53 冒険者の街の情報屋
さて。情報屋として、きっちりと事の顛末も記しておくとしよう。
ノーデンスはあの夜の翌日、憲兵隊の基地の前で発見された。
全身ズタボロで満身創痍だった彼は、すっかり人が変わった様に素直な人間になっていたとか。
そんな彼は憲兵隊に、自分の罪を洗いざらい告白したそうだ。
それによって裁判では有罪確定。
自白があるとはいえ、国家転覆をほう助した罪は重く、殺人に関与している事もあって、一生出ては来れないだろう。
ちなみにあの後ノーデンスの身に何があったのかは、僕は知らない。きっと知らなくても良い事だ。
連盟の規約には、過去一度も使われた事の無い項目が存在する。連盟全体に影響を与え、冒険者の存在を危うくした存在が現れた場合、総力をもってこれを粛清すべしというものだ。
それがあの晩に発動されたわけだ。
ホランドを捕まえた後、僕はクーナとコーデリアに頼んで、ノーデンスの事をリリィに伝えに行ってもらった。
それによって食人鬼対策で集まっていた冒険者たち全員の耳に届き、それが瞬く間に伝播して、結果あの様な展開になってしまったのだという。
街とギルドを裏切った事に対する怒りもあっただろうが、みんながそれだけ『凪の雫』と先代に対して想いを持っていてくれたことは、個人的に嬉しかった。
中には、父とリュートさんの死に対しても怒りを露にしてくれた古株の冒険者達も居たのだ。
きっとノーデンスは、本気になった冒険者がマフィアより質の悪いものになる事を、その身をもって知った事だろう。
ホランドの方はと言えば、北皇の状況を知る参考人として王都に送られ、本国で裁かれる事となった。
彼が愛国心を示して沈黙するか、変わり果てた祖国を見捨てるのかは分からない。
どちらにしても、遠く離れた海の向こうの事だ。しばらく情報は聞こえて来ないだろう。
『凪の雫』は戻ったガーランドがギルドマスターとして立て直す事になり、エルドラも祖父のギルドを大事にしたいと言って戻って行った。
ミニケが組合の上納金と、移籍費用を気前よく返金した事で、移籍して来た『凪の雫』の冒険者も全員が古巣に戻って行き、結局最終的に僕らのギルドはまた元のメンバーに戻ってしまったのだった。
「本当に良かったのミニケさん? せっかくギルド再建に一歩前進したのに」
手記を書く手を止める。閑散としたロビーを見て、ミニケにそんな事を訊いてみた。
「良いの良いの。やっぱりみんな、馴染んだ職場で仕事をしたいんだから」
ミニケは人の好さそうな笑みを浮かべて、そんな呑気な事を言った。
「商売下手なのは、僕も君も変わらないか」
「おいおい、そんなこと言ってちゃ困るよ。ウチの稼ぎ手は君とクーナちゃんだけなんだから」
冗談ぽく笑って、ミニケは僕を肘で小突く。
「まあ、ほどほどに頑張るよ」
僕らがそんな話をしていると、離れた所からクーナの声が聞こえてきた。
「本当に、ごめんなさい!」
見ると、ギルドの前でクーナがロネットに頭を下げていた。
「い、良いんですよ。あれは操られて仕方の無かった事だし、死なない様に手加減してくれたのは分かってますから」
低姿勢のクーナに戸惑いながら、ロネットはそう応じる。
「でも、四日も入院してたんでしょ? 骨が滅茶苦茶に折れていたって……クーナも殴ってください!」
背筋を伸ばして、両目をきつく閉じるクーナ。むしろ殴り辛いわ。
「えっ、ええ!」
ロネットがそんな事をするはずも無く、直立不動のクーナの前でおろおろとしていた。
「こらこら。ロネットさんを困らせないの。良いじゃないか。ちゃんとクーナさんの気持ちは伝わってるよ」
外へ出て、クーナを叱る。
ロネットも同意して頷いた。
「はい。その通りです。だからもう、気にしないで」
「うぅ……そういう事なら」
困った顔を浮かべながら、クーナは渋々納得する。
「そう言えば、今日はどうして?」
ロネットに訪ねてきた理由を聞くと、彼女は僕とミニケを見て背筋を伸ばした。
