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67 不遜な研究員

 一旦ギルドへと戻って、クーナを研究室へ連れて行った。

 彼女がアオキリダケの胞子感染者だと話すと、タズマは早速面談を開始した。


「ではお前、まずは名前と種族、それから一応歳もにゃ」


 タズマの名を聞く間もなく、クーナは名乗るよう催促される。

 ここに来る道中に経緯は話したものの、クーナは今の状況について行けてない様だ。どうして自分が尋問されているのだろうと、疑問に思って居るのだろう。複雑な顔をしていた。


「えっと……名前はクーナ。たぶん竜人ドラゴノイドで、たぶん13歳くらいです」


「たぶんたぶんと、憶測が多いにゃ。自分の種族が何かも分からないのかにゃ」


「ひぇっ、すみませんー」


 強めの口調で指摘を受けて、クーナが困った顔でこちらに助けを求める。


「タズマさん、お手柔らかに。クーナさんは出自が曖昧で」


「相変わらず厳しいなお前は。子供を脅してどうする」


 僕の隣で様子を見守っていたリリィは、やや呆れた様子で言う。

 それをタズマは鼻を鳴らして一蹴した。


「ふんっ。こんなのは脅しているうちに入らないにゃ。しかし、本当にアオキリダケの胞子を吸い込んだのかにゃ? 全く健康そうだがにゃ……」


 すっかり回復して元気なクーナの様子を見て、タズマはいぶかる。

 タズマを苦手な相手と認定したらしいクーナは、複雑な顔をして固まっているので、僕から事情を話した。


「昨日まではもっと症状が出ていたんだ。今でも喉が赤く腫れているだろう?」


「あー、確かに似たような症状は出てるにゃ」


 やり取りを聞いていたのか、ジョージがふいに棚の死角から資料を抱えて顔を出した。


「うん。過去の文献にも、アオキリダケの胞子を吸い込んだ時に同様の症状が出ると記載がある。採取の際にはマスクの着用が推奨されているね。魔物の胞子はその辺りが強化されているのか、それともクーナちゃんが吸い込んだ量が微量だったのか、または体質的な問題か。調べる必要はあるよね」


「その辺りは、ジョージに任せているからにゃ。お前はとりあえず、ちょっと血を採らせるにゃ」


 唐突にそう要求されて、クーナが青い顔して飛び上がる。


「えっ! なんで血!」


「血から色々調べられるんだにゃ。サンプルとして来たなら、大人しくするにゃ」


「レイズっ、この人今サンプルって言った!」


「大丈夫だよ、クーナさん。悪い事にはならないから。落ち着こう」


 これから何されるんだって顔で身構えるクーナを、何とかなだめて座らせる。


「進化前の胞子とはいえ、吸い込んで発病し、かつそれを克服した経験は貴重な標になるにゃ。キノコも希少なら、患者も希少。前例がない以上、今頼れるのはお前さんだけにゃ。お前さんの我慢でみんなが救われると思えば安いもの。冒険者はそういうの好きだろにゃ?」


「なんだか棘のある言い方だな、おい」


 タズマの発言に、リリィが眉をひそめる。どうにもタズマさんは口が悪い。本人は全く悪気がなさそうなのが、余計に質が悪いのだ。クーナもおそらく、そういう所に苦手意識を持ったのだろう。


