54 五十年目の帰還
意外にも多くの評価をいただきまして、少し驚いております。ありがとうございました!
続きを望む感想もいただきまして、書き手としてはこんなに嬉しい事はありません。
タイトルの内容は網羅してしまったため、内容から少し脱線するかもしれませんが、レイズ君たちの冒険をもう少し書いてみようと思います。
もしよろしければ、もう少しお付き合いをよろしくお願いします!٩(ˊᗜˋ*)و
その日、エルドラは後輩の冒険者二人を連れて、ダンジョンの第一層を探索していた。
依頼を遂行して帰路を移動中だった一行は、その道中で崩れた壁を発見した。
「エルドラ先輩、なんか見慣れない道が出来てますよ」
回復魔法使いのユクリータが、崩れた壁の向こうに穴を発見し、エルドラに報告する。
「地図にも載ってないみたいだぜ」
剣士のアイザックが即座に地図を参照し、その穴が未発見の物である事を確認した。
「あら、本当。最近崩れて空いた穴みたいね……」
エルドラは崩れた個所を観察して、そう結論を出す。
魔物の活動や冒険者の戦闘によって、ダンジョン内の地形が変化する事は珍しくない。これもその一種なのだろうと考えた。
「魔物の仕業でしょうか?」
緊張気味に、ユクリータはエルドラへ訊ねる。
「そうならこの先は魔物の巣よ。二人とも、気を付けなさい」
それほど危険な気配も感じられなかったが、エルドラは新人たちに警戒心を解かせないため、あえて脅して穴の中へと踏み込んだ。
「は、はい。ユクは俺の後ろに」
「うん。気を付けて」
アイザックもユクリータを庇いながら、エルドラの後ろに続く。
穴の先は見た目ほど深くなく、わずかな空間がくり抜かれているだけであった。
充満する湿った匂いに、エルドラは顔をしかめる。
「……籠った匂い。今までずっと閉じられていたの?」
「先輩、これを見てください!」
唐突に、アイザックが叫んだ。鬼気迫るその声に、エルドラは慌てて振り返る。
アイザックが照明を向けた先には、白骨化した死体が在った。
「冒険者の遺体? 随分と時間が経っている様ね……」
装備品の様子からそう予測して、エルドラは遺体を調べる。
白骨死体が身に着けている装備はどれも意匠の古いもので、少なくとも十年以上前の遺体ではないかと、エルドラは見た。
「それって、冒険者証ですか?」
ユクリータが死体の首元にペンダントを見つけて、指をさす。
「ええ。おそらくね。でも、こんな形は見た事が無い」
それはギルドの会員に配られる記章の類に思えたが、連盟に所属するギルド全ての記章を把握しているエルドラにも、覚えの無い物であった。
◆
「50年前の冒険者の遺体だって?」
突然訊ねてきたエルドラは、僕に依頼したい事があると言って、ダンジョンで白骨遺体を発見した話を聞かせてくれた。
彼女が言うには、その遺体は50年前に死んだ男の物だったらしい。
「そうなのよ。ガーランドさんが言うには、見つかった遺体が持っていたのは、一番最初のギルドの証明飾りだって」
「そんな物がよく残っていたね」
ダンジョン内は環境の変化が激しいので、生き物の死体はすぐに風化してしまう。
冒険者の遺体が綺麗な状態で長く残っているのは、非常に稀な事だ。
「何かの拍子に地面に閉じ込められたみたいで、状態は随分と良かったわ」
その理由を、エルドラはそう説明した。
外気に触れる事の無い環境で、守られ続けていた遺体。なんだか浪漫のある話だが、問題はどうしてそんな状態になったかである。
「それで、僕に依頼って? さすがにそんな古い情報は扱って居ないよ」
僕が創業したのは10年前なので、それ以前の事となると、いくらダンジョンの話とは言っても厳しい物がある。
そもそも、僕の仕事は新しい情報を更新する事で、古い事実を掘り起こす事じゃない。
そういうのは、歴史学者あたりの仕事だろう。
「……遺体が盗まれたのよ」
エルドラはポツリとそんな事を呟いた。
突飛な内容に、思わず自分の聞き違いかと疑った。
「はっ? えっ、50年前の冒険者の遺体を?」
「そう。状態がすごく良かったから、街の歴史研究に使う名目で、遺体は遺品ごと博物館に運び込まれたの。それがつい昨日の事よ。それから遺体は一晩のうちに盗まれたわ」
