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47 コーデリアの知恵

 薄っすらとした覚醒の中、陽の光が眩しくて腕の中に顔をうずめた。

 不意に背中にかけられた毛布の感触で、本当に現実へと引き戻される。


「ああ、ごめん。起こしちゃった?」


 瞼を開けると、しまったという顔をしたミニケの姿があった。

 目覚めた時、見慣れた隣人が傍に居るというのは悪くない。なんだか安心して、僕はおはようと言葉を返す。時計は午後を指していた。寝ぼけた話だ。


 ふと、自分の背中に毛布がかけられている事に気づき、目覚めた時にミニケが傍に居た理由を察した。


「これ、ミニケさんが? ありがとう」


「最近無理し過ぎじゃないか? ほとんど休んでいないだろう」


 どこか心配した様子で、ミニケは言う。

 彼女の言いたい事も分かる。僕は資料をテーブルの上に広げたまま、その上に突っ伏して眠ってしまったらしい。ここ最近は寝る間もしくて、ほとんど寝られていないせいだ。

 ホランドの居場所に、クーナにかけられた魔法の解明と、調べなければいけない事は山ほどある。


 今日はロネットに手伝ってもらって、奴隷魔法について調べていたのだが、その途中でロネット共々寝落ちてしまった様だった。僕の前で、ロネットも寝ていた。退院早々、無理をさせて申し訳ない。


「うん……でも、クーナさんが心配だから」


 案じてくれるミニケに、そう返す。効率が悪いのは自分でも分かっているが、クーナの事が心配で、落ち着いて休む事なんてできないのだ。


「それはボクも一緒だよ。だから、いい加減頼っておくれよ。君はいつもボクを助けてくれるのに、ボクに助けは求めないんだもんな」


 ミニケは拗ねた様にそう言って、僕の前に地図を出した。


「これは?」


「ボクの方でも、伝手つてを頼ってホランドとかいう男の行方を捜してみた。ククリ刀を得物にしている冒険者は珍しいからね。結構、目立ってるみたいだよ。とはいえ、ボクはあまり専門じゃないから、情報の精度は低いと思うけどね」


