56 盗みの経路
「泥棒が使ったのは、おそらくこのルートよ」
そう言ってサリーが僕らを連れて行ったのは、研究室からいくらも離れていない裏口の廊下だった。
「おや、サリー君。そちらの方々は?」
通りがかった老紳士が、僕らを見てサリーに訊ねた。
「ああ、館長。こちら冒険者連盟から遺体窃盗の件を調べに来られた冒険者さん達です」
サリーが老紳士に頭を下げ、僕らを紹介する。館長だという老紳士に僕も会釈する。
「レイズといいます」
「リリィです。いつも妹がお世話になっております」
リリィの挨拶を受けて、館長は微笑む。
「おお、サリー君のお姉さんでしたか。いえ、彼女は真面目で大変に働き物でしてね。ここに来てくれて、本当に助かっていますよ」
館長からの評価はそこそこ高いらしい。
「優秀なんだね」
そう言うと、サリーは素っ気ない態度で返した。
「お世辞よ、お世辞」
そんな冷めた態度のサリーに、クーナは不思議そうな顔をする。
「もっと素直になれば良いのに」
「お子様には分からないわよ」
サリーはそう答えると、僕らについて来いと手振りで示して裏口の方へと歩いて行ってしまった。
どうも面白い話ではなかったらしい。褒められるのが不満といった感じだ。
初対面で詮索するのも失礼かと思い、話を捜査に戻した。
「それで、君はどうして犯人がこの経路を使ったと思うんだい?」
「私じゃないわ。憲兵隊が、犯人は第三避難路から逃げたって言ったの」
「第三って事は、この博物館には裏口がいくつもあるんだね」
「ええ。全部で三つ。そのうち、研究室から一番近いのはこの裏口って訳。でも理由はそれだけじゃないわ」
裏口に近づいて行くと、サリーの言った意味が理解できた。
「扉が二重になっているのか」
建物の出入り口とは別に、廊下に格子状の鉄扉が設置されていた。
それが開け放たれたままになっているのは、現場保存という事なのだろうか。
「一応、中で扱っているのは貴重品だからね。防犯用に設置したのよ」
「ええ。モルス鍛冶ギルドに造ってもらいましてね。二年位前でしょうか」
サリーの説明を引き継いで、館長さんが扉の説明をする。
製造元を聞いて、リリィが頷いた。
「ああ、その名前なら知っている。たしか、冒険者の攻撃スキルにも耐えるのが売りだったか。いつか試してみたいと思って居たんだ」
そんなリリィの攻撃的なセリフに、サリーがうんざりと呟いた。
「フンッ、脳筋バカ」
「何か言ったか?」
「なんにも」
サリーはどうもリリィが嫌いらしい。姉妹なんだから仲よくすればいいのに。
まあ、一人っ子の俺には分からない色々があるんだろう。
二人の喧嘩を余所に、格子の扉を調べる。
扉の両側にリング状の突起が出ていて、錠前が付けられるようになっていた。
「錠前が付いていたようですが?」
「犯人が破壊していったわ。これよ」
そう言って、サリーは壁際に置かれていた金属塊を拾い上げて僕に差し出す。
それは確かに錠前だったが、輪っか状の部分が折れて使い物にならなくなっていた。
「うわぁ、ぽっきりいってる」
クーナがのぞき込んできて、そんな感想を漏らす。
犯人は錠を破壊して、裏口から侵入し、研究室に在った遺体を盗んで、同じ道を通って逃げて行ったという事か。
「今朝、見回りをしていた館長がここの扉が開いているのを見つけたの。それで盗難が発覚したって訳」
「という事は、いつも館長が一番最初に出勤されるんですか?」
そう訊ねると、館長はかぶりを振った。
「いや、必ず一番乗りという訳ではありませんよ。正面の扉を開けるついでに、館内を自分の目で見て回るのが日課でしてね。まあ私か、前日の最後の帰宅者が開けない限りは誰も入れませんから、大抵の場合は一番乗りですけどね」
「ちなみに、ここを一番最後に出るのは?」
その問いに答えたのはサリーだった。
「それは研究員の仕事にもよるわ。いつも一番最後に残った職員が、カギをかけて帰る事になっているの。研究に熱が入って帰らない人も居るから。ちなみに昨日は私。きちんとここの鍵を閉めて帰ったわ」
「という事は、サリーさんが昨日最後にこの裏口を使ったんだね?」
「ええ。裏口は三つ在るって言ったけれど、一つは搬入口で、もう一つは館の反対。そっちの方は本当に避難口だから普段は使ってない。研究室から近い、ここの出入り口をみんな使っているって訳」
