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43 フルシとの決着

 ロネットの事は確かに気がかりだったので、見舞い用に花束を買って病室を訪ねた。


「ロネット、入るよ―――」


 そう声をかけながら部屋の中を窺うかがうと、誰かがロネットの胸ぐらをつかんでいた。

 夕陽が逆光して影になっているせいでよく分からなかったが、男がロネットに殴りかかろうしている様に見えた。


「てめえのせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ!」


 その怒声でロネットの危機が確定し、僕は病室に飛び込む。


「何をしてる!」


 二人に近づいて、人影の正体が目視できた途端、僕は驚きで思わず足を止めてしまった。


「っ! フルシ、どうしてここに?」


 全身薄汚れてボロボロになったフルシがそこにいた。汚れているせいか、やつれているせいか、以前よりも人相が悪く見えた。


「当然だろうが。コイツが土壇場でばっくれたせいで、俺は犯罪者にされたんだ。そのけじめはしっかり、つけなきゃな」


 フルシは狂気的な怒りの表情でわらう。

 追い詰められて正気でいられなくなったのか、目が据わっていた。


「あの日、ロネットは怪我を負ってすでにここにいたんだぞ。君の所へ駆けつけたくても、できなかったんだ!」


「そんな事が言い訳になるか!」


 フルシが怒りに吠えた。

 その声に怯えて、ロネットが縮こまる。

 捕まっているロネットの方に視線を向けると、彼女は頬を庇っていた。


「彼女を、殴ったのか?」


「だったらなんだ?」


 フルシは嗤う。その態度がとにかく気に入らなかった。


「……ロネットから今すぐ手を離せ」


「上等だ。俺の手柄をかすめ取ったお前にも、言いたい事は山ほどある!」


 フルシはロネットを突き放すようにして解放し、標的を僕に定めた。彼は腰からナイフを抜き取る。


「馬鹿な。あれは君の失態だろう。どちらかと言えば、僕は君の尻拭いをさせられたんだ。理由はどうあれ、君は見栄を優先して探索隊を危険に晒した。できない事をできると言い張った、君自身の責任だ。君にロネットをなじる権利は無い!」


「正義の味方面ヅラか? この偽善者がよ!」


 フルシは斬撃系のスキルを乗せて、こちらに斬りかかって来た。


「くっ――≪防御上昇≫!」


 斬撃スキルが相手では流石に分が悪く、防御力上昇系のスキルを自分にかけて左腕で受け止めた。

 それでもナイフが肉を裂き、骨に達する。スキルを使わなければ、腕が斬り落とされていた事だろう。


「ぐっ……うおおおおおっ!」


 痛みを紛らわせるように吠えて、フルシへ殴りかかった。

 僕の声に怯んだフルシは、拳の直撃を食らってよろける。すぐにその胸ぐらを掴んで、フルシの頭に頭突きを追撃した。


「がはっ!」


「頭を冷やせぇ!」


 手を離すと、フルシは気を失ったのか床に倒れて動かなくなった。


「はぁ、はぁ―――大馬鹿野郎が」


 動かなくなったフルシに、思わずそう言葉を投げた。

 本気の殺し合いなら、フルシの方が絶対に強い。彼が冷静じゃなかったのは幸運だった。今のは本当に危なかったと思う。


「何をしているんですか! ―――ひっ!」


 騒ぎを聞きつけたのか、廊下から看護士が駆けて来た。部屋の中の惨状を目にして、看護士は怯えていた。


「ああ、大丈夫。すみませんが、憲兵隊を呼んでもらえませんか?」


「は、はい!」


 落ち着かせるように慎重な口調でそう頼むと、看護士はぎこちなく頷いて駆けて行った。


「レイズさん……」


 ロネットはゆっくりと立ち上がると、不安そうな顔をしながら近づいてきた。


「大丈夫だったかい?」


「こんなの、すぐに治せます。それよりも、腕が……」


 殴られた頬の事を心配すると、逆にロネットから心配されてしまった。

 確かに斬られた腕からはすごい量の血が出ていて、自分でもちょっと引いちゃうくらいグロい。


「ああ。流石にスキルを使われると、フルシには敵わないね」


「すぐに治しますから」


 ロネットは僕の傍らにしゃがみ込むと、傷口に治癒魔法をかけ始める。


「ははっ、お見舞いに来たのに、逆に治療されちゃうんだもんな。ごめんね」


「どうして謝るんですか。それをしなくちゃいけないのは、私の方なのに……」


 情けなくて茶化した僕に、ロネットは苦い顔でどこか叱るようにそう言った。

 何も言い返せなくて、気まずい沈黙が僕らの間に流れる。


「フルシ様がこうなったのは、私のせいなんです」


 唐突にそう呟いて、ロネットはフルシを見た。


「子供の頃は、ここまで横暴な方では無かったんですよ。私が主の命令を全て達成しなくてはと躍起になったせいで、フルシ様はどんどんと我儘になっていきました。主を諫めるのだって従者の仕事なのに、私には怖くてそれができなかった……私が、この人をこんな風にしてしまったんです」


 彼女の独白には、後悔というよりも戸惑いの方が強く感じられた。勝手な受け手側の印象だが、彼女はおそらく、それ以外の生き方を知らないのだろう。


「君は大馬鹿野郎だ。フルシの失敗は彼自身の責任で、君に落ち度があるとしてもそれは調査内容を共有しておかなかった所までだ。こいつの人格にまで、君が責任を持たなきゃいけない義務なんかあるものか!」


