45 ギルド崩しの真相
切りどころが見つからなかったので、いつもより長めになってしまいました。
( ;-`д´-)
「まるで軍法会議だな」
店内で僕らを待っていたのは、オルコラとその部下たちだ。敵の集団に囲まれた中で、これから自身の潔白を証明しなければならないカリアビッチは、状況をそう表現した。
「まず、話を始める前に一つ聞いておこう。今君は、どういう立場でここにいる?」
カリアビッチが席に就くと同時に、オルコラが彼に問う。
「……初めまして、オルコラ殿。私はカリアビッチ。北皇の組織から派遣され、この街に勢力を置く事を命じられた者。新興の組織にて名は『マカブポリュニチリ』と申します。この街は全てを受け入れる地と聞きました。調停者である貴方に、我々がここに根を下ろす事を御認め戴きたく、こうしてお願いに参じた次第です」
そう挨拶の言葉を述べて、カリアビッチは自身に敵対の意思がない事を主張した。
「そうか。あくまでも組織と名乗るか。では、もう一つ訊ねたい。北国の偉大なる指導者とやらは、どうして君たちの様な集まりを認めた? あの国は、どう変わった?」
オルコラは更に問い詰める。カリアビッチの言葉をそう簡単に信じる気は無いという、攻める姿勢が感じられた。
「一年前の事です。党内派閥の対立によって北皇の情勢が不安定になり、その隙をついて市民が蜂起しました。結果として指導者の不在が明らかになり、事実上あの国は崩壊したのです。もちろん、それを諸外国に知られれば侵攻の隙を作る事になりますから、情報の流れは依然として徹底的に封鎖され、外からは変わらないように見せている。その中で秘かに国の建て直しを進めています」
「にわかには信じられない事だが……あれから30年。何かしらそういった変化は起こるものか」
オルコラは思案顔をする。真偽以前に、敵国の崩壊と革命の話など、オルコラには信じがたいのかも知れない。
「私も元は軍人でしたから、貴方の事は伝え聞いていますよ」
カリアビッチはオルコラにそう言った。
「ふふっ、私は君たちの国ではどのように伝えられているんだ?」
「捕虜を誰一人殺さなかった、騎士道の男だと。これはお世辞ではなく本当に。貴方の戦い方には、人らしさがあった。それは私たちの国に長く足りなかった要素の一つだ」
話の軌道が逸れ始めている。これで重要な所をなあなあにされてはたまらない。まあ、オルコラはそんな間抜けな人ではないが、一応僕から話を戻した。
「……カリアビッチさん、僕からも一つ聞きたい事が在る。ホランドの事は知っていますね? 彼は何者なのです? 貴方の言う通り北皇が国の建て直しに追われているのなら、当然今は王国に攻撃を仕掛ける余裕は無いはずだ。なのに彼は、この街で領主の子息であるウェンディッド一行を暗殺しようとした。これはまったく反する行いだ」
「奴は私の名前を出したか?」
「ええ。全ての黒幕はジョン・カリアビッチにあると。だが、僕にはそうは思えない」
「そう言いきる根拠は?」
「貴方はあの男ほど、戦いに熱心なタイプには見えない。冒険者と軍人は違うかもしれないけれど、僕の経験からして、あれは戦いに飢えている人種だ。殺し合いがしたくて、仕方がない。その為なら、結果自分の命だって惜しくないと思っている。そういう危険な男だと思う」
ダンジョンで出会った時、僕はホランドの事をそんな風に思った。
ホランドとその部下たちは計画が失敗してもなお、戦い続ける事を選んだ。
あれは捕まるより死んだ方が良いという考え方に基づいた行動とは、少し違う気がする。
むしろ、死ぬために最初から戦っていた様な、そんな諦めの悪さだったのだ。
クーナを人質に僕への再戦を宣言したホランドも同様で、おそらく彼は本当にそのつもりでまだこの街にいるのだろう。
「アンタは人を良く見ているよ。その通りだ。ホランドは生粋の戦争屋だった。私はそれを見抜けなかったせいで、今回の事を止められなかった」
カリアビッチは呆れた様にそうホランドを表した。
「一体何があった? 連中が北皇の残党だというのは想像がつく。それがなぜ、この街でギルドに詐欺を仕掛け、領主一族を狙うような真似をした?」
オルコラが問う。
カリアビッチは頷いて、事の起こりから語り始めた。
「十年前、北皇は王国との再戦を決め、ここ新大陸の地を最初の戦場に定めた。小隊規模で侵入を行い、裏工作によって政府内部から浸食していくことで、目立つ事の無いままこの街を乗っ取ろうとしたんだ。
多国籍の冒険者たちが市民の大半を占める、この街の特殊性だからできる作戦だった。王国が関与しているのは正確には貴族院だけだったからな。そこさえ押さえてしまえば、王国の領地としての効力を剥奪できる。領主暗殺はその最終目標だった。
当時その作戦の指揮を執っていたのは私だ。ホランドは自分の腹心として連れてきて、作戦の準備を任せていた。だが、結果的にホランドは現地の協力者の選択を失敗した。その協力者はヘマをして憲兵に目を付けられ、我々の存在も感づかれた。そうなった時点で作戦の続行は不可能だ。我が隊は撤退を決め、この新大陸を去った」
