60 古の因縁
「スレイン・ローズ・オーレンス。『真紅の同盟』のリーダーにして、最初期最高の炎魔法使いと言われている人物ね。『真紅の同盟』の名も、彼の使う紅蓮の炎から付けられたものだとか」
サリーはスレインの名を聞いて、そう発言した。おそらく僕に説明してくれたのだろう。
シンシアも彼女の解説を聞いて頷く。
「あら。良く知っているわね。その通りよ」
「貴族院を二分する王党派の雄にして、反領主派の筆頭だ。領主の政策に反発している様子が、連日新聞に載っている。君らも名前くらいは知っているだろう」
ジルマイアーがそう補足する。彼の言う通り、スレインはこの街の政治家として有名人だ。
「『真紅の同盟』のリーダーだった事は初耳ですけど、この街に住んでいて彼の名前を聞いた事が無い人はいないでしょうね」
「それに、貴方とも因縁のある人物ね。レイズさん」
シンシアがそんな事を言う。が、僕には心当たりがない。
「どういう事です?」
「十年前、ギルド連盟に貴族院を介入させようと動いた黒幕はスレインよ。ノーデンスを連盟に送った人物」
「ああ、それなら知っていますよ。でも、因縁と呼べるほどの物は何も。自分はノーデンスに恨みはあっても、貴族院に何か有る訳ではありませんから。連盟会議というのなら、リリィさんの方が関りは深いかと」
リリィは頷く。
「そうだな。昔ほどではないとはいえ、彼は最近にも冒険者を貴族院の管理下に置こうと暗躍していた例がある。独立を守りたい連盟としては、宿敵と言える存在だろう」
リリィの言葉に、シンシアは呆れた風に微笑む。
「彼は昔からそう。冒険者は王国に遣わされた開拓者としての認識を忘れてはならないと、そう言い続けていたわ。彼にとって、冒険者は自由な冒険家ではなく、今でも王国の代表者なのよ」
「王国への忠誠心が厚い方の様だ」
僕がそう印象を述べると、シンシアは暗い顔をした。
「そうね。冒険家としての野心を持ちながらも、大陸開拓団団長の息子として、貴族の立ち振る舞いを求められた可哀そうな人。彼はいつも言っていたわ。自分は冒険者である前に、政治家の息子なのだと」
「俺に言わせれば、アイツはただの堅物さ。だからしょっちゅうルドウイックとも言い争っていたしな」
ジルマイアーはうんざりした様子で、スレインを評する。
「ルドウイック氏とスレイン氏の関係は、それほど良くなかったようですね」
「いいえ。そんな事も無いのよ。本人から直接聞いた訳ではないけれど、スレインはきっと、ルドウイックの事が好きだったと思う。ルドウイックは真っ直ぐな冒険バカだったから。何のしがらみもない、自由な冒険家だった彼を、スレインは羨んでいたと思うわ。まあ、性格は正反対だったから、すぐ意見が対立して喧嘩ばかりしていたけどね」
シンシアは懐かしい思い出を語るように、遠くを見る。彼女の言い分では、とても殺し合いに発展するような関係とは思えないのだが。
「それなのに、スレイン氏がルドウイック氏を殺害したと?」
「……もしかして、薪ノ月事件が原因ですか?」
サリーがそう訊ねると、シンシアとジルマイアーの顔色が変わった。
「何だその……何とか事件というのは?」
聞き慣れない事件名に、リリィが疑問符を浮かべる。歴史上の出来事だったはずだが、僕もあまり知らない。確か、ギルド立ち上げ時の騒動という話だったか。
そんな僕らに、サリーはまたも解説してくれる。
「47年前の薪ノ月。つまり10月にこの街で一番最初のギルド『真紅の同盟』が結成されたのよ。それまで国の調査団の一部門として見なされていた冒険者たちが、民間で独立した組織を立ち上げた。当然当時の調査団本部は反発したけれど、『真紅の同盟』は当時から―――いえ、当時は今よりももっと冒険者たちの筆頭として君臨していた。彼らが決断し、事を起こすという事は、街全体の冒険者達に影響を及ぼすほどだったと言われているわ。そして、冒険者の存在で成り立っているこの街も同様に影響を受ける。当時の調査団は結局『真紅の同盟』の台頭を止める事が出来なかった。
この時に起きた一連の騒動が『薪ノ月事件』ってわけ。調査団が貴族院に名前を変えた後も、冒険者ギルドと何かと揉めるのはここから続いている歴史的因縁なのよ。まあ、こんな事ご本人たちの前で話す事じゃないかもしれないけれど……」
「正確な解説だったわ。貴女、教員か何か?」
心から感心した様で、シンシアがサリーを褒めた。
「いえ、ただの歴史研究家です」
サリーはなんでもない事の様に言って、かぶりを振る。
シンシアは整える様に大きく呼吸をすると、僕らに事の続きを話し始めた。
「彼女の話してくれた通り、47年前に『真紅の同盟』は調査団から独立したわ。その時ギルドの代表者となったのはルドウイックよ。結局ルドウイックとスレインは意見の相違で決別してしまったの。
ルドウイックのやり方には付いて行けないと言って、スレインは冒険者を引退したわ。彼は父親の地盤を継いで政治家の道へと進んだ。『薪ノ月事件』は言ってしまえば、独立したいルドウイックと、冒険者を国の所属組織のまま維持したがったスレインとの戦いだったのよ」
ジルマイアーが話を引き継ぐ。
「あの年の暮れは、それはもう悲惨だったよ。冒険者と調査団が路上で顔を突き合わせて、しょっちゅう乱闘騒ぎ。しまいには死人まで出た。そんな時期だ。もうじき年も変わろうかって時に、ルドウイックがスレインに一人で会うと言った。あいつらは急に、二人だけでダンジョンに潜ったんだ。理由は分からないが、たぶん対立する勢力の代表者同士、話し合いで決着をつけるつもりだったんだろう。ルドウイックもスレインも、ああいう闘争を望んでいた訳じゃないからな」
