表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/81

55 遺体の素性

 エルドラから受け取った依頼書に従って、僕は街の博物館へ向かった。

 遺体が安置されていたという研究室を訪ねると、一人の女性が待って居た。


「来たわね。貴方がレイズ? 北皇の残党から街を救った英雄だって聞いていたけど、ずいぶんと頼りないのね」


 赤毛が特徴的な研究員らしきその女性は、僕を見るなりそんな事を言った。


「えっと、君が死体の管理をしていたキュレーターかな?」


「そう。名前はサリーよ」


「そうか。よろしくサリー。僕はレイズ。こっちは助手のクーナさん」


「クーナだよ。――じゃなかった。クーナです」


 クーナは少し緊張した様子で名乗る。

 人見知りという事は無いが、こういう形で他人と触れる機会はこれまでなかったので、慣れていないのだろう。


「ふーん。子供連れなのね。本当に大丈夫なの?」


 サリーと名乗った研究員は、訝しむ様に僕らを見る。これも当然の反応だろうとは思うので、別に気にはしない。

 若くして冒険者になると、その能力を疑う大人は居るものだ。僕も10歳の時には情報屋を始めたので、こういった経験は山ほどある。


「初対面の相手に対する挨拶とは思えんな。まして、これから力を借りようという相手に、いささか無礼ではないか?」


 背後からそんな声がして振り返ると、そこにリリィが立っていた。

 彼女はギルド連盟の議長であり、冒険者の代表者的な人物だ。とは言っても、僕とそう歳は変わらなかったりする。前任者であるアストラが引退したため、彼女がその後任に任命されたばかりなのだ。

 

「あら、リリィ。貴女も来ていたの」


 サリーは、どこか挑発的な視線でリリィを迎える。


「今回の捜索には私もギルドの代表として参加するからな」


 リリィはサリーの視線など気にも留めて居ない様で、さらりとそう返した。


「リリィさん、どうも。ご無沙汰しております」


 一応僕からすると目上の人という事になるので、ちゃんと挨拶をしておく。


「こちらこそ。実際に話すのは探索隊の救助時以来か。ずっと君に礼を言わねばと思って居た。アストラを救ってくれてありがとう」


 そう言ってリリィは握手を求めてきた。それに応じながらリリィの顔を見ると、どことなくサリーと似てる気がした。


「もしかして、お二人は姉妹ですか?」


「不本意ながら、双子の妹よ」


 サリーがうんざりといった様子で答えた。姉妹仲はどうやら悪いらしい。


「姉という事になっているが、同時に生まれたのだから、そう変りないさ」


 リリィはサリーに一瞬悲し気な視線を向けて、そう答えた。


「彼女は?」


 クーナを見て、リリィが訊ねてくる。そう言えば、二人は面識が無かったか。


「クーナです。レイズの助手をしています」


 クーナはそう名乗ってリリィに頭を下げる。


「彼女は記憶力が良くて、おまけに僕より強い」


「若いのにしっかりしているね。噂は聞いているよ。とんでもない怪力で、期待の大型新人だってね。私はリリィだ。よろしく頼む」


 リリィはクーナにも握手の手を差し出した。

 他ギルドという事であまり関りが無かったせいもあって、厳しい人という印象があったが、意外と気さくで良い人だ。


「さて。事件の大まかな内容は、エルドラから聞いているかな?」


 研究室に入りながら、リリィは僕に確認を取った。


「ええ。第一層で発見された50年前の遺体が、何者かに盗まれたと」


「そうだ。まさにこの部屋に安置されていた遺体が、遺品ごと何者かに持ち去られたんだ」


「まったくいい迷惑よ。責任者に任命されて最初の仕事が、こんな形で妨害されるなんて」


 サリーは苛立った様子で、犯人への不満を漏らした。彼女の当たりが強いのは、そのせいもあるのだろう。


「犯人に心当たりは?」


「無いわ。私に対しても、死体に対してもね。でも、手掛かりはあるわ」


 僕の問いにかぶりを振って、サリーは持っていたノートを開いて見せてきた。

 途端に、クーナがくしゃみをした。


「くしゅっん!」


「大丈夫、クーナさん?」


「う、うん。平気」


 不思議そうな顔をしながら、クーナは頷く。


「ここ寒いからね。気を付けて」


 サリーがそう言って、クーナを気遣う。口は強いが、悪い人じゃないみたいだ。

 気を取り直して、ノートの事を訊ねる。


「それで、これは?」


「遺品は全て持ち去られたけれど、昨日のうちに記録を取ったものがいくつかあるわ。このノートは私が持ち歩いている物だから、難を逃れたってわけ。ほら、ここを見なさい」


 サリーが示したのは、首飾りのスケッチだった。エルドラの話にあった、冒険者証らしい。


「これは、冒険者証ですか?」


「そうよ。50年前、新大陸に最初に造られた冒険者ギルドの記章。この街の原点よ」


「そして我が『真紅の同盟』の最初期の記章でもある」


 サリーの説明に続けて、リリィが補足する。

 それを聞いて、リリィがこの場に現れた理由が理解できた。


「ああ、なるほど。だからリリィさんが捜査の担当になったんですね」


「ああ。発見された遺体は、我がギルドにとってとても重要な意味を持つ。それが、卑劣な盗人の手にあるなど許せない。なんとしてもこれを見つけ出し、犯人を成敗したいのだ!」