「その協力者とは、ノーデンス男爵ではありませんか?」
僕の指摘に、カリアビッチは笑った。
「ははっ、流石は情報屋だ。そこまで知られていたか。彼は今、冒険者ギルドのマスターだそうだな。君の知り合いかね?」
これで、十年前の殺人事件と繋がった。
「ええ。まあね。……それで、十年前に撤収したはずの貴方達がなぜ戻って来たのです?」
「うむ。私たちが組織を結成してこの地に渡って来たのは半年前のことだが、その時には既にホランドはこの街にいた。隊の撤退後、失敗の責任を負わされて隊は解散し、ホランドとはそれ以来会ってなかったのだ。それが、向こうから接触して来たのが四ヶ月ほど前か。奴は再び戦線に復帰しろと言ってきた」
「そのホランドという男の中では、作戦は継続されたままだったのだな。たまにいるのだ。往生際の分からん馬鹿者が」
オルコラは嘆くように呟いた。
「その時初めてホランドから聞かされたのだが、北皇は三年前にも再び同じ作戦を実行しようとし、ホランドにその指揮をとらせていた。だが、その時も悪条件が重なって作戦は実行される前に失敗に終わっていたんだ」
「新大陸政府が王国から独立した統治を認められて、その年に法律の大規模な整備があったんだ。その影響で、ホランドは隠れ蓑として創ったギルドを強制的に解散させられている。その時点で、北皇の手が入っている事をこちらに察知されて、下手は打てないと考えたんでしょう」
エルドラとオルコラに向けて、カリアビッチの言葉を捕捉する。
ギルド崩しの最初の兆候として僕らが捉えた、外資系北皇ギルドの解散は、その作戦によって生じた事だったのだろう。
カリアビッチは頷く。
「そう。結果、冒険者に紛れて潜伏していた多くの工作員が、この地に取り残された。ホランドは彼らに資金調達と諜報活動の継続を命じて、再び作戦が始動する時まで待機を命じていたという」
「だが、その時が来る前に国の体制が変化してしまったんですね」
「そうだ。それで全てが収まるはずだった。取り残された工作員たちは祖国に戻ってくればいい。だが、ホランドは北皇の体制崩壊と共にこの地に再び渡航した。ここで直接指揮を執り、作戦を再始動するためだ。奴は私に言った。新大陸を落とせば、祖国は目を覚ますと。再び真の理想に気づいて動き出すと。
だが、あいつ自身そんな事を本気で信じているようには見えなかったよ。あれは結局のところ、死に場所を得たいだけの狂人だ。だから私は、関わりたくないと言ってやったんだ。それ以来会ってない」
「本当に会っていませんか?」
「ああ。軍を辞めて気づいたが、私は戦争より金儲けの方が性に合っている。アイツの自殺に付き合ってやる義理はない」
「そうですか……」
僕はオルコラと目配せした。オルコラは僕の意思を確かめ、部下たちに合図を送る。
カリアビッチへと、一斉に武器が向けられた。
「っ! 何の真似だ!」
カリアビッチは戸惑いながら、僕らを非難の目で見た。
「辻褄が合わないんですよ。ホランドの弟子であったクーナを、貴方がオークションで売ろうとしていた事も。ホランドが資金調達のためだけに、ギルド崩しなんて面倒な事をしていた事も」
「り、竜人の件に関しては、何かの間違いだ。アイツの弟子だと? あれは私が奴隷商から購入したもので―――」
カリアビッチはその矛盾点をそう切り捨てた。ホランドが彼の制御を失って暴走しているのなら、クーナが彼の元へ預けられる理由が無いのだ。ホランドはクーナの事を、大事な戦力だとはっきり言ったのだから。
「では、僕の推測を聞いてもらえますか。推理ではなく、推測なので、確たる証拠は何もありません。
まず、今回ホランドたちの拠点となったギルドですが、あそこは一年前に新設されていました。貴方の話を信じるのなら、革命後すぐにホランドがこの街に来たのは間違いないでしょう。
一年前、ホランドがこの新大陸に突然やって来たのは、貴方に誘われたからだ。本当は貴方の方から彼を誘い込んだ。組織より先にホランドを先行させることで、万が一ギルド崩しと組織の関連が疑われても、時期のずれを主張して逃れるための保険をうったんだ。
三年前に失敗したという作戦、本当は貴方が指揮していたのでしょう? その時すでに、貴方はこの街で横領詐欺をやろうと計画していたんだ。どうあれ今のところ確実に言えるのは、ギルド崩しの指令は三年前に出されているという事だ。それは冒険者の移転記録と帳簿を調べていけば断言できる」
「なぜ、私がそんな事をしなければならない!」
「ホランドのような男が、そんなやり方で資金調達をしようとする理由の方が分からないからだ。彼の戦い方を思い返せば、そもそもそんなに金は掛かっていない。彼はその手の事に固執するタイプにも見えない。となると、奪われた莫大な資金が何のために使われ、どこへ流れたのかが謎なんだ。
だが、貴方にならその理由がありそうだ。早々に祖国から逃げ出して、新大陸で非合法な商売を始めた貴方にならね。ギルド崩しで集めた資金は、その元手として用意した物だったのでは?