「けれど、ダンジョンから戻って来たのはスレインだけだった。私もジルも、何があったのかは知らない。ただ、あの日出て行ったきり、ルドウイックは戻らなかった」
シンシアの話が一区切りしたところで、サリーが質問する。
「当時の記録では、ルドウイックさんの失踪は、単独での探索中の出来事だと書かれていましたが?」
「スレインが隠蔽したのよ。スレインはルドウイックと探索に出かけた事を公表しなかった。それどころか、ダンジョンの通行記録や探索地域の申告、依頼内容まで抹消したのよ。憲兵がギルドに突然乗り込んできて、ルドウイック捜索の為とか言って全部持って行ってしまった」
シンシアの表情に、わずかに怒りが滲む。
「あの日、ルドウイックがスレインに会いに行った事は、俺とシンシアしか知らされていなかったからな。証言もほとんど無し。最初は目撃者も何人かいたみたいだが、金でも掴まされたのかそのうち黙りだ。ギルドの連中は俺たちの言い分を信じてくれたが、結局は追求する方法が無かった」
ジルマイアーも悔しそうに顔を歪める。
「それ以上騒がないための口封じだったのか、ルドウイックへの罪滅ぼしだったのかは知らないけれど、その後すぐに調査団はギルドの独立を認める声明を出したわ。他の冒険者チームは自分たちの勝利に大盛り上がりで、ルドウイックの事を忘れたみたいに、新しいギルドを作るのに忙しくなっていった。私たちとしては悔しい結果だったけど、ルドウイックならこれ以上の争いは望まないと思って手を引いたわ」
「つまり、貴女方はスレイン氏が事件を再び隠ぺいするために、ルドウイック氏の遺体を処分してしまう可能性を恐れたという事ですか?」
「ええ。そう言う事。博物館は政府の運営だから、あそこに置いておくのは危険でしょう?」
「だが、それだけじゃない。外部から盗まれた様に仕組み、あえて世間の注目を集めた。これは貴女方がスレイン氏に対して送った、挑発なのでは? 40年以上の時を経て、今度こそスレイン氏の罪を暴こうとしているのでは?」
博物館から遺体が盗まれた事は、今朝の朝刊の一面を飾る大ニュースとなった。
犯人の動機が見えづらい事件だからこそ、人々の奇異の目を惹いているのだと思う。
これがただルドウイック氏の遺体が発見されたと言うだけならば、ここまでの取り上げ方はされなかったかもしれない。
僕の推測に、シンシアは力なく笑う。
「……今更そんな事を公の下に晒したところで、どうにかなるものでも無いでしょう。ただ、私たちは真実を知りたいだけよ。スレインが何を思って、あんな事をしたのか。あの日何が有ったのか。それを知る為なら、まあ、多少は強引な手も使うかしら」
「まさか、復讐するつもりなのか?」
リリィがわずかに身構える。元の捜査からはだいぶ外れてきたが、シンシア達がそのつもりなら僕らとしては止める義務が生じるだろう。
剣呑なリリィに、シンシアは不敵な笑みを向ける。
「貴女も冒険者なら、掟を理解しているでしょう。あれは私たちが創ったモノ。冒険者の名誉を守るために―――ルドウイックの名誉の為に、私たちは戦うだけよ」
冒険者の名誉を傷つけた者を、冒険者は決して許さない。そんな、この街に根付いた絶対的な協調性は、ある種この老人たちの狂気の産物なのかもしれなかった。
「僕らは、復讐に加担するつもりは無い」
ならばはっきりと、これだけは断っておかなければならなかった。
シンシアはどうでも良いとばかりに、嘲笑う。
「別にいいわ。この話を外に漏らさないでくれるのなら。誰かに言えば、スレインの手が貴方達にも伸びる。ただそれだけよ」
「それは脅しか?」
リリィの態度が一層険しくなった。そんな威圧の気配を塗り替えるような敵意を、シンシアは静かに放つ。
「警告ね。さっきからしている様に」
睨み合う僕らを仲裁する様に、ジルマイアーが陽気な口調で割って入った。
「どのみち、お前達には遺体の在処が分からない。それでこれ以上俺達をどう追及する? 別にいいじゃねえか。これはジジイババアの問題だ。アンタら若いもんに迷惑はかけねえよ」
「真実を知りたいと言う貴方の願いは、これで十分叶ったと思うけど?」
シンシアは暗に、僕らへ帰れと言ってきた。
「ふざけるな! そんな話が通るものか!」
リリィが怒鳴る。
「小娘が邪魔をするな!」
シンシアが吠えた。その凄味に、リリィが押し負ける。
「リリィさん、もういい。ここはいったん退こう」
これ以上話しても埒が明かないと思い、リリィを諫めた。これ以上、シンシア達との関係を悪くするのも今後に良くない。
シンシアは僕らが手を下ろした事に、満足げな顔をする。
「聞き分けが良くて助かるわ」
「いいえ。今日のところは帰るだけです。スレイン氏が行動を起こすかどうか、貴方達も様子見の段階の様だ。今はまだ、僕らが手を出す事は何もないかもしれない。だけど状況が変化した時、もし貴方達が王道に背くのなら、僕らはそれを止めなければならなくなる」
シンシアの目つきが、再び鋭くなった。
「ならお互いに、対立しない事を祈りましょう」
「ええ。本当に。貴女を敵に回すのはおっかない」
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