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62 消えた空洞

 翌日クーナを連れて病院へ向かった。


「はい、どうも。今日はどうされましたか?」


「えっと、この子の具合が悪くて。クーナさん、自分で症状伝えて」


「うーん、頭がぼーっとして、身体がふらふらする――します。あと、くしゃみも出ます」


「んー、風邪ですかね?」


 何故か僕に症状を聞く医者。それはこっちで判断する事じゃない気がするのだが。


「えっと、風邪かもしれませんね。ただ、この子の体温が妙に低くて」


「どれどれ……うわっ、なんですかこれ? すごく冷たいじゃないですか! えっと、平気なんですか?」


 クーナさんの体温を確かめて、医者は困惑する。彼女の身体は今、冬の朝に素手で触る石ころみたいな冷たさである。それでも本人曰く、眩暈めまいとくしゃみ以外は正常な様で、


「寒気とかはしないです」


 そう答えるのだ。実際震えてはいない。


「これ、どういう事なんでしょうか、お兄さん?」


「いえ、自分に訊かれてもなんとも……」


 医者を頼ってきたはずなのに、さっきから逆に頼られている。この医者大丈夫なのだろうか。


「あっ! あと、喉が赤くなりました」


 クーナが顎を上げて喉を見せた。今朝になって気づいた症状で、首が赤く腫れているのだ。だが、痛みは無いらしい。


「うーん、竜人族特有の反応なんですかね。種族自体が希少ですからね。ほとんど例がないんですよ。とりあえず風邪薬出しておきますから、これで様子みてください」


 どう見ても風邪以外の症状が出ているのだが、医者はそう結論付けた。


「はい。ありがとうございます」


 別の医師を頼ったほうが良さそうだと思い、僕は文句をつけなかった。

 そんな事で貴重な午前の時間が潰れてしまい、僕らはギルドへと帰還する。


「お帰り二人とも。どうだった?」


 出迎えたミニケが、さっそく結果を訊いてきた。


「うーん。医者もよく分からないみたいだったよ。とりあえず風邪薬はもらったけど」


「そっか。クーナちゃん、食欲ある?」


「うん。お腹減った」


 ミニケの問いに、クーナはしっかりとした様子で答えた。

 目に見える異常は増えたものの、昨日より調子が良くなっている。原因は全く分からないが、回復しているとみるべきだろう。


「よしよし。お昼ご飯作っておいたから、食べよう」


「やった!」


 クーナと共に厨房へ向かおうとするミニケは、ロビーの端を指さして僕に言う。


「ああ、それとレイズ君にお客さんだよん」


 見ると、サリーが端のテーブルでお茶を飲んでいた。僕が視線を向けると、小さく手を振る。


「サリーさん、いらっしゃい。来ると思って居たよ」


「昨日の今日でこれだもんね」


 サリーは浮かない顔で、手元に置いていた新聞を叩く。

 そこに出ているのは、痛ましくもエロンシャさんの死亡記事だった。博物館から出てきたところを刺されたらしい。


「どう思う?」


 サリーに意見を求める。


「あのオバサンの言葉を鵜呑みにするなら、スレインの仕業って事になるわよね。博物館を出てきた所をグサリとなんて、随分挑発的じゃない? こんな目立つ場所で殺すなんて」


「確かに、これは目立つよね」


 エロンシャさんの遺体は、博物館の正面玄関前で発見されたと言う。

 大通りに面した場所で、人目をとにかく引く場所なのである。

 わざわざそんな場所で殺したのは、警告という事になるのだろうか。


「予想より急な展開だけど、シンシアさんにまた会いに行かなきゃな……」


 真実はどうあれ、シンシアたちはこれをスレインの反応と見なすだろう。彼女達が今後どう動くのか、僕としては心配な所である。

 リリィは昨日の時点で、こういう事態になったらすぐに遺体を回収して、シンシア達を憲兵に任せると言っていた。人死にが出た以上、状況を静観するわけにもいかないので、僕もそれについては同意している。

 その辺の話し合いを今日ぐらいにするつもりで居たのだが、サリーが訪ねてきたのは別の理由からだった。


「それももちろんだけど、その前に少し協力してほしいの」


「遺体の件?」


「うん。今日は情報屋としての貴方の力を借りたい。リリィに聞いたら、連盟の地図より貴方の持っているやつの方が、比較には良いって言われてね」


 そんな前置きを聞かされてサリーから頼まれたのは、過去10年分のダンジョンの地図だった。一層六階部分の物だ。


「はい。これが頼まれた地図。地形をまとめる様になったのはここ数年の事だから、七年分しかないけど」


 保管庫から過去七年分の地図を出して、サリーの前に置く。


「今はとりあえずこれでいいわ。ありがとう」


「一体、何を探しているんだい?」


「特別何かって訳ではないんだけどね。ルドウイックの遺体が見つかったのは、ここ一層六階なの。という事は、彼が死ぬ直前に探索したのはこの階層だった事になる。そこで、彼が最後に何を調査していたのか気になった。だって話し合いだけだったら、なにもダンジョンの中でしなくても良かったわけじゃない? それなのにこんな奥まった場所まで行って、何をしていたのやら。スレインが憲兵を使って、ギルドから記録を押収したのも気になるし。絶対何かあるはずなのよ。とりあえずは当時の位置関係から当たってみようと思って」