上陸半年の割に、貴方の組織は随分とこの街に馴染んでいるが、貴方の様な一介の軍人がこの街でそんなコネを持っているとは思えない。とすれば金の力だが、国の体制が変化した混乱期の最中にできた組織に、そんな資金力があるとも考えにくい。半年しか経っていない割に、貴方はここで金持ち過ぎるんですよ。僕はオークション会場の倉庫を見ているんだ。その時に僕は確かに、貴方が部下に自分の持ち物だけでも持って逃げるように命じているのを見た。大変高価な品物の数々を、所有していられる様だ」
「たまたま商売がうまくいった可能性だってあるだろう」
「もちろん、貴方が凄腕の商売人だというのならそれもあり得る。だが、貴方にはここで商売を広げる土壌が無い。なんせ、今日の今日までオルコラ氏に接触する機会が無かったからだ。彼の反感を買う事だけは避けなければならない。とすれば、秘かに商売ができるように現地の協力者に頼るのが良い。さて、ここで頼りにできるのは北皇人に警戒しない人間だけだ。なんせ、王国はまだ北皇という国が変化しつつある事を知らないからだ。それは、カリアビッチ氏本人がついさっき言った事です。革命話は秘匿されていると」
「まさか、ノーデンスとこの男がグル?」
当然、エルドラならたどり着く結論だった。彼女はカリアビッチを睨み付ける。
「横領だけなら単なる金の横取りだが、ギルド崩しをする事で、得をする勢力がいる。それはギルドだ。稼ぎ手が増える事は、組合に利益をもたらす者が増える事になる。だが、これは冒険者にただ給料を払っているだけの場合のみ言える事だ。ギルドは冒険者の活動の為に様々な都合をつける事を目的とした組織。所属する冒険者が増えれば、それだけ福利厚生での出費の方が多くなる。実際、ギルドを経営する事自体は稼げる仕事じゃないんだ」
「だけど、それを稼げる商売にしようとしていた人間が一人だけいる。確かにノーデンスは、職を失った冒険者を積極的に勧誘して引き入れていたわ」
「そう。ノーデンスが組む相手は考え方から言っても、ホランドより貴方の方が向いているんだ」
「全部お前の妄想だろう!」
カリアビッチは立ち上がり、僕を指さして吠えた。怒りの形相は憤慨か、追い詰められた焦りか。
「ああ。最初に言った通り、妄想と想像でしかない。
僕がこういう考えに至ったのは、クーナさんの存在だった。クーナさんとホランドの関係が師弟だというのなら、彼女をこの街に連れてきたのは、奴隷商ではなくホランドという事になる。いつの時点で、クーナさんはカリアビッチ氏の所有物になったのか。そのヒントはおそらく、二重にかけられていた奴隷魔法だ。クーナさんに言う事を聞かせるのなら、すでにホランドが彼女にかけていた術を使えばいい。それなのに、それとは別に奴隷魔法が彼女にはかけられていた。しかも、ホランドが使ったものより、はるかに格が落ちる魔法だ。
おそらく、カリアビッチ氏はホランドから借り受けていたクーナさんを、どうにか自分の物にして売ってしまおうと考えたんじゃないかな。彼女は超希少種族で、市場価値は破格の900万金貨以上だ。それはそれは、喉から手が出るほど欲しい商品だっただろう」
「だから別の奴隷魔法を植え付けて、彼女の拘束権を自分にも付与したのね」
エルドラの相槌に、僕は頷く。
「そう。そして、その裏切り行為が彼らの決別の引き金になった。ホランドはカリアビッチ氏が戦争の続行ではなく、本気でこの街で一組織として金を稼ぐ気なのだという事を知ったんだろう。いや、それはおそらくホランドだけでなく、ギルド崩しに従事させられていた残党兵士たち全員に知れた事だ。だから彼らは目立つ様にギルドを潰し始め、白昼堂々僕らのギルドを襲って見せた。そうして自分たちが一度捕まる事で、全ての黒幕が北皇マフィアだという事を憲兵と僕らに印象付けたかったんだ。カリアビッチ氏は裏切った代償に、かつての部下全員に裏切られた。どうかな?」
最初の逮捕の時、ホランドがカリアビッチを上官として呼んだのは、それを名前と勘違いしていたデイビスに誘導されたからだと思っていた。
