64 証拠の在処
胞子を吸って倒れた患者たちは、病院へと移された。
医師や錬金術師たちが治療法を模索している様だが、今のところ明確な対処方法は見つかって居ない様だ。
「これから、どうなるんでしょうか?」
ベッドで眠るエルドラの手を握り、ロネットは不安を口にする。
六床のベッドが並んだ病室は、全て胞子にやられた患者で埋まっていて、僕らの様に仲間を心配する冒険者達の姿で溢れていた。
そんな光景を見れば見るほど不安が募り、僕はカーテンを閉める。
「魔学院と各錬金ギルドが協力して、今胞子を調べているらしい。特効薬が出来るまで、待つしかないよ」
希望が有るのか無いのか。こんな事しか返せないのが辛い。
「……私、しばらくエルドラに付き添います」
「うん。お願い。僕は、僕のできる事をするよ」
薬の作成も、魔物の対処も僕にはできないが、まだ手伝える事は有る。
「エルドラ、頑張れ。僕らが付いている。キノコなんかに負けるな!」
エルドラの手を握り、そう声をかけて病室を去る。廊下に出ると、ばったりサリーと出くわした。
「あっ、レイズ!」
「サリーさん、どうしてここに?」
「知り合いが倒れたって聞いてね。ちょっと様子を見に。アンタはどうして?」
「エルドラさんが、やられたんだ……」
「……そう。気の毒に」
サリーの表情が沈む。僕もつられそうになったが、今はうじうじしている暇なんて無い。意地で気を持ち直す。
「サリーさん、ちょうど良かった。少し付き合ってくれないかな」
話は移動しながらという事になり、僕はサリーと共に病院を出た。行先はシンシアの所だ。
「で、用って何よ。どうして私は歩かされているの?」
「話の前に一つだけ。サリーさんは、魔法が使える?」
「なによそれ。魔力が有れば冒険者やってたわよ。姉さんの方に全部持って行かれて、私は素寒貧。どうせ私は、親子二代で冒険者に、なんて親の夢を叶えられなかった親不孝者よ」
聞いていない所まで悪態をつき始めるサリー。どうも姉妹の不仲には、触れ辛い因縁がある様だ。
「……そ、それなら良かったよ」
「何が良いのよ。嫌味?」
サリーが僕を睨む。思いっきり言葉選びを失敗した自覚はあったが、話が進まないので流す。
「いや、そうじゃなくて……この騒動の原因は、キノコ型の魔物なんだ。そいつらが発する胞子を吸い込むと、魔力の高い者から意識を失う。そして、首のところが赤く腫れるんだ」
「それなら私も見たわ。運び込まれている患者はみんなそうだったわね」
「うん。実は、クーナさんも同じ症状だったんだ」
「クーナ? ああ、あの竜人娘。風邪じゃなかったのね」
「うん。でも、それはおかしいんだ。キノコが出現したのは今日。クーナさんと最後にダンジョンに潜ったのは四日も前の事で、しかも三層だ。彼女が胞子を吸い込む機会は無かったはずなんだ」
「……つまり、この三日間のうちにあの子がどうやって胞子を吸い込んだか知りたいと?」
「いいや。その原因はもうわかっている。君の持っているノートだ」
「はっ? あのノートがどうして?」
「ルドウイック氏の遺体だよ。おそらく遺体に胞子が付着していたんだ。それが、記録の際にノートに転移した。君が僕らにノートを見せてくれた時、わずかに吸い込んでしまったんじゃないかな」
「なら、姉さんはどうなるの? アイツだって、結構な魔力量よ」
「いや。あの時リリィさんはノートに近づいていない。中のスケッチを見ていたのは、僕とクーナさんだけだ。それに、移ったのは本当に微量だったと思うよ。クーナさんは風邪みたいな症状を訴えていただけで、意識はしっかりしていたから」
「でもそれだけじゃ、証拠にはならないわ」
「少し弱いが、もう一つある。昨日の夜に、エルドラがうちのギルドに来たんだけど、彼女も風邪のような症状を訴えていたんだ。おそらく、遺体を回収した時に吸い込んでしまったんじゃないかな」
これは完全に予想の範囲を出ない。遺体に関わった二人の関連性をこじつけているだけだし、そうであるならそれで良いのだ。問題は、胞子の吸引経路が本当に遺体だった場合、マズい事が起きているという事だ。
「……まあいいわ。ルドウイックの遺体に胞子が付いていたとしましょう。それなら、遺体を手元に置いているあのオバサンだって危険じゃない?」
サリーが正に僕の恐れている事を指摘した。
「ああ。エルフ族なら、魔力の量は人族より多い。影響も強く受けてしまうかもしれない。だからここに向かう必要があったんだ」
僕らがたどり着いたのは、錬金ギルド『木霊の煙』だ。
その看板を見て、サリーが呆れる。
「馬鹿じゃないの! 乗り込むなら、私より姉さんでしょうが! こんな戦闘力の無い女連れてきてどうするのよ!」
シンシア達は強情だが、僕らを排除してまで事を継続するとは思えない。あくまでも彼らは良識のある大人だ。悪人という訳ではないと思う。
……遺体を盗んだ時点で若干怪しい気もするが、そうであってほしい。
「僕らは戦いに来たわけじゃない。あくまでも話合いがしたくてここに居る。シンシアさん達だって、無闇に手を上げて事を荒立てたくは無いはずだ。それでも心配だって言うのなら、僕が必ず君を守る」
そう説得すると、サリーの機嫌が良くなった。
「ふ、ふーん。アンタ分かってるじゃない。あの脳筋デストロイ女より私を選ぶなんて。確かに理性的な話合いをしようって言うのなら、私の方が適任よね」