「なるほど。この錠前を閉めたのもサリーさんなんだね」
「だからそう言っているわ。ほらこれ。裏口と錠前の鍵。普段は事務所に置いてあって、一番最後の職員が持ち帰るの」
サリーは白衣のポケットから鍵を取り出して見せる。リングで繋がれた二組の鍵だ。
それを見て、リリィが怪訝な顔をする。
「どうしてまだ持って居るんだ?」
「出勤していきなり憲兵隊の捜査に付き合わされたから、そのまま返し忘れていただけよ」
サリーは邪険にする様に、リリィへ答える。
それにしても、一晩でも鍵が職員の手に渡る仕組みというのは、結構物騒だ。連日それが続けば、鍵が誰の手元に在るのか分からない。
サリーが警備体制をザルと表現したのも納得だ。
「確かにそれは警備が甘いね。でも、今回はそれが問題って訳でもなかったみたいだ」
「何か分かったのか?」
リリィが興味を持った様子で近づいてきた。
「ええ。この錠前を、見てください。何も彫られていないでしょう? 鍛冶ギルドは、自分達の製品に必ずギルドの銘を入れるのが決まりです。こんなのはあり得ない」
リリィに錠前を見せる。
錠前の表面はのっぺりとしていて、何も彫られてはいない。
ギルドの製品には製造元を記すように、この街の法律が定めているので、これでは館長の証言と矛盾する。
「まさか、すり替えられたって言うの?」
サリーも驚いた様子だった。
「ええ。この鉄格子は他にもありますか?」
「搬入口にも同じ物があるはずよ」
「なら、後でそこの錠と比較してみてください。おそらくそっちには銘が入っているはず」
「銘を入れ忘れたという可能性はありませんかな?」
館長が反対意見を出す。意見を鵜呑みにしすぎない様にするのは、学者故の姿勢だろうか。
「それも否定はできませんが、自分が不審に思うのはこの錠が綺麗過ぎる事です」
「……なるほど。叩きつけて割ったなら、何かしら傷ができるはずだな」
リリィは手元の錠前を観察しながら、頷いた。
この錠前が扉に付いていたのなら、破壊しようとした時の傷が残るはずだが、錠前にその痕跡は無かった。
そして扉の方にもそういった傷は一切確認できなかったのだ。せいぜい、使い込まれて擦れている程度で、叩き付けたり殴ったりしたような痕跡はない。
錠前を破壊した痕が無いのは、明らかに不自然だった。
「その通り。まあ、錠の方は金属の塊だからいくらか頑丈だろうけれど、扉の方まで無傷で歪みが無いというのは少し考えにくい。まあ、一番確実なのは、実際に鍵を入れてみる事だけどね」
そう言うと、サリーは早速リリィの持っている錠へ鍵を差し込もうとした。
「あっ! 嘘でしょう、入らない!」
どうやら、推測は当たった様だ。
リリィは怪訝な顔をして、疑問を僕に訊ねる。
「なぜ、犯人はこんな事を?」
「錠を壊す必要があったからじゃないかな? 正しくは、壊して無理やり外から入った様に見せたかった。モルス鍛冶ギルドは防犯用品に力を入れているギルドで、その売りはさっきリリィさんが言った通り、攻撃スキルにも耐える頑丈さだ。その耐久性は確かな物で、それが認められて製品が貴族院の施設や政府の金庫にも使われている。壊すのは容易じゃないはずだ」
「じゃあ、泥棒は内部の人の犯行?」
僕の発言を受けて、クーナが回答を導き出す。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。まさか私とか言わないでしょうね?」
サリーが狼狽えた。現状鍵を持っているのは彼女なので、疑う候補には成り得るだろう。
だが、おそらくは違うだろうという直感が僕にはある。
「いいや。サリーさんは除外するよ。さっき言っていた、遺体の調査で初の責任者を任されたという話。それが本当なら、この盗難事件はサリーさんにとってキャリアに傷が付く大事件だ。盗難の目的が何であれ、得があるとは考え辛い」
「ええ。そうですとも。ありがとう」
サリーは焦っているのか怒っているのか判断の付かない様子で、僕に礼を言う。
「サリーさん。そのカギ、予備は有るかな?」
「予備? ええっと、事務所にありますよね?」
「あっ、ああ。うん。有るはずだよ」
サリーに確認を取られ、館長が頷く。
「では、それを確かめに行きましょう」
「どうしてだ?」
リリィが不思議そうに訊ねた。
