46 裏切り者に粛清を。
早朝の港に、騒がしい荷積みの音が響く。
港の端に停泊した帆船の一隻は、カリアビッチの組織が所有する船である。
オルコラからの追放命令が下った直後から、カリアビッチは部下たちに命じて財産を船に運び入れていた。
ホランド達の離反によって戦力となる部下を失った彼には、オルコラと戦うほどの力は残されていなかった。最悪レイズとエルドラの扇動によって、冒険者までが敵に回る可能性もある。
三度目の撤退を余儀なくされたのだ。
「どーこーへー行くんだー、カリアビッチ!」
甲板上で暁の水平線を眺めていたカリアビッチに、突然軽快な声がかけられた。
その異常に間抜けな調子が不気味に感じられて、カリアビッチは飛び上がる。
振り向いた先には、ホランドの姿があった。黒衣を纏い、二本のククリ刀を持ったその出で立ちは、さながら死神の様。
「っ! ホランド、なぜここにっ! 部下たちはどうした?」
カリアビッチはそこで気づく。いつの間にか荷積みの音が消えている事に。周囲に部下たちの姿が見当たらない事に。
「上官がこの街を去るというんだ。部下として見送るのは当然だろう?」
ホランドは茶化した様子でそう答えた。
「もうお前とは他人だ。今後会う事も無いだろう。お前はお前で上手くやっていけ」
「おいおい。それは無いぜ隊長。寂しいこと言うなよな。お別れはきっちりここでしようぜ」
ホランドがそう返した直後、風を切る音と共にカリアビッチの右太ももに激痛が走った。
「ぐああああああ!」
見れば太ももに、ククリ刀が突き刺さっていた。
「俺達を裏切って利用したアンタが、その汚れた足で祖国の土を踏むなんて、そんなの見過ごせるわけないだろう?」
しりもちをついたカリアビッチに、ホランドはゆっくりと近づいて行く。
「きっ、貴様! まっ、待て! 話し合おう。そうすればわかり合えるさ。もう戦争は終わったんだ。平和にいこうじゃないか」
「祖国のために血を流せ。裏切者には死の鉄槌を。北皇軍人の教訓を忘れたか、カリアビッチ!」
横一閃。ホランドがククリ刀を薙ぎ払い、カリアビッチの喉元が裂けた。
「ぐふっ―――」
血を吐き出して、カリアビッチは甲板上で跳ねまわり、やがて息絶えた。
「地獄で同志たちに詫びるがいい」
死体からククリ刀を抜き取り、深い憎悪を込めてホランドは呟いた。
◆
「コイツはひどいな……」
甲板の手すりから吊り下げられた死体を見て、デイビスは呟いた。
デイビスは昼番の出勤早々、出動命令を受けて港へと直行してきた。
殺人事件であったが、被害者の関係で組織犯罪専門であるデイビスの隊が呼ばれる事となったのだ。
被害者はカリアビッチと、その部下十数名。全員が刃物で切られて殺害されており、その死体が港中に無造作に転がっている。
しかしカリアビッチだけは特殊で、ロープで逆さ吊りにされる形で船の側面にぶら下がっていた。
「デイビスさん、これオルコラの仕業でしょうか?」
憲兵がデイビスの隣へ来て、そう意見を求めた。
「いいや。違うな。死体を逆さ吊りにするのは、北皇軍の処刑スタイルだ。それに、これを見て見ろ」
デイビスはかぶりを振って、カリアビッチの死体の上を指さす。船の側面に、血文字で宣戦布告が大きく描かれていた。
「――『レイズ、次はお前の番だ』か。デイビスさん、これって!」
「ああ。ホランドの野郎が動き出した」