「ああ、はい。このギルドに移籍しようと思いまして」
「良いのかい?」
「はい。エルドラにも相談したら、その方が良いだろうって。私のお役目も、無くなってしまいましたから。これからは自分のしたい事をしようと思います!」
そう言ってやる気を見せるロネットを、ミニケは茶化す。
「なるほど。度重なるライバルの出現に危機を感じて、少しでも有利な立場を取りに来たわけですな」
「えっ! ああ、えっと……もうっ! 私だって怒りますよ、ミニケさん!」
驚いて、戸惑って、そして怒り出す忙しいロネット。
しかし、怒ってもそんなに怖くないな。
「ははー、怒っても可愛いー」
同じような感想を持ったのか、ミニケが表情を緩ませて和む。
そんな彼女の頭に軽く手刀を打ち込んだ。
「からかうな。せっかく移籍したいって言ってくれている冒険者を、君が煽ってどうするんだ」
「はっ! 確かに! 辞めないで、ロネットちゃん。私が悪かったよぅ」
途端にミニケがロネットにすがり付く。
「まだ、加入すらしてませんけど」
ロネットはミニケのこういった言動を見慣れていないのか、若干戸惑っている。
今後ロネットがミニケに翻弄されるのかと思うと、ちょっと楽しみな気がした。意地悪な話かな。
不意に、クーナが僕の腕にしがみ付いた。
「レイズはクーナのだから、いくらロネットさんでも渡せないよ」
突然の宣言に、大人一同唖然。
「く、クーナちゃん!!」
ロネットが大口を開けて固まり、ミニケがはしゃいだ。
「おお、盛り上がってきた!」
おいそこ、煽るな。
「クーナさん、またどうして?」
僕が訊ねると、クーナは少し拗ねた。
「むっ……クーナにちゅーまでしておいて、今更何もないなんて言わせないんだから」
そう言って恥ずかしそうに顔を背けるクーナ。これはもう、言い逃れのしようが無い。
「そっ、そうなんですか!」
「こいつ、やりやがった!」
ロネットが青ざめて、ミニケが盛り上がる。
「い、いやいや。あれは呪いを解くために必要な行為で―――っていうか、アンタの発案だろう!」
「あははは、そうだっけー」
とぼけた様子で笑って誤魔化すミニケ。後で覚えとけよこの野郎。
「く、クーナちゃんに先を越されるなんて。これは予想外の展開です」
ロネットがわなわなと震えて、怒りだか決意だかを燃やしている。
これからが楽しみとか言ったの撤回。なんだか波乱の予感しかしないぞ、おい。
「ま、まあ、とりあえず探索に行こうか。ちょうど、四層の調査に行こうと思っていたんだ」
「あ、誤魔化した」
余計な事を言うミニケの頭に手刀を食らわせる。
「痛いっ! 今日はいつもより激しいにゃん」
目に涙を浮かべながらも、やっぱりふざけるミニケ。
彼女なりに、修羅場にならない様に振舞ってくれているのだろうか。だとしたらちょっと悪い事をした。
「クーナ、初めての四層なんだ!」
気合十分、クーナが楽し気にそう言った。戦いと冒険が楽しくて仕方がないらしく、このところクーナは活き活きとしている。
「となると、回復役は必須ですね! お供します!」
そんなクーナに影響されてか、ロネットもやる気を見せた。
「気を付けてねー。無事に帰って来るんだよー」
ミニケは頭をさすりながら、緊張感の無い声で僕らを送り出す。
「じゃあ、行こうか」
クーナとロネットと三人パーティーで、ダンジョンへ向かって歩き出した。
これが僕の新しい日常。
ダンジョンが在る限り冒険者が居て、情報屋の仕事も必要になる。
僕は英雄にはなれないけれど、いずれ底へ到達してそう呼ばれる人々の為に、道標を作り続ける。
それは実に、やりがいのある仕事なのだ。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
誤字報告をしてくださった方々、感想をくださった方、ブックマークや評価をくださった方、本当にありがとうございました。完結まで書き続けられたのは、読んで下さった貴方のおかげです!
感謝(*ᴗˬᴗ)⁾⁾