58 寒い夜の日に
酒場でそれなりに楽しく騒いだ後、やけに冷える冬の夜道を歩いてギルドに帰還した。
「それじゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
ロネットと分かれ、自分の部屋に戻る。
彼女もギルドを移ってきた際に、住んでいた部屋を引き上げてここに越してきた。今は寮と事務所を兼ねたギルドの二階で、僕らと同様に暮らしている。
部屋に入ると、狭い部屋を占領するベッドが二つ。元は仮眠室として使われていた部屋なので、それだけでいっぱいになってしまうほどの空間しかない。
背負っていたクーナをそっとベッドに下ろした。
酒場で話し込んでいるうちに、疲れたのか眠ってしまったのだ。
「おやすみ、クーナさん」
そう声をかけて、いったん部屋を出る。
明日も遺体の件で手一杯になりそうなので、依頼されている情報資料をまとめておかなければならない。前もって用意しておけば、手渡す事はミニケにも頼める。
幸いな事に他業種のギルドから定期的に依頼をもらえるおかげで、情報屋業は安定している。
ロネットが来てくれたことでパーティのバランスも取れて、ダンジョンの調査もし易くなったので、こちらは順調だ。
明日客が取りに来る分を纏め終えて部屋に戻ると、何故か寝かせたはずのクーナの姿が無かった。
「あれっ、クーナさんが居ない」
「……お帰りなさい」
突然背後から声をかけられて跳び上がる。振り向くと、何故かクーナは僕のベッドで横になっていた。
「うわっ、びっくりした。どうして僕のベッドに居るんだい?」
「寒いと寂しいから、独りで寝るのが嫌で……ここならレイズの匂いがするから」
「においって……」
これでも結構、そういうのを気にするお年頃なんですが。
僕よりむしろ、彼女の方がそういうのを気にする年齢のはずなんだけどな。嫌だったりしないのだろうか。
ちなみに同じ部屋なのは、クーナの強い要望からだったりする。一人で眠りたくないのだそうだ。
その理由を思い出して、独りにした事に少しだけ罪悪感が湧いた。
クーナは北国の生まれだ。生まれてすぐに親に見放された彼女は、たった一人で獣同然の暮らしをしながら雪山で過ごしていたという。
人間だったら死んでいるはずだが、彼女は竜の血を引くが故に生き延びてしまった。
人の温かさを知らずに育ち、人に捕まって奴隷となってからも様々な人の手を流れて、果てにここへたどり着いた。買われて、捨てられて、売られる繰り返し。人を恨んだっておかしくはない。
そんな彼女は言うのだ。信用できる人間は少ないから、僕からは離れたくないのだと。
寒さは、そんな過酷な過去を思い出させる要素の一つなのだろう。
「……でもそうだね。僕も寒いのは嫌いだ」
僕はその場に座り込んで、ベッドで寝ているクーナと視線を近づける。
「レイズも?」
クーナは不思議そうな顔をした。
「うん。なんだか心の奥が締め付けられるようで、無性に寂しくなる。それに、辛い事も思い出すからね」
父が無実の罪を着せられて死に、僕が家を追い出されたのは、十歳になったばかりの頃だった。
子供の自分にできる事など限られていて、結局物乞いをしながら橋の下で暮らしていた。
冬の寒さに凍えて、冬を越せずに死ぬかもしれない恐怖におびえる日々。あんな経験はもう、二度としたくない。
「クーナと一緒だね」
そう言って笑うクーナを見ていると、なぜか辛くなる。勝手に自分の境遇と重ねて見てしまっているのだろうか。
「ねえ、今日は一緒に寝てもいい?」
不安そうな顔で、クーナは訊く。同意ではなく、確認を取っている様なそんな雰囲気だ。拒否する選択肢は無いらしい。
「狭いよ?」
「我慢する」
「分かった」
自分でも思うが、クーナには甘いな。サリーに言われた事も、あながち間違っていないかもしれない。
まあ、クーナをそういった対象に見る事は無いと思うが。
「うひゃー、レイズの身体冷たーい。クーナが温めてあげるね」
ベッドに入ると、はしゃぐ様に笑ってクーナが抱き着いてきた。確かに温かいが、この体勢は色々と問題だ。ミニケ辺りに見られたら何を言われる事か。
「ああ、こらこら。……クーナさん?」
胸に顔をうずめるクーナの様子が、少しだけ変だった。
「レイズはずっと、クーナの傍に居てね」
消えそうな声で、クーナは呟いた。触れる身体は震えているけれど、それはきっと寒いからじゃない。
「うん。大丈夫。僕はどこにも居なくならないよ。クーナさん」
「約束だよ……」
頭を撫でると、クーナの震えが少しずつ収まっていった。
僕はまだ、クーナの事を全部は理解できていない様だ。普段陽気に振舞うこの子が、暗くなるとこうも人恋しくなる理由を、僕は知らない。
だが、どんな事があってもこの子を見捨てない事だけは決めている。この子を引き取ると決めたあの日、僕は家族になると約束した。それだけは絶対に違えない。
静かに泣くクーナを抱いて、僕はそのまま眠りについた。
―――そして翌朝、僕らは騒がしい声に起こされる。
「やっほー、レイズ君お寝坊さんだぞー! 下でお客が待ってるぜい!」
部屋をノックして、ミニケが陽気にそんな事を言いながら突入してくる。
どうやら、眠り過ぎてしまったらしい。リリィたちと約束をしているので、いつも通りに起きなくてはいけなかったのだ。
慌てて起き上がると、剥いだ掛布団の下からクーナが現れた。
その姿を見て、昨夜のことを思い出す。それと同時に、この状況が相当マズい事に気が付いた。
「よよっ! 君ら、なんで抱き合って寝てるの?」
流石のミニケも、茶化すより先に驚いた顔をしていた。
そして、一番見られてはマズい相手が、扉の向こうから顔を覗かせる。
「大丈夫ですか、レイズさ―――」
絶句。ロネットが泣きそうな顔をする。
「レイズさんの変態!」
「いやっ、これは違っ―――ぐはっ!」
ロネットの投げた杖が、顔面を直撃した。
誤解だと言いたいが、状況が状況だけに否定もしきれない。
「大丈夫? 痛くなかった? お赤飯炊く?」
寝ぼけ眼をこするクーナへ、ミニケがそんな事を訊く。こっちは完全に事情を把握したうえで、悪ノリしているな。
「話をややこしくするな! たまにはこっちをフォローしてくれ! というか、セキハンって何?」
「獣人族がお祝い事に作るごはんー」
「大きな誤解だわ、このやろう!」
そんな僕らの喧騒をかき消すように、クーナが盛大にくしゃみをした。
「くしゅんっ!」
……あれ、もしかして風邪ひいた?
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