59 古き仲間たち
「クーナ殿が風邪? それはまた大変だな」
クーナが同行していない理由を訊ねられたので答えると、リリィが心配そうにそう言ってくれた。
「ええ。軽い症状みたいだけど、大事を取って今日は休むように言ったんだ」
「アンタは出てきて大丈夫だったの?」
サリーも気にかけてくれる。
「様子を見ようか少し迷ったんだけど、僕の仕事を邪魔したくないからって、クーナさんに強引に追い出されてね。ギルドにはミニケさんも居るから、気にかけてもらうように頼んで来た。まあ、昼のうちは大丈夫かな」
「そうか。なら、今日はレイズ殿を早く帰さなくてはな」
リリィは笑って頷いた。
問題は夜だ。病気の時は色々と弱るから、昨日より寂しがるかもしれない。いや、もしかしたら昨夜の様子がいつもと違っていたのも、病気の前兆だったのかもしれない。
「そう言えば、昨日の二人はどうしたのよ?」
サリーが唐突にそう訊いてきた。昨日の二人とは、エルドラとロネットの事だろう。
「ああ。エルドラさんは外せない依頼があるとかで、ダンジョンの方に。ロネットさんにも、一層の調査業務を兼ねてエルドラさんについてもらったよ。あの二人は、もしもの時の援護って事で。この調査は基本的に僕らだけで進めよう。あまり大人数だと目立つしね」
エルドラは最近入った新人二人を訓練するために、一層に入り浸っているらしい。ロネットは優秀な回復魔法使いなので、その技術を新人の一人に教えてほしいと頼まれたそうだ。
そう言う事情もあって、二人は今ダンジョンに行っている。
「ふうん。別のギルドなのに、そんな仕事の仕方って有りなんだ」
サリーが少し意外そうに言う。一般的な目から見ると、競合他社のギルドに所属した者同士が一緒に仕事をしているのは、妙に映るのだろう。
だが、冒険者から言わせると、冒険者のギルドはそもそも企業ではないので問題は無いのだ。ギルドという企業がいくつも在るというよりは、冒険者のチームがいくつも在ると言った方が正しい。
そう言う意味ではそれらのチームを纏めている連盟こそが、本当の意味で冒険者ギルドと言える。
「その点は、連盟加入のギルド同士ならば問題ない。昔からギルド間で人員の貸し借りはよくあった事だ。そういった事柄で報酬などの揉め事が起きないように規定を作ったのが、そもそもの連盟の始まりだしな」
リリィはサリーにそう説明をする。それに僕も補足を加えた。
「とはいえ、最近は冒険者の数が多いから、ギルドの枠を超えてパーティーを組む事はほぼ無くなったけどね。人員を貸し借りしていたのは、ギルドの規模がもっと小さかったころの話だよ」
冒険者ギルドの発祥は、この街で最初に結成された冒険者パーティーが大元とされている。
四人から始まった『真紅の同盟』は少しずつ人数を増やしていき、少人数から集団、ついには一組織と名乗る様になった。
最初期に作られたギルドは全て、この様にパーティーから始まった物だ。
そんな背景から、ギルドと名乗っていても構成人数が二十人ほどしかいないという事は結構あった様で、探索が手探りな時代にはメンバーがほぼ全員戦士という様な偏り方も少なくなかったとか。
だが、探索では魔法使いの力が必要不可欠であり、特に回復役は希少でありながらなくてはならない存在だ。どうしても魔法が使える人員の奪い合いになってしまう。
ギルドの垣根を越えて人員の移動が許されているのは、必要に迫られていたそんな時代の名残なのだろう。
そんな形態を見直すことなく存続させ続けた結果、ギルド連盟によって統一される冒険者ギルド群という、今の複雑な構図が出来上がってしまったのである。
「なるほど。そういうものなのね。連盟が創られた四十年前は冒険者も200人くらいしか居なかったらしいし、当然と言えば当然か」
僕の説明を聞いて、サリーはあっさり納得する。彼女も冒険者周りについて調べている研究者なので、ある程度の知識は僕が説明せずとも持っていたのだろう。
「今回の事件は、まさにそうした冒険者の歴史の起点とも言える人物たちが関わっている訳だ」
リリィは少し楽しそうだった。彼女は彼女で、自分のギルドのルーツを知れるこの機会を、興味深いものとして見ているらしい。
「この街の歴史を調べる者としては、興味を惹かれる内容ね」
サリーも同じような態度を示す。やはりこの姉妹、本当は仲が良いのでは?