「悪気はないにゃ。さあ、どっちの腕がいいにゃ?」


 タズマは傍らのワゴンから注射器を取り出す。それを見て、クーナが身構えた。


「そ、それ何!」


「なんだお前、注射器も見た事ないのにゃ? この針をお前さんの腕の血管にプスッと刺して、血をちゅうちゅう吸い取るのにゃ」


 よりにもよって嫌な言い方をする。


「腕に刺すの! 針を!」


 どうやら初めて見るらしく、クーナは信じられないという顔をする。まあ確かに、初めて聞くと正気じゃないって思うよな。僕も正直苦手だ。

 それでもこれが倒れた皆の助けになるのなら、心を鬼にするしかない。


「お願いクーナさん、我慢して。今頼れるのはクーナさんだけなんだ!」


「うぅ……レイズにそう言われたら、断れないよ。やるから、目をつぶって居る間に早く終わらせて!」


 クーナはそう言って両目を硬くつぶると、左手をタズマの方へ突き出した。


「見えなかったら余計怖いと思うけどにゃ……ほいっ」


 手慣れた鮮やかな手つきで注射針を刺すタズマ。

 痛かったのか驚いたのか、クーナが気の抜けた悲鳴を上げた。


「うにゃあああああああ!」


 悲鳴が研究室に響いて一分後、管三本分の血液を採って注射針が抜かれる。

 その頃にはすっかり意気消沈したクーナさんは、青い顔で取られた血を眺めていた。


「うぅ、めっちゃ血、抜かれた……」


「採血くらいでピーピー泣いてるんじゃないのにゃ」


 タズマは血を助手に渡して、記録を取り始める。その間にジョージが忍び足で近づいてきた。


「よしよし。よく頑張ったね。飴食べる?」


「いただきます……」


 差し出したクーナの手の平に、ジョージは飴玉を一つ乗せる。

 途端に、タズマが横眼でジョージを睨んだ。


「さーて、仕事仕事ー」


 逃げる様に去って行くジョージを見て、タズマはため息をつく。


「別に怒ってる訳じゃないのににゃ……まあ良いにゃ。お前もそれ食べて少しは機嫌なおすにゃ。お前の血は一滴たりとも無駄にしない。それは約束するにゃ」


 飴を口に含んでいたクーナは、慌てて何度も頷く。すっかり苦手意識が芽生えてしまった様だ。

 その気持ちは分かる。端から見ていても、タズマは雰囲気がなんか怖い。


「しかし、お前さんの肌はずいぶんと冷たいのにゃ。まるで氷だにゃ。そんなでよく普通に生活していられるのにゃ」


 採血の時に触れたからだろう。タズマがクーナの体温についてそう話す。


「それが、普段はここまでじゃないんだ。胞子を吸い込んで具合が悪くなってから、ずっとこの調子で」


 僕からそう説明すると、タズマは思案顔をして椅子にもたれた。


「ふーん。お前、出身はどこだにゃ?」


「えっと、北皇の山」


 クーナから出身地を聞いて、納得したように頷いた。


「ああ、道理でにゃ」


「何か心当たりが有るのか?」


 訊ねたリリィに、タズマは呆れた様子で返した。


「魔物の事なのに知らないとか、勉強不足にゃ。それでよく冒険者やってるにゃ」


 小馬鹿にした態度という訳でもなく、至って平静にタズマはそんな事を言う。


「……私たちは冒険者であって、学者じゃないんでな」


 リリィも意外と普通に受け流した。知り合いらしいから慣れているのかと思いきや、胸の前で組まれた両腕に異様に力がこもっている様子が目に入る。表に出さないだけで、ものすごく怒っていた。

 僕は横移動して、こっそりリリィから距離を取る。


 そんなリリィの様子を知ってか知らずか、タズマは構わず説明を始めた。


竜人ドラゴノイド種は普通の種族とは異なり、竜と人との交配によってのみ生まれる完全な雑種生物だ。繁殖能力は無いとされ、それ以外に出現方法は無い。それで北皇の山とくれば、竜など一種しか居ないだろう」


