンで起きた事件の事」


「ええ。存じております。大変な事になっていますわね」


「ああ。エルドラもあれに巻き込まれてしまってね……」


 そう伝えると、コーデリアは暗い顔をする。

 ホランドの一件以降、彼女達は魔法使いの同志として個別に交流を持ったらしい。


「そうでしたの。それは一大事ですわね……とは言え、錬金術は専門外。悔しいですが、私が力になれる事は今回はなさそうですわ」


 本当に悔しそうにして、コーデリアは言う。

 破天荒な所に目をつぶれば、根は良い人なのだ。


「その気持ちだけで十分だよ。ありがとう」


 僕らの話が一区切りついたのを見計らってか、ジーンが当初の話を引き戻した。


「貴方達の事情は結構ですが、それと私の祖父を殺人者呼ばわりする事に一体何の関係が?」


「あら、物騒な話ね。それはどういう事ですの?」


 コーデリアはサリーを見る。最初からではないにしろ、どうやら話は彼女にも聞こえていたらしい。コーデリアが僕らに声をかけたのは、サリーとジーンを仲裁するためだったのかもしれない。


「うっ、それは―――むぐっ」


「お前はややこしくするから黙っていろ。レイズ殿に任せるんだ」


 答えかけたサリーを、リリィが抑え込んだ。

 任されてしまったので、仕方なく代弁する。ジーンは僕らを敵視しているし、まずは非礼を謝罪した方が良いだろう。


「そうですね。まずは謝らせてください。貴女のお爺様を侮辱してしまった事については謝罪いたします」


「その謝罪、受け取りましょう。ただ、私はそんな噂が立つに至った経緯を知りたく思います」


「分かりました。――僕らは、とある盗難事件を調べていました。そこから50年ほど前の殺人事件が発覚し、その容疑者として挙がった人物がスレイン氏だったのです。被害者と最後に行動を共にしたのが彼だった事、それを証言する二人の人間がいる事が疑惑の根拠です。ですから、まったく断言はできない」


 部外者に詳しく説明するわけにもいかないので、かいつまんで事情を話す。

 僕がスレイン氏にかけた疑いを断定してはいない事を伝えると、ジーンは当然とばかりに頷いた。


「ええ。そうでしょうとも」


「ですが、疑惑は疑惑です。疑わしいのは確かだ。そして、その事件は昨日起きたダンジョンの事件とも関わりが有るかもしれないのです」


 納得しかけたジーンが、訝る様に僕を見た。仕方がないが、嘘は言えない。


「ダンジョンの事件も、祖父に関係があると?」


「今、ダンジョンでは未確認の魔物が大量発生しています。その出所を知る手がかりを、スレイン氏は知って居るかもしれないのです。被害者と最後に行動したスレイン氏だけが、それを知って居るかもしれない。

 謝罪のついでにこんな事をお願いするのは失礼だと、重々承知しております。ですが、どうか我々をスレイン氏に引き会わせてはいただけないでしょうか?」


 僕の思い切った頼みごとに、ジーンとサリーは目を丸くした。


「はっ? アンタそれマジで言ってるの? 直接、人殺ししましたかって聞く訳?」


 サリーが呆れた様に言う。


「だが、手掛かりはいくらあってもいい。状況を収束させるには、事情を知る人間の知恵が必要だ」


 リリィはキノコ魔物の事について聞きたい様で、賛同した。


「……たった今会ったばかりの貴方達を、祖父に会わせる道理は有りません」


 ジーンは少し戸惑って、当然の返答を返してきた。すんなり良いと言ってもらえるとは、僕も思って居ない。それでも食い下がろうとした僕より先に、コーデリアからジーンに頼んでくれた。


