65 感傷
「これは、天罰かもしれないわね。私の身勝手で、エロンシャを巻き込んでしまった事への……」
シンシアは病床の上で、嘆くように呟いた。
「そんなもの、いちいち結び付けていたらきりがないだろう。君のせいじゃないさ。悪いのはスレインだ。でも、もう諦めた方が良いと俺は思う。遺体は憲兵に回収されちまったし、エロンシャの事もある。君まで奴に殺されるのなんて、俺は耐えられない」
ジルマイアーが、弱気になったシンシアを励まし、説得する。
「……それでも私は、真実が知りたいのよ、ジル」
シンシアの頑なな返答に、ジルマイアーが声をわずかに荒げた。
「馬鹿野郎が。今更そんな事を掘り返したって、ルドウイックは帰ってこないんだぞ!」
そんな声がして、ジルマイアーは僅かに怒った様子で病室から飛び出してきた。
廊下に居た僕と顔を合わせ、ジルマイアーは気まずそうに笑う。
「ああ、君か。聞かれてしまったかな?」
「いえ。こちらこそすみません。盗み聞きする様で」
「構わないさ。俺達は一応遺体を盗んだ犯人だからな。それなのに憲兵を付けてくれて感謝する」
かぶりを振って、ジルマイアーは近くに在ったベンチに座る。
エロンシャの件が有るため、シンシアさんに警護をつけるように連盟経由で憲兵隊にお願いした。憲兵隊も殺人事件の参考人として、シンシアさんを守る事に同意してくれたのだ。
「いえ。エロンシャさんの事が在りますから。ジルマイアーさんも、気を付けてくださいね」
「ああ。現役の頃の様にはいかないが、まだいくらか戦える。俺は平気だよ」
そう言って不敵に笑った後、ジルマイアーはベンチの上に新聞を見つけて手に取った。僕が待ち時間の間に読んでいた夕刊だ。エロンシャさんの事件の記事も載っているので、それを目にしてかジルマイアーは呟いた。
「エロンシャも無念だろうな。出先から帰ってきたところをグサリだもんな。アイツもルドウイックには懐いていたから、熱心に真相を知りたがっていた。志半ばでスレインにやられたのは悔しかろう」
「貴方は、やはりスレイン氏が犯人だと考えているんですね」
「それ以外に誰がいるよ。シンシアは、遺体を盗めばスレインが直接乗り込んでくる展開でも期待していた様だが、俺は当然こうなると思っていた。昔あれだけの隠蔽工作をしておいて、今更アイツがノコノコ真実を話すために現れるものか。俺は最初に計画を聞かされた時から反対だったんだ。二人に危険だからと注意したのに……」
「計画の首謀者はシンシアさんだったんですね」
「悪者みたいに言わないでくれ。アイツはただ、恋人の遺体を取り戻したかっただけなのさ」
ジルマイアーは苦笑する。
「そうですか。お二人はそう言う……」
「別に珍しい事じゃない。お前さんも冒険者なら分かるだろう? シンシアとルドウイックは付き合っていて、指輪を送る程の所まで行っていた。俺はルドウイックが柄にもなく、宝飾品店でペアの指輪を買っているのを見たよ。あれは結局、送れなかったみたいだな……」
どこか寂しそうに、ジルマイアーはため息をつく。
「そんな予感はありました。シンシアさんは、怖いくらいに熱心でしたから」
「ああ。シンシアはこの47年間、ずっとアイツの帰りを待ち続けていたからな。エロンシャから遺体の事を連絡されて、咄嗟にそれを盗もうと考えるくらいには、冷静じゃなくなっていたんだと思う。突然呼び出されて、計画を聞かされた時には驚いたよ。俺だけがアイツの傍に居てやれたけど、どれだけ役に立った事か。アイツの代わりには、やっぱりなれなかったな」
「ジルマイアーさんも、シンシアさんの事を?」
「まあな。パーティーの仲間は皆そうさ。ルドウイックもスレインも、シンシアの事が好きだった。当時から錬金術にのめり込んでいた彼女の為に、誰が一番貴重な素材を見つけられるか三人で競争したりとかしたな。馬鹿だったが、良い時代だった。シンシアは最終的にルドウイックを選んだが、それに俺は納得していた。もしかしたら、スレインはそうじゃなかったのかもな」
「パーティーを解散した後も仲間同士で連絡を取り合っていたようですが、スレイン氏とはその後どうだったのですか?」
「ルドウイックが居なくなったあの夜以降、本当に一度も会っていない。アイツは俺達とは別の道を進み、今や政治界の大物だ。会う機会なんて無かったよ。まあ、元から庶民と貴族様だ。同じパーティーに居たって、やっぱりどこか相容れなかったのかもな」
「そうですか……なんだか、寂しい話ですね」
そう感想を口にすると、ジルマイアーは軽快に笑い飛ばした。
「はははっ、そいつは要らぬ感傷さ。お前さんも、これ以上この件に首を突っ込むのは止めた方が良い。スレインのやり方は見ただろう。これは俺達の問題だよ」
「ええ。当初の目的である遺体の回収ができた以上、僕にはこれ以上の権利は有りませんから。後は、憲兵に任せます」
今のところは、キノコ魔物の件に集中しなくてはならない。
これから戻って、過去の記録から使えそうなものがないか探さなくては。
僕が手を引くと伝えると、ジルマイアーは笑顔のまま頷いた。
「そうか。君がシンシアみたいに強情じゃなくて良かったよ。スレインは本当に危険だからな」
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