 やる気を見せるリリィを、サリーが鬱陶しいとばかりに手で払う。


「はいはい。暑苦しい演説は他所でやって頂戴」


「むっ、何を他人事の様に言って居る。お前は責任者だろう!」


「なによ! 盗まれたのは私のせいだって言うの? ここの警備体制がザルなのがいけないんでしょう! 文句なら、館長に言いなさいよ」


「そこまでは言わないが、事件の当事者として、認識が足りていないのではないか?」


「はいはい。どうせ私は意識が低いですよ。アンタみたいに暑苦しく講釈たれていれば、それっぽく見える訳?」


 サリーとリリィが言い争いを始める。これでは一向に話が進まないので、少し強めに仲裁した。


「止めないか二人とも。こんな所で喧嘩して何になる?」


「むっ……すまない。レイズ殿。見苦しいものを見せたな」


 リリィはハッとして、項垂れる。


「そうね。私も大人げなかったわ」


 サリーも攻めの姿勢を解いて、顔をそらした。

 反省した時の態度は、姉妹そっくりだ。言ったらまた喧嘩になりそうなので、口には出さないが。


「話を続けましょう。この冒険者証から、遺体は最初期の『真紅の同盟』の関係者だったことが分かったわ。それで、これよ」


 サリーはノートのページをめくり、今度は剣のスケッチを僕らに見せた。

 剣の鞘には文字が掘られて居たようで、サリーの注釈が書かれていた。それを読み上げる。


「ルド……ウイック?」


「持ち主の名前だと思って調べてみたら、予想的中。『真紅の同盟』を作った最初の四人のうちの一人に、ルドウィックという剣士が居たわ」


 サリーが自身の発見を得意げに語る。

 心当たりが有ったのか、その名を聞いてリリィが頷いた。


「隻眼のルドウイック。生まれながらに左目が不自由であったそうだが、剣の腕は超人の域だったと伝えられている」


 どうやら『真紅の同盟』内で語り継がれる、伝説的な人物らしい。

 肩透かしを食らったサリーは、少し不満そうな顔をする。


「解説どーも。おそらく、この遺体はそのルドウイックの物で間違いないと思う。記録によると、彼は47年前に探索中に行方不明になって、ダンジョンの中で死亡したという扱いになっていたわ」


「伝説的な人物の遺骨か。遺品一式だけでも、欲しがる稀有なコレクターは居るかもね」


 殺人鬼や大泥棒の遺品を収集する人間も少数存在すると聞く。ルドウイックもそんなに有名な人物なら、熱狂的なファンくらい居そうな物である。

 僕の予想に、リリィは頷いた。


「なるほど。そういう物をありがたがる連中と言うのは、昔から居るものか。……盗んだ動機はそれか?」


「私もその線は否定しないわ。でも、これを見てほしいの」


 サリーはいくつかページをめくり、肋骨のスケッチを僕らに見せる。

 どうやらルドウイックの肋骨には、刃物で刺された傷があったらしい。ちょうど心臓の辺りだ。

 注釈で、その傷から金属片を回収したとも書かれていた。


「肋骨に金属片だと?」


 リリィが顔色を変え、眉をひそめた。


「そう。採取した物はここに有る」


 サリーはシャーレを取り出してきて、僕らの前に置く。綿の上に置かれた金属片は、刃物の破片のように見えた。


「彼の死因は、自死だったのかい?」


「いいえ。彼の持ち物に有った刃物類は全て調べたけど、欠けた物は無かったわ」


 壁の中に閉じ込められて自害を選んだのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 武器を使う魔物が一層に居たという話は一度も聞かないので、そうなると真っ先に上がる可能性は一つだけだ。


「つまり、他殺か」


「ええ。ルドウイックは失踪した47年前に、誰かに殺された可能性がある」


 サリーの推測を聞いて、彼女が示すもう一つの可能性を僕らは理解する。


「まさか、その犯人が証拠を隠すために、発見された遺体を持ち去ったというのか?」


 どこか疑う様なリリィの言葉に、サリーは頷いた。


「ええ。そのまさかの可能性もあり得るでしょう?」


「この場での話は所詮しょせんは仮定だ。どんな可能性だってあって良い。その分、調べる当ては増えていく」


「良い事言うじゃない。柔軟に考えられる人は好きよ。貴方、学者に向いてるかもね」


「どうも」


 彼女の意見を肯定したからか、サリーの機嫌が急によくなる。サリーにお褒めの言葉をもらい、僕は肩をすくめた。


「それ以外に、手掛かりは有るか?」


 リリィの問いに、サリーはかぶりを振る。

 遺体に関しては、これ以上の事は分からないみたいだ。それでも彼女のおかげで、だいぶ多くの情報を得られた。


「今のところは何も。憲兵隊も館内を調べて行ったけど、特に発見は無かったみたいね」


「今日は休館しているんだよね?」


「ええ。事件があったから臨時休業。関係者以外は誰も入ってないわよ」


 その返答を聞いて安心する。人の出入りが多いほど、証拠が消えてしまうからだ。


「そうか。憲兵隊を信用していない訳じゃないが、僕らの方でも一応調べてみようか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