 そう言って、サリーは手元の紙と地図を交互に見ながら比較し始めた。

 彼女の持つ紙には、焼き写された地図が載っている。


「これは、昔の地図かい?」


「ええ。『凪の雫』の冒険者が、48年前に書いた手記の記録よ。博物館にあったのを魔法で転写してきたの。これが書かれた当時は、六階の探査の真っ最中だったみたい。まあ、手書きだから地形の正確さはどれほどの物か分からないけれど、これで当時の大まかな形が分かるわ」


 サリーは昔の地図を見せてくれる。一目見た瞬間に、その地図の精度が理解できた。


「いや、この人はかなり丁寧に書いていたみたいだ。だいぶ正確だよ」


「どうしてそんな事が分かるのよ?」


「僕の持ってきた地図を見比べてごらん」


 サリーは手元の七枚を見比べて、顔をしかめた。それもそのはず。七枚の地図はほとんど形が変わっていないからだ。


「……貴方、これを本当に更新してるの?」


「もちろんしているよ。内側は微妙に形が変わっているだろう?」


 七枚を重ねて透かしでもすれば、通路が繋がっていたり、空間が広がったり狭まったりしている様子は確認できるはずである。


 ダンジョンの地形が変化し続けている理由は分かっていないが、動きの法則性に関しては、判明している事がいくつかある。


 まず、外側に行くほど地形の変化は少なく、中心地に行くほど激しく変わるという事。

 この特徴によって、ほとんど地形の変わらない外側の空洞から、転送装置の設置場所が選ばれたりしている。

 おまけに地中の霊脈が近い事もあって、転送装置の稼働魔力は自然に補給し放題なのだとか。


 そしてもう一つ。深い層に下りるほど地形の変化が激しいという事。

 一層ではそれほど大きな地形の変動は起こらないのだが、六層まで下りて行くと二か月ほどで跡形もなく別の場所へと変貌してしまうのだ。

 そんな環境での縄張り争いを生き抜くためか、魔物も深い層に行くほど戦闘に特化したものが増えて行く。


 というような説明を、サリーに話した。


「じゃあ、一層辺りだとそんなに変化してないって事なのね」


「まあ、50年も経っていると流石に地形は様変わりしていると思うけどね。この七年の記録から考えると、十年くらいでは外側の地形には全く変化は見られない。大きく変わるのは中心に近い部分だけだね」


「だとすると、これはちょっと変ね。見て」


 サリーはそう言って、古い地図の北東端部分を指さした。そこには二つの円が繋がったひょうたん型の空洞が書かれているのだが、僕の地図にはそれが無い。

 繋がっていた道が途切れて壁になったりというのもよくある事だが、空間の痕跡が跡形もなく消える事はあまりない。

 まして、その空洞の有無以外の地形はほとんど変化していないのだ。


「本当だ……何だこれ。空洞が無くなっている」


「ね。この辺りの地形は手記で書かれた当時とそれほど変化が無いのに、こんな大きな空洞が消えてなくなっている。それにね、ちょうどここなのよ。空洞に入る通路にあたる部分。ここにルドウイックの遺体があったの」


「何かの拍子に、通路が塞がったって事か。そう言えば、崩れた壁の中に遺体が在ったとエルドラさんが言っていた。もしかして、ルドウイック氏は通路が塞がった際に巻き込まれたのか?」


「それか、彼自身が塞いだか。どう? 実際のところはどうなのか調べに行ってみない?」


 サリーはそんな提案をする。


「確かに、僕も興味が湧いてきたよ。でも、今はシンシアさんたちの事を優先すべきだと思う」


「それもそうか。あのオバサンたちが黙っているはずないものね―――」


 サリーの言葉を遮る様に唐突にギルドの玄関が開き、冒険者らしき男が中に駆けこんできた。


「レイズさんは居ますか!」


 酷く焦った様子で、冒険者が僕を探す。


「どうしたんです?」


「ああ、良かった。一緒に来てもらえませんか? 新種の魔物が一層に出たとかで、リリィさんが至急貴方に協力を頼みたいと」


 彼の焦った様子もそうだが、僕をわざわざ呼ぶという状況が普通じゃない。よほどの事が起きているのだろう。


「すぐに向かいます。ごめん、サリーさん」


「いいのよ。気を付けて」


 話の途中に出る事を詫びて、僕は急いで装備に着替えた。

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