57 真実を追う者
読みづらいという感想をいただきましたので、台詞と描写での人物名の呼称を統一しました。
この方が良い、前の方が良かったなどの感想があれば、教えていただけると幸いです。
事務員たちの前では話せない事なのか、僕らは館長の執務室に通された。
「さあ、話していただけますね? どうしてこんな事をしたのか」
館長は僕らをソファーに座らせ、重苦しい気配と共に口を開いた。
「……私はただ、真実が知りたいだけなんだ」
何とかひねり出したようなその一言には、まるで決して話してはならない事柄をなんとか打ち明けている様な、そんな悲痛さが込められている様だった。
「真実? どういう事だ?」
リリィさんに追及され、館長は長い息を吐く。
「私の名は、エロンシャ。かつては補給役として、まだパーティーだった頃の『真紅の同盟』についていた冒険者です」
館長ことエロンシャさんは、そんな過去を打ち明けた。
「うそっ、館長が!」
「聞いた事が無いな……」
サリーさんが驚くのは分かるとして、リリィさんもその事は知らなかった様だ。
実際、『真紅の同盟』のメンバーでない僕には、最初の四人とされる冒険者たちの名前すら分からないので、それが普通だろう。
支援職はどんなに優秀でも、後世に名前が残るような事は無い。だって、華が無いから。
派手な魔法や剣技で颯爽と魔物と戦う人の方が、みんな好きなのだ。
「それも当然でしょうね。私はただの支援役。あの四人の様に、華やかな活躍をしたわけではありませんから」
微笑んで、エロンシャさんもそんな事を言った。
彼がルドウイック氏と仲間の関係なら、その遺体を今になって盗み出す理由は限られる。
真実を知りたいという言葉が意味するところはおそらく―――
「……もしかして貴方は、47年前のルドウイック氏失踪の真相を探っているのですか?」
「お察しの通り。やはり、貴方は優秀な冒険者だ」
「優秀なのは、サリーさんですよ。彼女が、ルドウイック氏の他殺説を僕らに提唱したんです」
その可能性が頭に入っていなければ、こんな仮説は出て来なかっただろう。
「やはり、他殺でしたか……あの人が魔物に後れを取る訳がないと信じて居ました」
エロンシャさんはそう言って、顔を伏せる。
彼がルドウイック氏の死の真相を探る為に動いたのは分かったが、それでどうして遺体を盗む事になるのかが分からない。
「理由はどうあれ、泥棒には違いない。盗んだ遺体はどこに在る?」
リリィさんは単刀直入に、エロンシャさんを問い詰めた。僕らの目的は本来そこなので、彼女としては事情より遺体の奪還を優先したいのだろう。
「まだ、彼を渡すわけにはいかない。敵はまだ動き始めていないんだ」
エロンシャさんは強い姿勢で、リリィさんに立ち向かった。彼だって気まぐれでこんな事をした訳でも無いのだろうし、それ相応の覚悟があるのだろう。
しかし、彼の言い回しが妙に気になった。
「敵だと? いったい、何の話をしている?」
リリィさんも同じ様に思ったのか、訝しげな顔をして戸惑う。
そんな彼女を制して、僕はエロンシャさんを説得する事にした。どちらかと言えば、取り入ると言った方が正しいか。
「エロンシャさん、僕はこの街で情報屋をしています」
「情報屋?」
聞き慣れない肩書なのだろう。エロンシャさんは眉をひそめる。
「ええ。ダンジョン内で起こった出来事を調査してまとめ、冒険者たちに伝える仕事です。47年前の事件は過去の出来事だが、二日前に遺体が見つかったのは紛れも無く今ダンジョンで起こっている事だ。僕は職業柄、ダンジョンで起きた事は調べないと気が済まないのです。どうか、自分にもその真実を知る機会を与えてはもらえませんか?」
「おっ、おい。何を言い出す!」
エロンシャさんに加担しようとしている僕の発言に、リリィさんは動揺を見せる。それを静めたのは、サリーさんだった。
「アンタ、本当に頭硬いわね。普段、ギルドの名誉がどうのこうの言ってるくせに、こういう時だけ尻込み? ルドウイックが殺された真実を突き止めようって言うのなら、それはアンタのギルドにとっても得になる事よ。そうでしょう?」
相変わらず当たりの強い言い方だったが、リリィさんは慣れているのかその言葉で納得した。
「……大局を見ろという事か。良いだろう。だが、協力するにしても、私はこの手の事には不向きだぞ。どう手伝えば―――」
「そんなもの、脳筋ゴリラのアンタは有事の際の戦力でしょうよ。調べ物はレイズに任せておきなさい」
「脳筋! ゴリラ!? お前、私を何だと思って居る!」
リリィさんが怒って立ち上がる。その言い方だと、調査は僕に丸投げって事になるよね?