「いや、どうしてそんな……」
戸惑う僕に、エルドラはかぶりを振る。
「私は犯人じゃないから分からないわよ。あの遺体にどういう価値があるのかなんて、こっちが知りたいくらい」
「って言うか、それって憲兵隊の仕事なんじゃないのかい?」
盗みとなれば、いよいよ僕の出番は無い。
デイビスは組織犯罪担当なので、そっちの方向でも今回は無関係だ。
「今回は内容が内容だけに、連盟も動く事になったの。憲兵隊と冒険者連盟の合同捜査ってわけ。そこで連盟は、この件の調査に貴方を指名した。連盟直々の依頼よ。私はただの仲介役」
「僕は情報屋であって、捜査代行はしていないのだけどね」
カリアビッチやホランドの件はあくまでも成り行きでやった事で、本業の範囲とは思って居ない。
「それ以前に冒険者でしょう。連盟の指名なんだから、理由も無く断れないわよ」
エルドラはどこか厳しい口調で、釘をさした。
どうやら僕がこの仕事を受けるのを、渋っていると思われたらしい。
「分かってるさ。大丈夫。頼まれた仕事はちゃんとやるとも」
必要とされればそれに応えるのが僕の信条だ。だが、純粋に理由は知りたいと思う。これはどう見ても、情報屋の仕事じゃない。
「なら良かったわ。これ、指示書」
僕が依頼を受けることを宣言すると、エルドラは気を良くした様に笑って書簡を手渡した。
「確かに受け取った」
「それと、これは個人的な事なんだけど……」
わざわざそう前置きして、エルドラは言う。
「ギルドの立て直しで忙しかったから、随分と時間が空いてしまったけれど、あの時のお礼をさせて頂戴。ノーデンスの件は貴方に頼る部分が本当に多かったわ。ありがとう。貴方のおかげで全て上手く収まった」
「僕の方こそ、父への誤解を解くきっかけを作ってくれたことは、感謝してもしきれないよ」
そう感謝の言葉を返すと、エルドラは嬉しそうに微笑んだ。
「それでね、もし良かったら、今度食事にでも―――」
エルドラが何かを言いかけた途端、厨房の扉が勢いよく開かれた。
「抜け駆け反対!」
そんな掛け声を上げて、クーナがミニケを追いかけながらロビーに入ってきた。
「フハハハハッ、甘いわクーナちゃん! 残り物スイーツ争奪戦は、箱を開けた時から始まっているのよ!」
ミニケは紙に包まれた揚げパンを天高く掲げて、どこか悪役っぽく高笑う。
どうやら、おやつの争奪戦をしていたらしい。
あれはついさっき、得意先の錬金ギルドからもらったお礼の品だ。もらった時にミニケとクーナは即食べたので、残っているのはロネットと僕の分という事になる。
「おーい、それ僕の揚げパン。食べたら、一週間お酒抜きね」
「あっ、ヤベっ、返してこよう」
ミニケは大慌てで厨房に引き返していく。
直後に厨房から、ミニケを叱るロネットの声が聞こえてきた。
いい歳して何をやっているんだ、あの人は。
「ごめんね。えっと、それで何だっけ?」
静まったところで、もう一度エルドラに話を聞く。
「えっとね、今度食事に―――」
タイミング悪く、ロネットがロビーに出てきてエルドラに声をかけた。
「あっ、エルドラ来てたんですね」
「久しぶり!」
クーナもロネットの背後から顔を出し、陽気に手を振る。
二度も話を遮られた怒りからか、エルドラは無表情になって、虚ろな視線をロネットへと向けた。
すぐ目の前で見ているのもあって、滅茶苦茶怖い。エルドラは静かに怒るタイプらしい。
「…………」
「あっ、あれ? エルドラはどうして怒ってるんですか?」
エルドラの無言の圧力を一身に受ける事になったロネットは、泣きそうな顔でじりじりと退いて行く。
途端、エルドラがロネットに向かって駆けだした。
「知らないわよおおおお!」
「きゃあああああ!」
大の大人が二人で鬼ごっこを始める。
その様子を不思議そうに眺めながら、クーナが近づいてきて僕に訊ねた。
「二人は何をしてるの?」
「さあ? 何だろうね」
二度目は聞こえてたんだけどな。なんだか言い辛い空気になってしまった。
可哀想だから、今度ロネットにも何か御馳走してあげようと心に決めた。