「さあ、着いたよ。ここだ」
目的の住所に到着すると、そこは『木霊の煙』という名の錬金ギルドだった。
「錬金ギルドじゃない。間違いない?」
サリーが疑うが、間違いなくもらった名刺の裏に書かれているのはこの住所だ。
「うん。ここで合っているよ」
「『木霊の煙』と言えば、ポーションの老舗高級ブランドだ。まさかこんな所に工房があったとはな」
リリィが工房の看板を見て、唸る。
『木霊の煙』は有名なギルドで、冒険者向けよりも、貴族などに愛飲されている部類のポーションやアイテムを作っている工房だ。
そんな大手ギルドの工房が、意外な事に住宅街の只中に建っていた。
「ごめんください」
高級店の看板にビビりつつ、僕らは中に入る。販売店を併設しているらしく、店員らしき女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ポーションをお求めですか?」
「いえ。ここにシンシアと言う女性は居るかな?」
そう訊ねると、店員は少し戸惑う。
「えっと、シンシアはここの代表ですが?」
「では、これをシンシアさんに渡してくれないかな。それでこちらの意図は通ると思う」
僕は持っていたエロンシャさんの名刺を渡した。
「分かりました。少々お待ちを……」
店員は二階へと上がっていく。どうやら上が事務所らしい。
「大丈夫なの?」
高級店特有の格式高い雰囲気にサリーも気圧されているのか、何故か小声で訊いてきた。
「エロンシャさんが話を通していてくれれば良いけれど、それに期待するよりかは、この方が確実だと思う」
エロンシャの筆跡で住所が書かれた彼の名刺は、紹介状の代わりになるだろう。いきなり会いたいと申し出るより、この方が穏便に事が運びそうだ。
「お待たせしました。代表がお待ちです。どうぞ」
戻って来た店員は、そう言って僕らを店の二階へと連れて行く。
「失礼します。お客様をお連れしました」
一番奥まった場所に在る扉へと案内され、店員が扉をノックする。すると、中から入りなさいと声がした。
店員さんは扉を開けて僕らを中へと促し、
「では、私はこれで」
僕らが全員入ると、扉を閉めて行ってしまった。なんだか閉じ込められた気分だ。そう感じるのは、慣れない格式高いオーラが建物全体から感じられるからだろうか。ここが王族の屋敷と言われても納得してしまうだけの緊張感がある。僕も稼ぎはある方だが、コイツはレベルが違う。
「いらっしゃい。こんな状態でごめんなさいね。今取り込んでいて」
社長机の上に積み重なった書類の山の向こうから、そんな若い女性の声がした。
よく見ると、眼鏡をかけたエルフ族の女性が忙しそうに書類にペンを走らせていた。
この部屋に居るのは彼女だけ。となると、彼女がここの経営者で、僕らが訪ねてきたシンシアという女性だろうか?
エロンシャは老人と言ったが、見た目は僕らとそう変わらない。ただ、エルフ族は長命なので人間基準でその辺りは測れないだろう。
「いえ、突然お邪魔したのは我々の方ですので。失礼ですが、シンシアさんは貴女でしょうか?」
「そうよ。しわくちゃのおばあちゃんが出てくると思った? エロンシャは私の事をすぐ年寄り扱いするから。ちょっと驚いたでしょう」
なんだか楽しそうに言うシンシア。若者をからかうのが楽しいのか、友人の事を話すのが好きなのか。
その姿を見て、リリィが背筋を正した。
「まさか、精霊使いのエル・ロカ殿? 会えて光栄です!」
「『真紅の同盟』最初の四人の一人よ」
サリーが分かって居ない僕に教えてくれた。なんとなく予想はしていた。エロンシャが『真紅の同盟』の一員だったなら、その共犯者も同じメンバーである可能性は高い。
「また、懐かしい名前ね。ロカはエルフ族での名前。今は王国語のシンシアで通して居るわ。それで、可愛らしいお客様たち。私に何の御用かしら?」
シンシアは楽し気な口調で、僕らに用件を問う。
「ルドウイック氏の遺体を、貴女が持っていると聞きました」
直接要点に入ると、シンシアからわずかに笑みが消えた。
「……エロンシャは失敗したのね」
「ええ。まあ。ですが、自分達は遺体を取り返しに来たのではなく、真実が知りたくてここに来ました。貴方達が遺体を盗んだ理由が何なのか、エロンシャさんは貴女に聞けばそれが分かると」
「好奇心は竜も殺すのよ、坊や」
シンシアはようやく顔を上げ、僕を見た。その顔は優しそうに微笑んでいたが、視線は鋭く僕を射抜く。
間違いない。この人は歴戦の冒険者だ。それを直感的に理解させるほどの重厚な威圧感が、彼女の眼にはある。
「ルドウイック氏は何者かに殺された可能性がある。その事と、関係があるのですか?」
僕も冒険者の端くれとして脅しに屈する訳にもいかず、そのまま話を続ける。
シンシアは目を眇めて、一瞬訝しむ様な顔をした。僕は試されていたのだろうか。そんな気がした。
「……貴方、名前は?」
「レイズと言います。情報屋をしています」