「いや、できれば二人にも手伝ってほしいんだけど……」
「クーナにできる事なら、なんでもやるよ。頼って頼って!」
「ありがとう、クーナさん」
頼りにできるのは、この助手だけらしい。なんとなく頭を撫でてあげると、クーナさんは喜んだ。
こんな騒がしい僕らを見て、エロンシャさんは優しく微笑む。
「ははは、こちらに拒否権は無いと言った雰囲気ですな」
「まあ、事件を起こして僕らを巻き込んだ事への代償とでも思ってください」
「情報屋さんの力を借りられるのなら、私としては心強い。貴方は誠実な人の様ですし、信じてみましょうか」
そう言ってエロンシャさんは名刺を取り出すと、裏に何かを書き込んで僕に手渡した。
それは、女性の名前と住所の様だった。
「これは?」
「この住所に一人の老人が住んでいます。今は彼女の所に遺体がある。詳しい事情は、彼女から聞いてください。私より、詳しく話してくれるでしょう」
◆
「―――という話なんだけど」
酒場でその話をエルドラさんとロネットさんに話すと、二人はわずかに思案顔をした。
「その館長の話、本当に信じられるの?」
訝しむ様子でエルドラさんは言う。
「うん。嘘をついているようには見えなかったけどな」
「レイズさんがそう仰るのなら、きっと大丈夫ですよ」
ロネットさんはそう励ましてくれるが、エロンシャさんをどこまで信用したものか、実際自分でも測りかねているのは確かだった。
「――というか、なんなのよアンタたちは!」
サリーさんが、二人の存在について物申す。わざわざ僕の話が一区切りするのを待って居てくれたらしい。
僕が説明する前に、リリィさんがエルドラさんとロネットさんの紹介をしてくれる。
「同じ連盟の冒険者だ。こっちは『凪の雫』のエース、エルドラ。で、そっちはレイズと同じギルドのロネットだ」
「はじめまして、サリーさん。ロネットです。よろしくお願いします」
大人しいロネットさんの雰囲気に流されてか、サリーさんが一瞬毒気の抜けた顔をする。
「ああ、うん。よろしく……って、そうじゃなくて! こいつら部外者でしょう!」
「一応引き続き連盟の調査という事になっているからな。連盟に参加している彼女たちは、何も問題はない。レイズ殿が力を借りるのに必要だと思うのなら、私は支持しよう」
リリィさんはそう言って援護してくれるが、実際には博物館からの帰り道にエルドラさん達とばったり会い、成り行きで同じ酒場に入っただけである。
とは言え、もしもの時に頼るのはこの二人なので、進捗は話しておくに越した事は無い。
「ウチのギルドは三人しかいないからね。最初からロネットさんにも手伝ってもらうつもりだったんだけど、流石に大人数で押し掛けるのはマズいかなと思って」
これは本当。
僕の言い分を理解してくれたのか、サリーさんは一応の納得を示してくれる。
「ふーん。なるほどね。で、そっちは死体の発見者か。名前は聞いているわ。貴方の対応が良かったから、迅速に博物館へ遺体を運び入れる事が出来たわ。ありがとう。私の不手際で、貴方の発見をふいにしてしまったかもしれない事は、謝罪します」
サリーさんは、エルドラさんに頭を下げた。それを受けて、エルドラさんはかぶりを振る。
「私に謝る必要はないわ。誰もあの遺体が盗まれるなんて予想できなかったわよ」
「ありがとう」
二人のやり取りを見届けてから、ロネットさんが話を戻して僕に訊ねた。
「それで、結局その住所に遺体はあるんですか?」
「どうかな。僕は館長を信じているけど、実際どうなるかは分からないよ」
「今日は時刻も遅いから、また明日訪ねようという話になった。話が違えば、その時にでもエロンシャを問い詰めるさ」
リリィさんがそう現状を報告すると、サリーさんがやや呆れた様子で言った。