 地図上には複数の点が打って有り、それがホランドらしき人物の目撃された場所の記録なのだと理解した。


「いや、これはかなり役に立つよ。ありがとう、ミニケさん」


「うん。ボクにできるのはこのくらいだけだから……クーナちゃんの事お願いね」


 ミニケは不安そうな顔をしながらそう言った。彼女もクーナの事が心配で、行動せずにはいられなかったのだろう。


「ああ。絶対に助ける」


 僕らはもう家族なんだ。誰一人欠けたって駄目だ。


 ギルドの玄関が開かれて、エルドラが入って来た。彼女はロビーを探すように見渡して僕らの姿を見つけると、声をかけた。


「レイズさん、居る? 貴方にお客さんよ」


「わわっ! なになに? 敵襲! ――ああ、なんだ、エルドラですか。びっくりした!」


 静かなロビーで突然エルドラが大声を出した事で、眠っていたロネットが飛び起きた。


「いや、びっくりしたのはこっちよ。どうしたの」


 歩み寄って来たエルドラが、戦闘態勢を取るロネットに苦笑いを向ける。


「あ……すみません。調べ物の最中に眠ってしまったみたいで……」


 ロネットは状況を察すると、そう言って恥ずかしそうに小さくなった。


「冒険者ギルドは賑やかな場所だと聞いていましたけれど、本当ですのね」


 聞き慣れた声がして向くと、エルドラの後ろから見覚えのある少女が歩いて来るのが見えた。


「ああ、コーデリア様。来ていただいて申し訳ない」


 今日は僕の方からコーデリアを呼びだして、ギルドに来てもらった。

 彼女が来る前に起きて良かった。流石に客を呼んでおいて昼寝中では、体面が悪い。


「お父様が居ないときは、そう畏まらず呼び捨てにしていただいて構いませんのよ、レイズ様。わたくしは貴方様の為ならば、何時いかなる状況でも馳せ参じますわ」


 コーデリアは明るい笑顔を浮かべて、辞儀をする。


「「レイズ様?」」


 ロネットとミニケが同時にこちらを見た。なんだろう。ひどく覚えのある状況だぞ。


「ちょっと、また新しい女の子? 誰なのさ、あの可愛子かわいこちゃんわ」


「新しい女とか言わないでくれ。人聞きが悪い。ちょっとした知り合いだよ」


「婚約者ですの」


 コーデリアがさらにややこしい爆弾をぶっこむ。


「「婚約者!?」」


 うーん、これも既視感。


「そ、そうだったんですね。既に心に決めた方が……そ、そそそそうですよね。レイズさんみたいな人、みんな放っておかないですよね」


 ロネットが青い顔をしていた。定まらない視点で虚空を見つめて、小刻みに震えている。まるで壊われた機械みたいだ。


「ちょっと、ロネット! 戻ってきなさーい」


 エルドラがロネットを引き戻そうと揺さぶる。


「ああもう、無茶苦茶だよ。断じて違うから。今の僕にその気は無いと、はっきりお断りしたはずだ」


「今日は気が変わったかなって、思いまして。珍しく、レイズ様から呼んでいただけたものですから」


 コーデリアの勘違いは、そこから生じたものらしい。用件を伝えなかった僕が悪いのか。

 ……いや、この子の押しの強さは元からだったな。


「ああ。今日来てもらったのはそういう話ではなく、君の知恵を借りたいからなんだ。魔法研究者としての、君の助言が必要なんだ」


 呼び出したわけを説明すると、コーデリアは嬉しそうにしながらも、しかししっかりとした顔で頷いた。


「そういう事ならお任せください。レイズ様の為ならば、不肖コーデリア、全身全霊をもって問題の解決に当たらせていただきますわ」


「ありがとう。心強いよ」


「も、もしかして、コーデリアさんって、魔法学院主席卒業生の!」


 ようやく意識を取り戻したロネットは、コーデリアの正体に気づいて反応した。


「あら、私の事を知っていますの?」


「はい! 継続効果型治癒魔法の魔法式を200年ぶりに書き換えた大天才。回復魔法使いで、貴女を知らない人なんていません! あの複雑でありながら無駄の一切ない美しい魔法式。初めて見た時、本当に感動しました! お会いできて光栄です!」


 好きな事を早口で語るモードが発動したロネットは、コーデリアの事をそんな風に称賛する。


「ふふっ、そんなに持ち上げられると照れてしまいますわ」


「そんなにすごい人なの?」


 ミニケが、よく分からないから説明してという顔を僕に向けた。


「コーデリアさんは、いわゆる神童でね。特に回復魔法の研究分野で、色々と実績を残している人なんだ。僕は魔法使いじゃないからその辺は詳しくないけど、分かる人には偉大な人物さ」


「へえ、若いのにすごいんだ」


「もしかして、彼女を呼んだのはクーナちゃんの事?」


 エルドラが事情を察して、そう訊いてきた。


「うん。コーデリアさん、これを見てほしい」


 僕はテーブルの上から一枚の紙を取って、コーデリアに差し出した。

 それはロネットと僕の記憶をたよりにして書いた、クーナの奴隷魔法の魔法陣だった。

 魔法陣の形が分かれば、魔法の構造が分かる。そうすれば解呪方法が見つかるかもしれない。

 魔法の専門家であるコーデリアに助言をもらいたかったのは、この為だった。


「あら、王国の魔法系統ではありませんわね。これは?」


 単なる図形の組み合わせだけを見てそう指摘し、コーデリアは訊き返してきた。

 僕には魔法はさっぱりだが、やはり専門家が見ると一目で色々と分かってしまうものらしい。


「話せば長くなるが、奴隷魔法の一種だ。かけられた人間の自我を押さえつけ、命令に絶対服従の物言わぬ人形にしてしまう。僕らはその魔法をかけられた女の子を助けたいんだ」


「この魔法の解呪方法を見つけたいのですね」


「ああ。だが、それは記憶を基に書き起こした断片的なもので、完全じゃないんだ。ある筋の情報で、おそらく北皇国発祥の古い魔法だというのまでは分かったんだが、それに関する記録は手に入らなくて、行き詰っているんだ」


