41 遺された者達の復讐
「これが、私が知る十年前に起きた事の全てよ」
エルドラはそう昔話を締めくくった。
これまでは過去を振り返りたくなくて、父の事件を調べようとは思わなかったので、ただただ彼女の話した内容は意外な物だった。
「……信じられない。ノーデンスが北皇軍に関わっていて、父さんを殺した真犯人だって?」
「お爺様は、そう考えていたみたい。そして、おそらくそれを調べていたせいで、お爺様も殺された」
エルドラは更に、突飛な事を言い出す。
「先代が? でも、あの人は病気で……」
先代のギルドマスターであるオムシグは一年前、職務中に病で倒れた。その時は幸いにして一命は取り留めたものの、全身麻痺で口すら動かせなくなり、その月の内に臓器の機能不全によって亡くなったのだ。
誰もが、高齢だから病死したのだろうと考えていた。
だが、これまで聞いてきた話を思えば、ノーデンスなら暗殺くらいしてもおかしくは無い。
ただ気になる事があるとすれば、彼が9年も経ってから先代を殺害したという妙な時間の差だ。去年になってノーデンスの事情が急に変わったのだろうか。
「お爺様が亡くなった後、書斎でこれを見つけたの」
疑う僕に、エルドラは古びた手記を差し出した。
「お爺様はノーデンスの悪事を暴くために、十年間ずっと調査を続けていたのね」
エルドラの言う通り、手記の内容はノーデンスに関する調査記録だった。
最後に書き込みがされた頁には、先代が近々ノーデンスに殺されるかもしれないと予見している記述がある。それと同時に、エルドラに対して残した言葉も。
先代は孫に、ノーデンスに関わるなと念を押していた。エルドラの性格を知っての事か、もしくはそれほどに北皇の存在は危険なのか。
「……じゃあ、君は以前からこの事を知っていたのか?」
「ええ。三か月前にこの手記を見つけてね。すぐにガーランドさんにも相談したわ」
「なるほど。ようやく合点がいった。君が以前から何かを企んでいる風だったのは、これの事だったのか」
僕がギルドを追い出された日からずっと、彼女には何か思惑がある様子だった。それはおそらく、ノーデンスに対する企てだったのだ。
僕の予想は当たったようで、指摘されたエルドラは少し困った顔をした。
「あら、そんな気配があった? 私もまだまだね。そうよ。この三か月間、ノーデンスを貶めるために色々な準備をしてきた。その為に貴方まで巻き込んでしまった事は、本当に申し訳ないと思っているわ」
「僕が? 巻き込まれた自覚は無かったな」
「自分の事には鈍いのね。貴方こそが、私の切り札だったのよ。由緒ある冒険者ギルドを潰し、アイツの面目を潰す。その為の切り札。貴方という存在がギルドから失われる。それがどれほどノーデンスにとって痛手になるか、分かる?」
「数日前ならともかく、今は分かるよ。向こうにいた頃に取引していた他業種ギルドが軒並み、僕がいるならとウチのギルドに仕事を持ってくるようになった。『凪の雫』は取引相手を失い始めているんだね」
「『凪の雫』と提携していた他ギルドは、全てお前さんと取引があるからな。レイズがここに移籍したと方々で触れ回ってやったぜ」
ガーランドは得意げにそんな事を言った。
「もちろん、向こうから『凪の雫』を切り捨てられるように、色々と手も回してきた。ここ半年はその準備に走っていたと言って良いわね」
「だが、それだけで『凪の雫』が潰れたりするものかな」
仮にも古くから在るギルドなので、昔からの付き合いがある取引先もそれなりに有る。
それら全てが僕一人の為に商売相手を鞍替えするとは思えなかった。
「そこは心配ないさ。俺達が手を回さなくても、アイツはいずれ自滅していた。それを、あれこれと手を回して、早めてやっているだけの事なのさ。ノーデンスは自分でギルドの評判を落としているからな。あそこの冒険者達はみんなノーデンスに反感を持っただろうし、事務員たちはほぼ辞職した。最後にひと押しすれば、落ちる」
「なるほど。で、その最後の一押しって?」
エルドラは居住まいを正して、畏まった様子で僕に告げた。
「本当はね、計画の中にこれは無かったの。でも、貴方のおかげでたどり着く事が出来た。ギルド崩しが北皇の連中の仕業なら、きっとノーデンスも関わっている。それを、街中のギルドに公表するのよ」
「おいおい。そんな事をしたら、ノーデンスは殺されるぞ」
冒険者の名誉を貶めた者を、この街の冒険者は許さない。それは、僕が何より身をもって知っている事だ。
ギルド崩しにノーデンスが関わっている事を公表するという事は、ノーデンスが北皇と繋がっている事を公表するのに等しい。
冒険者ギルドを貶め、街全体を外国人の為に裏切ったとなれば、ノーデンスはただじゃ済まないだろう。
「でも、むかし彼が貴方にした事よ」
エルドラはあっさりと、そう返した。
あまりにも平静としたエルドラのその態度が、なんだか恐ろしく感じられた。