単に事情を知っている誰かに付いて来てほしかっただけで、リリィは手が離せないからサリーを頼っただけなんだけどな。喜んでるし野暮はやめておこう。
「お邪魔します」
昨日と同じ様に売店の入り口から訪ねると、昨日の店員が出迎えた。
「申し訳ございません。もう閉店です」
そう言った後で、店員は僕らを見て事情を察したらしい。
二階から微かに咳が聞こえてきた。昨日はそんな素振りも無かったが、遅かったか。
「ごめんなさい。僕らはシンシアさんに話があって来たんです」
そう断って、二階に駆けあがる。
「あっ、ちょっと!」
店員も慌てて僕らを追いかけてきたが、気にせずシンシアの部屋に入った。
シンシアは突然乗り込んできた僕らを見ても、平静な態度だった。
「……いきなり入って来るなんて、不躾な客ね。良いわ。貴女は戻って」
シンシアは追いかけてきた店員を返して、僕らを応接用のソファーに座るよう促した。僕はそれを断って、シンシアの机の前に立つ。
「ゴホッ、ゴホッ―――で、昨日の今日で何の用かしら?」
「遺体の胞子を吸い込みましたね」
「ホウシ? 一体何の事?」
シンシアは怪訝な顔をする。ダンジョンで起きている事は、まだ知らないのだろう。
「ご説明します。緊急事態ですので、とりあえず黙って聞いてください」
なるべく簡潔にダンジョンで起きている事と、ここへ来た理由を説明した。
シンシアは当然、遺体を守る様に反論を用意して来た。
「……そう。大変な事になったわね。でも、本当にルドウイックの遺体に胞子が付いていたのかしら? だって変じゃない? その魔物たちが塞がれた穴の向こう側に居たのなら、どうしてルドウイックの遺体に胞子が付くの?」
「ルドウイック氏が47年前にあの魔物たちを閉じ込めたから、というのはどうでしょう? ルドウイック氏はあの魔物と―――いや、あの魔物の原型となった魔物と遭遇した。彼は魔物の危険性を予見して、穴を塞いで封じ込めた」
「それは無いわね。地形を変えるほどの魔法は、彼には使えないわ。できるとしたら、私かスレインくらいなもの―――まさか、あの日の探索はその為だったと言いたいの?」
シンシアは独自に何かを閃いた様だったが、今はその事について議論がしたい訳じゃない。
「全部憶測ですし、その辺りの事は知りません。確かな事実は、貴女のその症状が胞子を吸い込んだ時に出るものと酷似しているという事だけです。シンシアさん。遺体を見せていただけませんか?」
咳き込むシンシアの喉元は、赤く腫れていた。本人も気づいているのか、指摘すると彼女は喉元に触れた。
「だ、ダメよ……ゴホッ、ゴホッ―――今ここで止めたら、エロンシャの死が無駄になる!」
「それは、今生きている人たちの身を危険に晒してまで、やるべき事でしたか? 貴女がこんな意地を張らなければ、エロンシャさんは死ぬ必要無かった」
「くっ、若造が、この私に説教しようっていうの!」
シンシアは僕を睨む。
サリーに話し合いをすると言った割に、結局強行手段に出るしかない様だ。僕も気づかないうちに、色々と焦っているらしい。
机の前を離れて、社長室に在るもう一つの扉の前に行く。
外観と廊下の構造からしてこちらに通路は無いはずだが、昨日はジルマイアーがここから出てきた。
「待てっ! その先は!」
シンシアの制止を無視して、ドアノブを回す。不用心にもカギは掛かっていなかった。
扉の先は、小さな工房だった。錬金術に使う器具や材料が所狭しと置かれていて、その部屋の中央には明らかに無理やり置いた様な台がある。
「やっぱり。ここだったか」
「書斎の隣に、こんな部屋が……」
サリーが後ろから部屋を覗き込む。
「シンシアさんの工房と言ったところかな。ジルマイアーさんがこの扉から出てきたのが、少し気になっていたんだ。扉の向こうで隠れて会話を聞いていたみたいだけど、そもそも隠れる理由が分からない。もし僕らが憲兵を引き連れて強行突入してきたら、遺体をもって逃げる為だったと言うのなら、分かるけどね」
それを聞いて、サリーが部屋の中に入って行く。中央に置かれた台の上には、骨になった遺体が置かれていた。それを確認して、サリーが頷く。
「ええ。確かにルドウイックの遺体よ。間違いない」
「バレてしまったわね。―――頭蓋に注意なさい。裏で菌が増えている。それを吸ってしまったのよ」
観念したのか、シンシアは敵意を解いて近づいてきた。
「どれどれ……ああ、これは見てなかったわ。確かに酷いわね。というかグロ過ぎ」
シンシアの言葉に従って、サリーが頭蓋骨の穴を覗く。どうやら中で菌が繁殖している様だ。
「遺体を返していただきますよ、シンシアさん。これは魔物を調べるうえで貴重な証拠になる。それに、貴女の身柄も保護します。治療のついでだと思って、しばらく病院で寝ていてください」
そう告げると、シンシアは力なく笑った。
「ゴホッ――貴方、結構強引なのね」
「聞き分けの無い大人が相手じゃ、そうせざるを得ないってだけです」
「ふふっ、言われてしまったわね。まあ、良いわ。行きましょう」
シンシアは意外なほど素直に従った。
その後、僕はシンシアを連れて病院へ。サリーは遺体の事をリリィに報告しに向かった。
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