 その配慮を欠いた説明に、僕は少し気分が悪くなる。


「その言い方は、悪意があるぞ」


「そう怒るなよ。私はあくまでも学術的な意見として述べているだけにゃ。別にそこの娘に何か意見が有る訳じゃないにゃ」


 タズマは平静な態度でそう返す。

 彼女の態度を知ったうえで研究に協力し、クーナを連れてきたのは確かに僕だ。だが、さすがにこうも目に余る振る舞いに対しては、何か言った方が良いのだろうか。

 立場上、彼女に突っかかる事で研究の邪魔をするのも止した方が良い気がして、その後の言葉選びにひどく迷った。


 クーナが不安そうに僕を見る。僕の中途半端でこの子にこんな顔をさせて、申し訳なくなった。


「クーナは気にしてないよ、レイズ」


「だそうだにゃ」


 タズマは相も変わらず、悪びれる様子がない。

 僕がタズマに突っかかる前に、リリィが無理やり話に割って入ってきた。


「ほ、北皇の山に棲む唯一の竜といえば、氷界竜だよな。大陸の半分が雪に覆われ続けている元凶だとか。有名だが名前くらいしか聞いた事がない。おとぎ話ではないのか?」


 世界には今、六匹の竜が確認されていて、そのうち北皇大陸に棲む一匹を氷界竜と呼んだ。

 書物ばかりで語られるその竜は、僕らにとっては眉唾物だ。そもそも竜自体、普通に暮らして居れば見る事の無い生き物である。


「いいや。氷界竜は確かに実在するよ。王国で認知が薄いのは、北皇出典の物なら全部そうだろう? あそこは閉鎖的だからね」


 竜の存在を断言するタズマに、クーナは訊ねる。


「……クーナは、親の事とか良く知らない。本当に、その竜がクーナたちの?」


 たち? その言い回しが少し気になった。


「そうだと思うにゃ。説明したとおり、竜人ドラゴノイドの片親は絶対に竜だにゃ。つまりハーフモンスターだにゃ。お前さんには元々≪氷≫属性としての魔物の特性が宿っていて、自分の身を守る為に抵抗力を高めるうえで、そういった本能的な要素が覚醒されたのだと、私は見ているにゃ。つまり、お前さんは冷えれば冷えるほど元気になる、あべこべ人間なのにゃ」


「私の属性、氷だったんだ! ちょっとカッコイイ!」


 半分魔物と言われたのに、自分の属性が氷と聞かされて喜ぶクーナ。本人が気にしないのなら、僕から何か言う事でも無いか。


「カッコイイかはともかく、それは今回の件においては見過ごせない要素になるのにゃ」


 タズマの説明に、クーナは首を傾ける。


「どういう事?」


「お前がどういった理由でその症状を克服しつつあるのか、そこから進化先である魔物の胞子の対策案を仮説していくのにゃ。症例がお前しか居ない以上、お前の条件を全て総ざらいして胞子に効いた要因を探す。お前が≪氷≫の因子を宿している事も可能性としては見過ごせないのにゃ」


「要するに、胞子は冷えるのが苦手かもしれないって事だよ」


「おおー」


 納得できていない様だったので、クーナにかいつまんで説明すると、理解したのか頷いた。


「仮定の一つだがにゃ」


 二人のやり取りを聞いて、リリィが思案顔をする。


「氷か……魔物どもに炎魔法で攻撃した報告はあったが、氷魔法で試した奴は居なかった気がするな。魔道具を使って今一度試してみるか」


「おいそこ、実験に関係ない事は他所でやれにゃ。私はもう少しこの娘を調べるから、お前たちは外で待ってるにゃ! ぶっちゃけ部外者は邪魔にゃ」


 タズマは僕らに向けて、手で払う仕草をする。

 それを聞いて、クーナが項垂れる。


「えぇっ、まだ続くのぉー!」


「……ごめんね、クーナさん。もう少し頑張って。後で迎えに来るから」


 タズマは気に入らないが、ここにはジョージも居るし妙な事にはならないだろう。

 事態収束の手掛かりになるのなら必要な事なので、クーナに謝る。


「そんなご無体なー」


「無体な物か。私ほど優しい女は居ないのにゃ。さっきの採血だって痛くなかったろうに」


「そうだけどさぁ」


 ふと、クーナの口調が砕けている事に気が付いた。少しだけ気を許したのだろうか。彼女の人を見る目は確かだし、大丈夫だろうか。


「ほら、次は口開くにゃ!」


 そう言ってタズマはクーナの顎を掴んで開くと、中を覗きだす。

 ……やっぱり不安だ。


 仕方なく研究室から出て廊下に立つと、突然リリィが謝って来た。


「さっきは無理に割り込んでしまって悪かった。奴の性分の悪さは理解しているが、今は争っている場合ではなかったのでな」


「いえ。僕も大人げなかったかもしれません。むしろ助かりました」


「まあ、アイツは口も性格も最悪だが、悪人という訳じゃない。クーナ殿は大丈夫さ」


 リリィはそう言って、少し呆れた様子で笑っていた。

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