「ジーンさん、私からもお願いするわ。この人は、無意味なお願いをする人ではないの。必ず、誰かの役に立ててくれるから」


「いくら先輩の頼みでも…………ねぇ、レイズさん。貴方が祖父に会う事は、この街の利益になるの?」


 ジーンは戸惑った様子で、僕にそんな問いを投げてきた。


「分かりません。でも、そうなる可能性はある。僕らが持っていない情報をスレイン氏から教えていただけたのなら、今困っている冒険者たちの助けになるはずです」


 こちらの真剣な姿勢を受け取ってもらえたのか、ジーンは頷いてくれた。


「良いわ。王国と国民の為に動くのが貴族の務めだもの。ただし、その不躾な女は連れてくるんじゃないわよ」


 ジーンはサリーを名指しして条件を付けた。

 サリーは顔をしかめたが、これ以上状況を悪化させないためか、黙り込んだ。


「むっ―――」


「言われて当然だな」


 リリィはそんなサリーに苦笑する。

 ジーンは一つ目の条件が呑まれたことを確認し、もう一つ条件を提示した。


「それともう一つ。いまいち要領を得ないから、道中でより詳しく説明してください。部外者に話したくないのかもしれないけれど、こうなっては私は当事者です」


「今から行くのか?」


 リリィの問いに、ジーンは頷く。


「ええ。ちょうど祖父が休暇で家に居ますから。今日を逃すと二週間は時間が取れないでしょう」


 事前連絡なしの訪問になってしまうが、そう言われては猶予はなさそうだ。孫の彼女による取り次ぎという点に、全てを賭けるしかない。

 どうやったって、庶民の僕らがスレインに会う機会など、こんな偶然でも無ければ手に入らない。この場を逃すわけにはいかない。


「分かりました。お願いできますか? ――サリーさんには、クーナさんの事を頼みたいんだけど」


「良いわ。研究室に居るのね」


「うん。お願い」


 サリーにクーナの事をお願いし、コーデリアにも礼を言った。


「コーデリア様もありがとうございます」


「いいえ。お仕事頑張ってくださいね」


 僕の用が終わるのを待って、ジーンが僕とリリィを急かした。


「じゃあ、行きますよ。きびきび付いて来てください」



 学院から貴族街にあるジーンの屋敷までは、馬車での移動となった。

 その間に、僕はジーンに要求された通り、これまでの経緯を細かく説明した。ただ、シンシアさん達の事は捜査情報であり個人情報なので、勝手に伏せさせてもらった。


「さて、ここが我が家です。早退で皆勤賞を逃しただけの価値があると良いのですが」


 屋敷に着くなり、ジーンはそうぼやいた。


「ごめんなさい、ジーンさん」


「謝るより、成果を出してください。私が求めるのは、貴方達が祖父の無実を証明してくれることですので。では、少しお待ちを。私は祖父と話をつけてきます」


 ジーンは僕の説明を聞いて、結局そういう立場に落ち着いたらしい。

 僕らを玄関に残して、ジーンは屋敷の奥へと駆けて行く。

 家の使用人たちにさりげなく監視される気まずさの中で待つ事数分後、ジーンが戻って来た。


「どうぞ」


 僕らが通されたのは、スレインの私室の様だった。

 対に向かい合うソファーの片側で、スレインはすでに待機していた。


 彼は片親がエルフという出自があるので、高齢の割に若く見える。人間で例えると30代後半と言ったところか。


「冒険者連盟から来た、リリィと申します。こちらはレイズです。我々は―――」


 リリィが名乗り、事情を説明しようとしたところでスレインが切り出した。


「ルドウイックの話だな。孫から事情は聞いた。掛けなさい」


 スレインに促され、対面のソファーに二人で腰かける。

 すると、スレインは控えていたジーンに出て行くよう指示を出した。


「ジーン。悪いが、席を外してくれ」


「分かりました」


 ジーンは僕らに会釈をして部屋を出て行く。その様子を見届けて、スレインは呟いた。


「……とても孫には聞かせられない話になる」


「ルドウイック氏を殺害したのは、貴方だからですか?」


 そう問うと、スレインは困った様に笑った。


「いきなりだね。話の前に、一つだけ約束してもらいたい事が有る。これから話す事は、絶対に口外しないでもらいたい。これは私個人の後悔であって、息子や孫に背負わせるべきものではないからだ。それが、君たちに話す条件だ」


 リリィと頷き合い、僕が同意を伝えた。


「約束しましょう」


「そうしてくれ。でないと、私は本気で暗殺者を雇わなければならなくなる」


「穏やかじゃありませんね」


「突然来た見ず知らずの来訪者に、40年以上も隠し続けた恥を晒すのだ。当然だとも。脅しではなく、本気だと受け取ってもらいたい」


「約束します。自分たちは、貴方の名誉を守ります。冒険者として、同志である貴方の名誉を」


 そう伝えると、スレインは可笑しそうに微笑んだ。


「ふふっ、古い家の者として尊敬される事は多いが、冒険者として扱われたのは久しぶりだな」


「失礼ですが、どうして僕らの様な者に、話す気になっていただけたのですか?」


「断られるつもりでここに来たのか?」


「ええ。その可能性の方がずっと高かった。押し掛けたも同然ですから」


 自分からジーンに頼んでおいて随分な話だが、これは外す確率の方がはるかに高い賭けだった。

 屋敷まで付いて来ても、スレインに門前払いされる事だってあり得た。いくらリリィがついて来ているとはいえ、連盟にそこまでの力は無いだろう。


「……物事には必ず終わりが巡って来る。私は常々そう考えていてね。私の過ちも、隠した恥も、いつかは暴かれる日が来ると思って居た。先日、見つかった遺体が盗まれたと記事を読んで、その兆しを悟ったよ。だからその事を訊ねに来た者に、全てを話そうと決めていたのだ。秘密を一人で抱え続けるのには、47年は長過ぎた。私はもう疲れたよ。ただ、最初に来るのは遺体を盗んだシンシアだと思って居たのだがな。まさか孫が連れてくるとは」


 スレインは体を揺らして笑う。この状況を本当に面白がっている様だった。

 話してみて、温厚な人だという印象を受けた。シンシアさんたちの話を聞く限り、もっと冷たい人を想像していたのだが。やはり会ってみないと分からないものだ。


「シンシアさんが犯人だと、気づいていたのですね」


「見当はつく。だが、その事はエロンシャから直接聞いた」


 その辺答に、僕は不意を突かれた思いだった。それはリリィも同じだった様で、咄嗟に訊き返していた。


「っ! どういう事だ? エロンシャ殿は貴方と通じていたのですか?」


「いいや。シンシアたちの行動を受けて、私からエロンシャに接触した。博物館まで彼を迎えに行き、市内を一周する間に少し話をした。これから君たちに話す事と同じことを、エロンシャにも話したのだ。そしてその夜、エロンシャは何者かに殺された」


「……やはり、貴方では無かったのですね」


 僕の発言に、スレインは目を眇める。


「その口ぶり、私の事を疑ってここまで来たのではないのか?」


「疑っては居ましたが、僕らはシンシアさん達から一方的にそう話を聞いただけですから、確信は無かったんです。貴方が悪事を働いている所を、直接見た訳ではありませんから」


 そう。今回の事はあまりにも聞く話全てが一方通行だったのだ。だからスレインを犯人と仮定したものの、そればかりを決めつける訳にも行かず、この件に触れ辛さを感じていた。

 できる事なら、公平に事態を把握してから結論を出したいと思って居る。


「ならば信じてほしい。私は誰も殺してはいない」


 スレインは自分の無実を主張し、それから酷く暗い顔をした。


「―――だが、死ぬ原因を作ったのはおそらく私だ。私は親友を、ルドウイックを見捨てたのだからな」

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