「サリーさんが昨夜錠前を閉めたのなら、犯人はそれを開けたはずだ。取り換えるためには、一度外さなくてはならないからね」
「ああ、なるほど」
リリィに納得してもらったところで、僕らは博物館の事務所へと向かった。
閉館中とはいえ仕事は有るのか、事務員が二人いた。
突然入って来た僕らに驚く二人に会釈して、キーボックスへ向かう。
「えっと、たしかここに……あった、これだわ!」
サリーがキーボックスを開き、予備の鍵を指さす。
キーボックスの中は二つの空欄を除いて、全てのハンガーが埋まっていた。
「ここに有るという事は……えっと、つまりどういう事なんだ?」
リリィが複雑な顔で訊いてくる。どうにも、彼女が僕を相棒に指名した理由が分かってきた気がした。
「錠を取り換えた後、犯人がここに戻したという事ですよ」
「戻した?」
「だって、予備のカギがここに無かったら、錠を壊した説明が付かないじゃないですか。だからと言って、カギが紛失している事にすれば、今度は職員が疑われる可能性が上がってしまう。鍵を盗む以前に、事務所に人が居ない時間を狙って、施錠されている出入り口を突破する方が難しいのだから当然だ。それではいよいよ、外部からの犯行に偽装した意味がない」
「ああ。なるほど。職員の誰かが、昨日のうちに予備を持ち出して、夜中にこっそり入ってきたわけか」
リリィが納得すると、今度はサリーが異議を唱えた。
「それはおかしい。私が昨日ここに鍵を取りに来た時、カギはここに全部揃っていたわ」
「だとすると、唯一鍵を持っていたお前が怪しいという事になってしまうぞ」
「むっ、むぅ……確かに」
リリィの指摘で、自分を追い込んだことに気づいたサリーは顔をしかめた。
とは言え、僕にはもう犯人の心当たりは付いている。
「つまり犯人は、夜中にこっそり侵入するために、別の入り口のカギを持っていた人物という事になりますね、館長さん」
「うむ。確かにそうですな」
「館長さんは、正面玄関のカギをいつもお持ちなんですよね?」
そこまで言えば流石に気づいたのか、館長は顔色を変えた。
「なっ、貴方は私をお疑いなのですか! 館長の私がどうして?」
「仮にも一度憲兵隊が調べたのなら、不審に空いている窓や、強引に侵入した形跡を、見逃すとは思えない。だが、サリーさんは僕らにそう言った事は何も言わずに、犯人の経路をあの裏口だと断定した。
だけど今まで説明したとおり、犯人はそう偽装しただけで、実際には鍵を使ってあの二つ目の扉を突破しているんだ。だとすれば、昨日サリーさんがここを出た後、この鍵を回収するために、正規の方法でこの中に入った人物がいる。
ここには予備も含めた全ての鍵が二組ずつ全て揃っていて、無いのは、今サリーさんが持っている裏口の鍵と、貴方の正面玄関用の鍵だけ。それが出来たのは、貴方とサリーさんの二人だけなんですよ」
「犯人が、前もってどこかの鍵の複製を作っておいた可能性もあるでしょう」
「それはできない。なぜなら、遺体が発見されたのが二日前の夕方で、ここに運ばれたのは昨日だからだ。この博物館に遺体の話が入って来てから、時間的には実質二日も経って居ないはず。鍵を作る様な、そんな時間は無い」
「全ての鍵が揃っていたというのは、サリーの記憶違いでは?」
「それならまあ、ここの職員全員に疑いがかかりますね」
鍵をこっそり持ち出した人間が居たのなら、出て行くときは開いた裏口から逃げられるので、誰にでも犯行の可能性はある。
「そんな! 私確かに見たわ!」
サリーが反論し、事務員二人も立ち上がった。
「わ、私たちも昨日帰る時に確認しました!」
「俺も一緒に。その時は全部あったぞ!」
「さて、こうなるとあの三人が嘘をついている事になっちゃいますけど、まだやります?」
流石にここまで敵が増えると館長も言い逃れする気が無くなったのか、黙り込んだ。
「むぅ……」
「"第一発見者を疑え"か。確かに、誰も館長自身が盗みに加担するとは思うまい」
リリィはどこか呆れた様に呟いて、館長の前に立つ。流石前線で戦う冒険者だけあって、圧を放つと圧巻だ。
それに気圧されたのか、館長が小さな声で僕に言った。
「……ここでは何ですから、私の部屋に行きましょうか」
「いいでしょう」
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