「随分とお人好しなのね貴方達。こうして居る間にも、館長は夜逃げするかもよ」
「そうだね。でも、きっと大丈夫だと思う」
「その根拠は?」
「冒険者の勘としか言えないかな。でも、僕らは少なからずあの顔を知っているんだ」
ルドウイック氏の事を話す時のエロンシャさんの表情は、寂しそうだった。あれは本当に、仲間の死を悼んでいる人間の顔だと思う。遺体を金儲けみたいな俗っぽい理由で利用するとは思えない。
「冒険者をやっていると、誰にだって仲間や友人を無くした経験がある。ルドウイックについて話すエロンシャからは、そんな気配が確かに有った。私にも、彼が真実を話していたように思えたよ。レイズ殿は、そういう事を言いたいのだろう」
リリィさんが、僕の言いたかったことを言葉に表してくれた。
「だから裏切らないって? 論理的じゃないわね。貴方は感情じゃ動かない人だと思って居たわ」
サリーさんは少しがっかりした様子で、僕に言った。
「そう在りたいけどね。なかなかどうして、僕も人間だ」
感情的に動いて、これまで何度ピンチになった事か。
「レイズさんはそれでいいんですよ。ねー、エルドラ」
「どうして私に振るのよ。……でもまあ、そうね。私もそれで救われたし」
ロネットさんとエルドラさんは、僕の在り方をそんな風に肯定してくれる。仲間からそう言ってもらえるのは、すごく嬉しい事だ。
「んー? アンタたち、ホントはどういう関係なのよ」
サリーさんが訝しむようにして、そんな邪推をする。
「こらこら、無粋な詮索をするものじゃないぞ。だがまあ、気を付ける事だレイズ殿。パーティの最たる天敵は魔獣に在らず色恋なりと、昔から言うからな」
リリィさんも珍しく悪ノリして、僕にそんな事を言ってきた。
「いやいや、僕らは別にそういう関係じゃないしね」
照れくさいやら、困るやらでそう返すと、途端にロネットさんとエルドラさんの表情から笑顔が消えた。
「「……」」
二人の視線が、責めてくる様に突き刺さる。
「否定してくださいよ!」
「あら、それはできない相談だわ」
エルドラさんはそう言って微笑む。顔は笑っているが、感情はまったく笑っていない。むしろこれは殺意に近いのでは?
「ええ。いくらなんでも、そういうはぐらかし方は卑怯ですよ、レイズさん」
ロネットさんも怒った顔で僕を見る。相変わらず怖くないけれど、彼女が怒っているのは強く伝わって来た。
「おおっ、怖っ。女の戦いって感じねー。私てっきり、あの竜人娘が本命だと思って居たけど」
さらに追い打ちをかける様に、サリーさんはとんでもない爆弾を投下した。
「はっ!? どうして?」
「何かミョーにイチャついちゃってさ、見せつけられてるなーって感じだったもん」
そう言ってちらりと舌を出すサリーさん。
この野郎。適当なこと言いやがって!
「や、やっぱりそうなんですね、レイズさん!」
いつぞやの前科があるせいか、ロネットさんがショックを受けた様な顔をする。
「フフフッ、まずはその歪んだ性癖から強制すべきかしら?」
エルドラさんはパチパチと指を鳴らし始める。今は魔道具の手袋をしていないから良いが、これは彼女が普段使っている攻撃動作だ。
「ちがーうっ! 誤解だー!」
二人に詰め寄られている僕の横で、リリィさんが苦笑する。
「やれやれ。意地が悪いな」
「お姉ちゃんだって」
姉妹揃って、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべた。
「おいそこっ! こんな時ばっかり、協力するな―!」
読んでくださり、ありがとうございます!
評価、ブックマーク、誤字報告してくださった方々、本当にありがとうございました!