44 カリアビッチの来訪
翌日、懲りずにまたノーデンスがやって来た。
フルシの逮捕報道はすでに朝刊に載っており、僕が被害者の一人である事も載っている。にも拘らず、彼は謝罪の言葉一つ寄越さずに、勧誘を始めた。
「いくら頼んでもダメなのか?」
「お断りします!」
当然、断る以外の選択肢は無い。
「チッ―――」
三十分くらい粘って、ノーデンスは再び舌打ちと共に去って行った。毎度あの態度で帰って行くのに、翌日には勧誘しに来るってどういう神経しているのだろう。
あれくらい図太くないと、商人で大成はしないのかもな。
「また来たの? 図太さだけは評価してもいいかもね」
エルドラは去って行くノーデンスの背中を見て、苦い顔をしていた。
「いい迷惑だよ。どれだけ勧誘されたって戻る気は無いのに」
「それだけアイツが追い詰められ始めたって事ね。良い兆候だわ」
僕らがそんな話をしていると、今度は厳つい黒服の男二人が訪ねてきた。
「レイズと言う者はここにいるか?」
「……僕だが、貴方達は?」
「カリアビッチの使いと言えばわかるか?」
とうとう来たか。だが、肝心のカリアビッチの姿が無い。
「彼はどこにいる?」
「組織のトップが直々に出向く事は無い。あれは特殊な状況だっただけだ」
「悪いが、本人に来てもらわないと困る。今夜19時にこのギルドの前に来れば、オルコラと引き合わせると伝えてくれ。それまでに用意をしておこう」
「……了解した」
予想外に、黒服たちは聞き分けが良かった。
これには傍で見ていたエルドラも、拍子抜けだった様だ。
「随分とあっさり引き下がったわね」
「彼らだって、オルコラに睨まれたままこの街にいたくはないんだろう」
「でも、マフィアはあくまでも偽装なんでしょう?」
「疑問はそこなんだ。カリアビッチとホランドに、何かしらの関りが在るのは間違いない。ただ、二人の取っている行動があまりにも正反対なのが気になる」
偽装に徹して息をひそめていたホランドと、憲兵に追われる真似までして堂々と闇オークションなんてしていたカリアビッチ。
ギルド崩し発覚以降の目立つ行動は、ホランドたちが行動を起こす上で生じる不可抗力の様なものだとみている。
実際、それ以前の彼らの存在は徹底的に隠匿されて、誰もその存在に気づけなかった。
対して、カリアビッチの行為はそれ以前から目立つ事を避けていない。オークションなんて人を集める催しで、その存在を一部とはいえ街の人間に晒していたのだ。
そもそもギルドという隠れ蓑が在るのなら、それ以外の偽装組織を作る必要なんて無いはずだ。
「だからカリアビッチに直接聞こうじゃないか。オルコラもそれを聞きたがっている様だしね」
約束通りその日の夜、ギルドの前に馬車が停まった。
心配するミニケとガーランドにギルドの留守を任せて、僕はエルドラと共に馬車へ向かった。
「乗れ」
黒服が扉を開けて中へ入れと指示する。
「御者にこれを渡してくれ。それで行き先が分かる」
オルコラとの待ち合わせ場所を記したメモを黒服に渡し、僕らは乗り込む。
先に乗車していた先客は当然カリアビッチだ。
「どうも、カリアビッチさん。お久しぶりですね」
「その女は?」
カリアビッチは警戒したようにエルドラを見た。
「僕の護衛です。こう見えて高位の攻撃魔法を操る魔法使いでしてね」
「情報屋には身の危険が付き物か?」
「今回は特別ですよ」
僕の返しに、カリアビッチは笑った。
僕の様な一般市民がマフィアと対峙するには、護衛くらい必要だ。それをエルドラに頼むのは申し訳ないけれど、他ならぬ彼女が同行を希望したのだ。
確かに、カリアビッチの意図を探る事は、ノーデンスの事を知る手掛かりには成り得るだろう。
「お前を探すのは苦労したぞ。せめて名前くらいは聞いておくんだった」
カリアビッチは苦笑する。
「よく僕の居場所を見つけられましたね」
「最近になって噂を耳にした。優秀な情報屋が路地裏の冒険者ギルドで開業したとな」
「なるほど」
「で、今日は本当にオルコラに会えるんだろうな」
「ええ。それはご心配なく。自分の仕事は信用第一ですから」
会わせるという約束は守るとも。それ以降の結果は、貴方次第だが。
馬車は街を走り抜け、とある王国料理店の前で停まった。
今夜オルコラが指定して来た店で、この店がある一帯はオルコラの組織の縄張りだったりする。
「ここか」
カリアビッチは料理屋へと歩いて行く。
その後に続こうとした黒服たちを、僕は足止めした。
「おっと、護衛の方々は外に控えていただきたい」
「……貴様どういうつもりだ?」
護衛を付けるなという僕の申し出に、カリアビッチは当然疑いの目を向ける。
「当然でしょう。ここは紳士の話し合いの場だ。戦場じゃない。料理店に武器は無粋ですよ、ジョン」
カマかけのつもりで称号を呼ぶと、カリアビッチは声を上げて笑いだした。
「はははっ、その称号で呼ばれたのは久しぶりだな。良いだろう。外で待っていろ」
どうやらカリアビッチは僕の意図を察してなお、それに大人しく付き合ってくれるようだった。