だが、彼が裏切った上官に対する含みを込めて言った可能性もある。そうなると僕の予測通り、カリアビッチは未だにホランドの上官、つまりこの計画の真の首謀者だった事になる。
「……お前は何なんだ。預言者か? 思考が読めるのか?」
カリアビッチはどこか怯えた様な顔をして、再び椅子に腰かけた。
「あくまでも想像だ。今まで見てきた人々の事情、周囲で起こった状況、集めてきた情報。それらを総合して立てた、勝手な想像に過ぎない。だが、案外的外れでも無い様だ」
カリアビッチの様子は、悪事を咎められ、戸惑う人間のそれだった。
「……たかが竜人の小娘一人、売ったところで問題は無いと思った。部下たちにしてみても、祖国が変化した今、再び戦争を始める気など無いと思っていた。だが、アイツらは私の想像をはるかに超えて狂っていたんだ。祖国が無いのなら、祖国の為に戦って死ぬだけだとアイツらは言った。自分の命より、思想の方が大事だと言ったんだ! どうかしている!」
「それが、北皇人だ。30年前に私が戦い、そして忌むべき対象としたのはそういう軍人たちだった。彼らは思想に支配された機械だ。それは同郷の貴様の方が良く知っていただろうに」
カリアビッチの独白を受けて、オルコラは嘆くように呟いた。
「……ホランドは本気で戦争をする気だった。それを阻止したのはお前だ。情報屋レイズ。皮肉な事だな。私たちの計画を狂わせたのも、阻止したのも、全てはお前の存在だ。あの日お前にクーナを渡さなければ、もう少し事情は変わっていたかもしれない」
カリアビッチは僕を見て苦笑する。それが何よりの失敗だったと。
どう考えたって、あの時の彼の行動は浅はかだった。クーナを巡って交渉した他ならぬ僕が、それを言うのも違うのだろうが。
「貴方は目先の欲に流され過ぎだ。仲間を裏切ってまで手に入れた商品を、コネクション欲しさに僕に渡してしまうんだから」
「ははっ、この会食にはそれだけの価値があったさ。オルコラから許しをもらえたならば、ノーデンスとも手を切れる。アイツは私以上にがめつい男だよ。私とは別にホランドとも通じ、奴の計画を知りながら何も言わなかった。それどころか、自分の復讐のために利用して、女の冒険者を餌に利用しろと助言までしたそうじゃないか。お前が助けたという女の事だよ」
アストラの事か。先代と彼女が協力してノーデンスを追い詰めたというのは聞いている。ノーデンスの復讐対象にはなっていたかもしれない。
もしアストラの行方不明や、プラントミミックの出現までがホランドたちの仕業だというなら、その手間は想像できない程に壮絶な物だっただろう。
確かにギルド崩しに参加していた兵士たちは冒険者に偽装していた訳だし、ダンジョン内で活動する事自体は難しく無かっただろうけれど、それでも滅茶苦茶だ。
「十年前に貴方達が殺した冒険者の事を覚えている? 一年前にノーデンスが祖父を殺した事を、貴方は知っていた? 関わっていたの? ねえ!」
アストラがノーデンスの標的にされていた事を知って、とうとうエルドラが抑えられなくなった。
カリアビッチに掴みかかりそうなエルドラを、羽交い絞めにして留める。
「エルドラさん、抑えて!」
エルドラはそれでもしばらく暴れていた。これほど取り乱した彼女は初めて見た。やはり、普段冷静を装っていても、復讐計画を立てるほどだ。その心中は穏やかな物では無いのだろう。
「……それはどちらもホランドの仕業だ。私はいつも事後報告を聞いただけでしかない。それは誓って本当だ。私は君たち冒険者には何の感情も無いのだ」
カリアビッチはどこか気の毒そうにエルドラを見て、そう答えた。
「ううっ……」
エルドラは全身から力を失い、項垂れる。
嘆く彼女の姿を見て、オルコラは決を下した。
「決まったな。お前たちをこの街が受け入れる事は無い。立ち去れ、異邦人。お前たちの様な卑劣な者を、私は許さない。猶予はやろう。三日以内に引き上げて祖国への船に乗らなければ、この街全てがお前たちの敵となるだろう」
読んで下さり、ありがとうございます!