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63 魔食いの胞子

 僕がダンジョンへたどり着くと、その内部は騒然としていた。

 地下迷宮の入り口へと続く遺跡の大回廊は、通路の両側にシートが敷かれて何人もの冒険者が寝かせられている。その間を、治癒師や医者が治療に走りまわっていた。

 まるで戦場の様な有様だ。


「来たか、情報屋」


 そう言って僕を出迎えたのは、『真紅の同盟』のトップパーティーの五人だった。このパーティーをまとめ上げているリーダーが、リリィである。


「リリィさん、これは一体?」


「一層に見た事も無い魔物の群れが現れた。そいつがどうにも厄介な奴でな。死ぬ度に毒の様な物をまき散らして、ご覧の有様だ。今回は閉鎖空間であるダンジョンの特徴が、一番の敵になった」


 普段よりも切れた様子で、リリィは答えた。この場を仕切る指揮官としての振る舞いを求められているからだろう。


「これをどうぞ」


 リリィの仲間が、僕に防塵マスクとゴーグルを差し出した。


「敵の胞子を吸い込んだらマズい。しっかり対策をしてくれ」


 リリィもそう言いながら、マスクとゴーグルを着用する。魔物の出す毒への対策という事らしい。


「僕は、魔物の正体を判断すればいいんですね?」


「ああ。誰も見た事が無いと言うのでな。貴方の知識を借りたい。我々が護衛するから、レイズ殿は魔物の観察に徹してくれ。では行こう!」


 リリィのパーティーについて行き、回廊を進む。その道中で、ロネットの姿を見つけた。


「ロネットさん!」


 呼びかけると、彼女は泣き腫らした顔をこちらに向けた。


「レイズさん! 大変なんです、エルドラが!」


 見れば、エルドラがシートの上に寝かせられていた。

 苦しそうに歪んだ寝顔は良くない汗で濡れていて、浅くて速い呼吸を繰り返している。そして、首元が異常に赤く腫れていた。

 見れば、他の患者たちも皆同じように熱にうなされて、首元が赤く腫れている。


「これは……」


 クーナと同じ症状? どういう事だ?


「エルドラが私たちを庇って胞子を浴びてしまって、意識を失ったまま目覚めないんです。……このまま、エルドラが目を覚まさなかったらどうしよう!」


 ロネットが泣いてすがりつく。

 だが、僕にはどうする術もない。ただ突っ立って、見ている事しかできないのだ。腹立たしい程に無力を痛感させられる。


「ロネット、悪いが今は緊急事態だ。レイズを借りて行くぞ」


 リリィはロネットを引き剥がした。

 そうだ。僕は僕のできる事をやるしかない。


「ごめん、ロネットさん。すぐにもどるから。エルドラの事よろしく」


 僕はリリィ達と共にダンジョンを目指す。リリィも気が急いているのか、歩くペースを速めた。


「最初に魔物と遭遇したのはエルドラのパーティーだった。彼女たちが避難指示を出してくれなかったら、もっと多くの被害が出ていただろう」


 先頭を歩くリリィは振り返らずに、そう説明する。


 ダンジョンに入るための階段と転送装置は、連盟の冒険者たちによって監視されていた。誰も通さないという物々しい雰囲気だ。

 閉鎖された階段は使わず、僕らは転送装置の前に立った。一層全体で出現したのかと思ったが、そうではないらしい。


「発生位置は?」


「一層の六階だ。胞子の蔓延は上下に及んでいたので七階と五階も調べたが、魔物が出たのは六階だけだった。念のため各階の移動路も監視させているが、魔物たちが階を移動した報告は無い。六階で出たのは間違いないだろう」


 リリィの返答を聞いて、僕はその偶然をいぶからずにはいられなかった。

 ルドウイックの遺体が発見された場所と同じだなんて、


「……偶然な訳がない」


「どうした?」


「いえ。後で話します。行きましょう」


 下の状況を見てから判断したかったので、まずはダンジョンへ移動した。

 一層六階に転送された直後、視界に現れたのは空気中を漂う灰色の粉だった。その粉が積もった事によって、ダンジョンの地形が灰色に染まっている。

 雪と表現すれば綺麗だが、この光景にはもっと病的な危機感を本能的に感じた。


「何だこれ……カビか?」


「それに近い物だ。来たぞ!」


 近づく気配を察知して、リリィたちが武器を構えた。


 もそもそもそもそもそ。

 そんな鈍く柔らかい音を発しながら近づいて来たのは、キノコだった。

 20本ほどのキノコが生えた株に、足が生えている。


「なんだアレ……」


「見た目は間抜けだが、難敵だ。気を付けろ!」


 突進を仕掛けてきたキノコを、防御タンク役の男が大盾とスキルで防いだ。その様子から、突進の威力を推し量る。

 見た目は確かにキノコだが、その攻撃力はかなり重そうだ。岩くらいなら砕けるかもしれない。


 盾によって弾かれたキノコに、剣士たちが斬りかかる。傘を斬り落とされたキノコは、破裂するように内部から胞子をまき散らして絶命した。

 霧のように濃い胞子の塊が空気を汚染する。


「なるほど。これが胞子の散らばる原因か。斬らずに、魔法で対処するのはどうです?」


 試していないはずはないと思ったが、一応案を出すと、リリィはかぶりを振った。


「魔法使いたちが炎で焼き払ったら、もっとひどく胞子が飛んだ。おまけにこの胞子は魔力の保有量が高い者ほど蝕む。地上で倒れているのは、みんな魔法使いなんだ。とてもじゃないが、ここに投入できない」