名前を聞いて、シンシアは思い出したように頷いた。
「レイズ……ああ、その名前は新聞で読んだわ。北皇の工作員を捕まえたとか。貴方は捜査員の真似事もしているの? それとも、情報屋ってそういうお仕事?」
「五分五分と言ったところでしょうか。ダンジョンと冒険者に関する事を把握するのが僕の仕事です。結果的に憲兵の真似事の様になってしまうのは、まあ、職業病からくる個人的な趣味でしょうか」
「あら、趣味と言ってしまうの?」
シンシアは可笑しそうに微笑む。あるいは嘲笑か。
「ええ。情報屋に推測や推理の類はご法度ですから。確実でなければ人には売れません。ですから、こっちは趣味です」
「なるほど。では、貴方の推測を聞かせてもらいましょうか。私が遺体を盗んだのはなぜ?」
「それは僕が想像するまでも無く、すでに話してもらいました。エロンシャさんは、遺体を盗んだ理由を真実を知るためだと言った。けれど、彼はルドウイック氏が殺された事を可能性としては持っていても、サリーさんの鑑定結果を聞くまで断定はしていなかった。
貴方達『真紅の同盟』のメンバーは、47年前のルドウイック氏失踪の件に、ずっと疑問を抱いていたのではありませんか? エロンシャさんは、敵はまだ動いていないとも言った。貴方達には、ルドウイック氏を殺害した人間に心当たりがあるのでは? だから最初から、他殺だと当たりを付けていた。彼の遺体がダンジョンで発見された事を聞き、すぐに行動を起こしたのもそのためだ。ルドウイック氏の遺体を敵から守り、自分たちの手で調べるために」
話せば話すほどに、シンシアの表情から笑みが消えていく。それが珍しく、僕にプレッシャーをかけてきた。この人と話すのは、少し苦手かもしれない。
「なんだ。エロンシャが既にほとんど話しているんじゃない。貴方の言う通り、私たちはずっとルドウイックの死の真相を追っていた。……いえ、心のどこかではまだ生きていると思いたかった。あの人がそう簡単に、死ぬ訳ないと信じたかった。だから、彼の行方をこの50年間探し続けていたわ」
シンシアは笑って、それから悲しい顔をした。昨日のエロンシャさんと同じ、仲間の死を悼む顔だ。
「一つ、分からない事がある。遺体をどうして盗んだのです? エロンシャさんが管理しているのだから、博物館で鑑定しても、何も問題は無かったはずでしょう」
「それが一番の問題だったのよ。貴方言ったわね。ルドウイックを殺した人間に、心当たりがあるんじゃないかって。その通りよ。私たちはそいつからルドウイックの遺体を守る為に、隠す必要があったのよ」
「―――その先を聞く前に、今一度覚悟を問うべきだ」
唐突に男の声がして、僕らが入って来たのとは別の扉から老人が入って来た。
「貴方は?」
「俺はジルマイアー。『真紅の同盟』の"元"一員さ」
老人はそう言って、真っ白な歯を見せて笑った。歳の割に活力にあふれた印象を受ける人物だ。
「別名、風切りのジル。最初期で最も優秀な斥候として有名な人物よ」
解説のサリーさんがまた教えてくれる。この人が居てくれて助かった。
「おや、そんな風に名前が残っているとは光栄だね」
ジルマイアーは小声で言ったサリーの解説を聞きつけ、そんな風に笑った。耳も良いらしい。
彼は応接用のソファーに飛び込むように座って、僕らの反応を待つ。
「ジルマイアーさん。覚悟とは?」
「俺達が敵に回している相手が予想通りなら、アンタたちにも迷惑がかかるって事さ。最悪殺されるかもな」
「穏やかじゃないな。どういう事ですか?」
ジルマイアーの脅しに、リリィが顔をしかめる。彼女は戦士タイプなので、この手の脅しには真っ向から食って掛かる質なのだろう。
「自分たちの問題は、自分達で対処するわ。貴方達を巻き込むつもりは無い。それでも知ろうと思う?」
シンシアが念を押す。二人の態度は威圧的だったが、それは僕らを心配しての事なのだと分かった。
「という事だが、サリー?」
リリィは真っ先に、サリーの意思を問う。
「どうして私にだけ聞くのよ!」
「僕らは自分の身を守れるけど、君は非戦闘員だから。リリィさんは心配してるんだよ」
お姉さんの意図を代弁すると、サリーは一蹴するように鼻を鳴らした。
「良いわ。ここまで来て私だけ仲間外れなんて、納得できないもの」
サリーの返答によって、僕ら三人の意思を伝える。
ジルマイアーは真剣な顔で頷いて、シンシアを見た。
「そうか。……シンシア」
ジルマイアーに判断を仰がれて、シンシアも頷く。
シンシアは僕ら三人を見回して、それから深刻な表情で口を開いた。
「いい? これはまだ確定した訳じゃない。あくまでも私たちの想像。でも、かなり信憑性のある証拠を揃えた上での、仮定よ。ルドウイックを47年前に殺したのは、攻撃魔法使いのスレイン・ローズ・オーレンス。貴族院の大御所にして、私たちの仲間よ」
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