「そうですね……」


 ロネットは意外と安らかな表情をしていた。まるでそう怒られる事を望んでいたみたいに。


「……君は優しすぎるんだと思う。それは君の良い所だけど、僕から見れば生き辛そうだ」


 被害者の彼女をあまり攻めたくなくて、なるべく聞こえの良い表現に変えて印象を述べた。それでも少しだけ、本音も漏れてしまう。僕も彼女の話で感傷的になってしまっているらしい。

 僕の言葉を受けて、ロネットは微笑んだ。


「ふふっ。その言葉、そっくりレイズさんに返しますよ。良い人過ぎて生き辛そう」


「そうかな」


「そうですよ。今まで、私の事をフルシ様から庇ってくださった方は二人だけ。エルドラと、貴方だけだった。特に貴方はフルシ様と対立ばかりして立場が無いのに、それでも私を庇って戦ってくれた。そのせいで貴方をギルドから追い出す事になってしまったのに、私は何もできずにやっぱり貴方の後ろに隠れて守ってもらってる。こんな卑怯な私を、どうして貴方は助けてくれるんですか?」


 それはどこか、期待した様な眼差しに思えた。僕がどういう回答をするのか、待っている様だった。

 エルドラは僕を鈍い男と言ったが、ロネットが好意を持ってくれている事くらいは気づいているつもりだ。

 ただ僕は、臆病だからそれを受け止める気にはなれないだけだ。


「目の前で困っている人を、放っておけないんだ。僕は一番辛い時期、先代とエルドラに助けられた。だからその恩を、行為で示していきたい。僕はいつでも、誰かの力になりたいんだ」


 偽りではない。けれど決して、今言うべきではない当たり障りのない回答をしてしまう。

 ロネットはどこか残念そうにして、微笑んだ。


「そっか。レイズさんはやっぱり、優しい人なんですね」


 急に罪悪感に苛まれて、僕は言葉を付け足した。


「……でも、それ以上に僕はパーティーが好きだったんだと思う。フルシとはずっと馬が合わなかったけれど、それでも僕らは一緒に冒険した仲間だったんだ。だから、君たちは僕にとって特別だ」


 追い出された直後にはフルシに対する嫌気や怒りがあったが、最近ではそれもどうでも良くなっている節がある。

 それ以上にパーティーとギルドを追い出された事の方が、自分にはショックだった。


 僕は誰かの力になりたくて、そして誰かに必要とされたかったから。

 なんだかんだ言っても、僕らは五年以上の月日をダンジョンの中で過ごした関係だ。思い入れはやっぱり、有るんだ。


「―――気に入らねえ話だな」


 不意にフルシが呟いた。僕らの話を、聞いていたらしい。

 彼はだるそうに体を起こすと、僕らへ憎悪の表情を向けた。


「悪党を排除して、ハッピーエンドってか? そうはさせるかよ!」


 フルシは僕を睨む。僕もフルシに敵意を向けた。さすがに彼を許す事はできない。仲間だからこそ、引導をきっちり渡してやらなければ。


「もう止めろフルシ。これ以上、罪を重ねるな。君はもっと、自分の失態について真面目に向き合うべきだ。君だって、本当は分かっているだろう? 目を逸らすな」


「黙れっ! この俺に失敗なんかない。俺はギルド最強の冒険者だ。お前みたいな半端な奴とは違うんだ! お前らが結託して俺をはめたのは分かってる。その手には乗るかよ!」


「そうか。なら、君は想像以上に馬鹿野郎だ!」


「黙れぇ!」


 ナイフはさっき落としたのか、フルシは殴りかかって来た。

 ロネットを巻き込みそうだったので、自分も前に出てそれに応戦する。

 フルシの拳が顔に入る。意識の飛びそうな衝撃に歯を食いしばって耐え、こちらも反撃した。


「うおおおおおおっ!」


 無防備なフルシの顔面に、全力の拳を叩き込んだ。


「ぐおっ!」


 殴られたフルシが大きく怯む。奴はよろけてそのまま壁際まで後退した。


「なんでだよぉ! なんで俺がてめぇなんかに負けてんだよ!」


 理不尽に、フルシはまた怒り出す。

 足音がして、入り口に憲兵が現れた。向こうも事情がよく分かっていない様で、入り口で一瞬様子を窺う素振りを見せた。


「あの人が、患者さんを襲ったんです。壁際の男です!」


 看護師がフルシを指し示す。それで憲兵が入って来た。

 フルシはそれを見て、焦り始めた。


「く、くるんじゃねえ! 俺は無実だ!」


「フルシ……」


 フルシの訴えに耳を貸すことなく、憲兵たちは二人がかりで彼を取り押さえた。逃亡中に体力が落ちたのか、彼には抗う力がない様だった。


「ふざけんな! 俺じゃねえ、こいつらが俺を罠に嵌めたんだ!」


「黙れ! お前のやった事は騎士隊が証言済みだ。言い訳無用!」


 憲兵はフルシの言葉をそう跳ね除けて、引きずり出す。


「俺じゃねえ! 俺は悪くねぇんだよぉ! ロネット、俺を助けろ! それがてめぇの仕事だろう!」


「フルシ様……」


 ロネットは動かない。震えて立ちすくむ彼女を庇って、前に出た。


「誰も助けなかった君を救おうとする人なんて、ここには居ない。ロネットは、君の奴隷じゃない!」


「ふざけんなぁ! 俺はわるくねぇんだよぉぉおおおおおお!」


 断末魔にも似た絶叫を上げながら、フルシは憲兵たちに連行されていった。

 僕らはただ、それを黙って見送る事しかできなかった。

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