「なるほど……」


 魔力を養分に成長する植物は、陽の差さないダンジョンの中では珍しくない。あのキノコもそう言った植物と生物の中間に位置する魔物なのだろう。

 おそらく胞子を吸い込んで魔法使いが倒れるのは、中で魔力を吸われているからだろう。だとするとかなり危険だ。体の中で菌糸が繁殖するなんて、考えるだけでおぞましい。


「どうだ。こいつらに心当たりは?」


 リリィに問われ、記憶を探る。


「六層で近い種を見た事が在るけれど、データが少ない。それに、やはりこれとは大きく異なる。僕らが倒した時には、ここまでの胞子は出なかった。魔法使いを苦しめるだけの毒性に関しても、前例は聞かないよ。これは完全な新種と言って良い」


 何の前触れもなく突然現れた新種の魔物。なんだか奇妙な話だ。


「クソッ、情報屋でも知らないか……」

「いったい、こいつらどこから出てきたんだ?」


 リリィの仲間たちが、うんざりした様子で呟いた。


「それについてなら、僕に心当たりが有ります。確認はできたので、いったん地上に戻って話しましょう」


「了解した」


 リリィが頷いて、仲間に撤退の合図を送る。途端、後方から声が上がった。


「敵が来たぞ!」


 振り返れば、いつの間に回り込まれたのかキノコの魔物が三体、退路を塞いでいた。見た目に反して知能でもあるのか。


「狼狽えるな! 秘剣≪連閃撃≫!」


 リリィが率先して飛び出し、剣を振るった。斬撃の軌道が光となって、瞬時に複数走る。直後に、キノコたちがバラバラになって崩れ落ちた。


「さすが、強い!」


「退くぞ! 無限に湧くのでは埒が明かない」


 リリィに先導され、僕らは駆け足で転送装置に向かった。


「胞子の除去、失礼します!」


 地上に戻った瞬間、突然そんな掛け声と共に水をぶっかけられた。


「あぷっ、冷たっ!」


 口元を除いて全身を水が包み込む。―――いや、冷たいだけで濡れている様子はない。どうやら体を包んでいるのは人工スライムの様だった。

 スライムが胞子を吸着させて、見る見るうちに黒く濁って行く。胞子を吸いつくしたのか、スライムは数秒で自然と離れて行った。


「はい。完了でーす」


 僕にスライムをぶっかけたお姉さんは、バケツにスライムを回収して離れて行く。帽子にシンボルマークが書かれていたので、どこかのギルドの人間だろう。


「面白い物だろう。錬金ギルドの知り合いが話を聞いて持ってきてくれたんだ。地上に胞子を持ち出すわけにはいかないからな」


 同じ様にスライムに洗われたリリィが、笑って状況を説明してくれる。


「まさか、スライムに体を洗われる日が来るとは……」


 同行した冒険者たちは皆、スライムに洗われていた。

 ダンジョンの入り口を厳しく監視しているのは、胞子を外に持ち出さないためだった様だ。


「ふぅ、やっぱ地上が一番だぜ」

「ああ。まったくだ」


 綺麗になった冒険者たちは各々、一息つく。激しい戦いがあった訳でもないが、見ているだけで息苦しい空間だったので、気分としてはかなり疲れた。


「それで、発生源に心当たりがあると言う話だが?」


 リリィが早速訊いてきた。


「ああ。これを見てほしい」


 荷物から地図を出す。一層に魔物が出たと聞かされていたので、用意して来た物だ。

 纏めた一層20階分の地図の中から、六階のページを開く。


「ルドウイック氏の遺体が発見されたのも、実は六階なんだ」


「遺体の件が、今回の事と関係していると?」


「事件との関係は無いかもしれないが、遺体が露出した事が魔物発生の予兆だったのかもしれない」


「というと?」


 遺体の発見現場を指で示し、リリィに見せる。


「遺体の発見現場はここ。エルドラさんによると、壁が崩れて穴が開いていて、その穴の中に遺体があったそうだ。その穴よりもさらに先に、実は大きな空洞が在った痕跡を、サリーさんが発見したんだ」


「何かの拍子に塞がっていた穴が崩れて、中から魔物が出てきたと?」


「長い間埋まっていた遺体が外に露出したのも、そもそもあのキノコの影響かもしれない。あの突進の威力なら、壁の掘削くらいできてしまいそうだ。その振動で、外の壁から崩れたのかも。上下の階にキノコ魔物が居ない以上、六階の中で出現した事になるが、僕らはあんな魔物が居た事をこれまで一度も確認していない。何の進化過程も歩まずに、あんなものが突然現れる事は無いはずだ。閉鎖された空間の中で独自の進化を遂げたモノが、今になって飛び出してきた可能性はあると思う」


 キノコ型の魔物なんて一層では見かけた事も無かったが、今まで目に見えないところで繁殖を繰り返して進化し続けていたというのが、僕の予想だ。


「とりあえず闇雲に探すよりは良い。斥候を向かわせてみるよ。助かった。エルドラのところに行ってやれ。また何かあれば呼ぶ」


「リリィさんも気を付けて」


 リリィと一旦分かれて、僕はエルドラのもとへと走った。

読んで下さり、ありがとうございます!

評価、ブックマーク登録してくださった方ありがとうございました!

誤字報告も助かっています。(´▽`)アリガト!

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