 昨夜カリアビッチから、ホランドの使う魔法についても、いくつかの話を聞き出した。

 ホランドは北皇西部の出身で、そこに伝わる伝統的な魔法を習得した、呪術師の家系の出だという。


「形状が分かっているだけでも、大きな手掛かりですわ。魔法の構成要素は、図形と文字、そして属性を示す6種の紋章だけ。奴隷を拘束する呪いは、まず間違いなく≪闇≫ですから、紋章もクリアですわね」


 コーデリアは僕らにそう解説しながら、紙に書いた図形に、闇属性の紋章と細かい図形を書き加えた。


「なるほど。さすが作る側ね」


 エルドラがその様子に感心した様子で呟いた。

 僕ら冒険者は作られた既存の魔法陣を覚えて使っているだけなので、自作で魔法陣を作る事は出来ないし、知識も無い。

 魔法陣を描くという行為はとても高度な知識を要求される業で、薬師、錬金術師と並んで、世界で最も習得が難しい三大技術と言われるほどなのだ。


「足りない必要最低限の要素を書き加えましたわ。どうかしら、ロネットさん」


「はい。一瞬の事だったので断言はできませんが、クーナちゃんの首に光っていたのは、これとほぼ同じ物だったと思います」


 ロネットは紙上で完成された魔法陣を見て、頷いた。僕の記憶とも確かに一致する。内部に入っていた北皇文字が無いだけで、後は完ぺきに件の魔法陣と同じ形だった。


「古い形式の魔法の様ですし、北皇の魔法は戦時中に研究し尽くされていますから、これで大体何をしているのか予想はつきましたわ」


 コーデリアはそんな頼もしい事を言ってくれる。


「解除できるのかい?」


「対応する魔法はすぐに作れますけれど、条件がありますわ。対象者の意識を引き戻す必要がありますの」


「でも、意識は魔法で抑圧されているんじゃ……」


「ええ。でも、あくまでも抑圧されているだけで、無くなったり封じられている訳じゃない。その人の興味を強く引き付ける何かが在れば、反応は示すはずですわ」


「それなら大丈夫だ。クーナさんは僕と対峙した時、微かに反応を示した」


 ダンジョンで遭遇した時の反応は、クーナの意識が魔法に抗おうとしていた兆候だったのか。

 あの時助けられなかった事が、より苦しく感じられた。


「そうなると、そのクーナさんにより強くレイズ様の事を意識させる事が出来れば、条件はクリアですわね」


「でも、より強くってどうするんですか? 話しかけ続けるとか?」


 ロネットは首を傾げる。

 彼女の言う通り、クーナにその兆しがあるとはいえ、僕が前に立つだけで完全に魔法に抗えるとは言い辛い。それならダンジョンでの遭遇時に、ホランドの命令に抗うくらいの事はしているはずだ。

 まだ要素として大きく何かが足りていないのだ。


「それで、どのくらいクーナさんが反応を示すかによりますわね。できれば意識を一点に集中して、他の事を考える余裕が無いくらいのところまで持って行きたいところですわ」


「なら、いいアイデアがあるよ」


 ミニケが唐突にそう言った。


「大丈夫なのかい?」


 思わずそう訊いてしまう。


「どうして、私の時だけそんな渋い態度!」


「そりゃあ、貴女の日ごろの行いのせいでしょうよ」


 エルドラが苦笑する。ミニケは結構間が抜けているから、心配にもなる。


「大丈夫だって。自信あるから。お耳を拝借」


 そう言って、ミニケは僕の耳元で小さく案を告げる。

 どうしてそんな事をするのか不思議だったが、その内容を聞いて納得した。


「……はぁっ? そんな事でどうにかなるわけないだろう!」


 あまりにも馬鹿な方法に、僕は唖然とする。

 しかしミニケは自信に満ちた顔で、否定する僕に言葉を返した。


「何言ってるんだ、レイズ君。こんなのは、大昔からおとぎ話のセオリーなんだぜ」

大量の誤字報告感謝です! ありがとうございました。(人_<`;)


読んで下さり、ありがとうございます!

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