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39 11年前の出来事 3

 殺人事件から二か月が経った冬の日。

 オムシグは孫のエルドラを連れて、自宅からギルドへ向かって歩いていた。


「寄るんじゃねぇ、クソガキ!」


 路上でそんな男の怒声が聞こえたので二人が向くと、男が子供を蹴り飛ばしていた。

 どうやら物乞いの少年を、男二人が邪険に扱っている様だった。


「ちょっと! 酷いじゃない! 大人のくせに子供に暴力を振るうなんて、恥ずかしくないの?」


 エルドラはすぐに少年の元へ駆け寄り、男を非難した。


「うるせえ。ガキはすっこんでろ!」


「そこで何をしている?」


 オムシグもエルドラを追って、二人に近づいて行く。

 男たちはオムシグの顔を見た途端、顔色を変えた。


「あれはっ、オムシグか?」


「まずい、逃げろ!」


 逃げ出した二人の男にオムシグは覚えがなかったが、自分を見て逃げ出すという事は、おそらく冒険者なのだろうと思った。


「大丈夫か、エルドラ?」


「うん。でも、この子が……」


 エルドラは地面に倒れ込んだ少年を、心配そうに見る。

 少年はゆっくりと起き上がると、かすれた声で礼を言った。


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」


 起き上がった拍子に、少年の被っていたボロ布が剥がれる。その下に現れた、やせこけた少年の顔を見て、オムシグは驚いた。


「お前、もしかしてレイズか?」


 その少年は、レナントの一人息子だった。

 母親はすでに亡くなっているため、レナントの事件以降、オムシグはレイズの身を案じて探していたのだが、今まで行方が分からなくなっていたのだ。


「ひっ―――もしかして、おじいさんもお父さんの知り合い?」


 なぜか怯えた顔になって、少年は退く。

 オムシグはこの少年の身に起きた事を想像して不憫に思い、優しく言葉をかけた。


「……そう怯えなくていい。儂は君を助けに来たんじゃ。それにしても、今までどうしていたんじゃ?」


「毎日押しかけて来る人がいるから、家にいられなくなって、橋の下に住んでる」


 レイズの返答に、オムシグは驚愕した。季節は冬に入りかけており、朝には地面に霜が降りるほどに気温が下がっているからだ。

 オムシグがレイズの手を取ってみれば、その指先は真っ赤になって死にかけていた。


「なんという事じゃ……儂らと一緒に来なさい」


「もう大丈夫だからね。おじいちゃんが何とかしてくれるから」


 オムシグに怯えていたレイズだったが、エルドラにそう言われて少しだけ警戒を解く。


「う、うん……」


 三人はそのままギルドへと向かって歩き始めた。

 行先を知らぬレイズは、前方に見えてきた施設を見て行先を悟り、再び怯えだした。


「まさか、ギルドに行くの?」


「そうよ。おじいちゃんは、ギルドマスターなの」


 エルドラがそう答えた瞬間、レイズはオムシグの手を振り払った。


「い、嫌だ。冒険者はみんな、虐めて来るから――」


「なんじゃと? まさか、お前の家に押しかけて来るというのは……」


「うん。お父さんが酷い事したからって、冒険者がいつも来て暴れるんだ。だから、大家さんに追い出された」


 オムシグは言葉を失った。自分の同業者たちが、それほどまでに阿呆だとは思わなかったのだ。


「……大丈夫じゃ。あそこのギルドにいる冒険者は、君の味方じゃよ」


「何かあっても、私が守ってあげるわ」


 エルドラも強気な顔をして胸を叩く。

 二人の姿勢に少しだけ気を許し、レイズは渋々と頷いた。


「……うん」


 三人がギルドの施設に入ると、ちょうどロビーにガーランドがいた。

 レイズの事を案じていたもう一人の仲間に、オムシグは早速声をかける。


「ガーランド! レイズが見つかったぞ!」


「なに! どこにいた?」


 ガーランドはレイズの姿を見るなり、駆け寄ってきた。

 レナントと彼は同じパーティーを組んでいた仲間なので、レイズとの関わりも深い間柄だった。


「路上で乞食をしとった。この寒い中、橋の下で暮らしていたそうじゃ」


 オムシグの報告に悲痛な顔を浮かべ、ガーランドはレイズを見る。


「なんて事を……レイズ、オジサンの事憶えているか?」


「うん。ガーランドさんだよね」


 ようやく見知った大人に会えて、レイズの表情が少しだけ和らいだ。


「おお。そうだ。前に会ったよな。ここに来れば、もう心配はいらないからな」


「とりあえず、風呂に入って体を洗ってくると良い」


 オムシグのその提案を聞き、エルドラは率先してレイズの手を取る。


「私が連れて行ってあげる。行こう。こっち」


「う、うん」


 ギルドの奥へと走っていく二人を見て、ガーランドは感心したように呟いた。


「エルドラはレイズより下だろう? しっかりしているな」


「女子の成長は早い物じゃ。あれの母親もそうじゃった」


 オムシグは孫の在り方を喜ばしく思い、微笑んだ。

 それから真剣な顔に戻って、ガーランドに釘をさした。


「ガーランド、レイズの事を頼む。レナントの件で反感を持った冒険者たちに、酷い仕打ちを受けたそうじゃ。後から儂もきつく言っておくが、このギルド内ではそんな事の無いようにお前も言っておけ」


「ああ。他ギルドの連中はともかく、うちは皆レナントを信じている。大丈夫だと思うぞ。だが、気は張っておく」


「頼んだぞ」


 ガーランドに二人を任せて、オムシグは自分の執務室へと向かう。

 執務室の中は、調査資料で散らかっていた。オムシグが独自にレナントの事件を調べている過程で集めた、様々な要素の欠片たち。

 しかしそれらをどう組み合わせた所で、オムシグは事件の全貌を見るだけの所にまで至れずにいた。


「何があった。レナントがリュートと争うなどあり得ん。そもそも、どうしてあんな倉庫群にいたんじゃ」


 ただただ疑問ばかりが積もる事件に、オムシグは頭を抱える。

 ふいに扉が叩かれ、事務員が顔を出した。


「失礼します。ギルドマスターにお客様が」


「憲兵隊か?」


「いえ。『真紅の同盟』の方だと」


「すぐに通せ」


 被害者側であるリュートのギルドから客が来たと聞き、オムシグは背筋を正す。

 今のところはオムシグがどう思っていようと、レナントは加害者で、容疑者だ。


「突然の訪問、申し訳ございません。私、『真紅の同盟』所属の冒険者、アストラであります」


 執務室に入って来た若い冒険者は、そう名乗ってオムシグに会釈した。


「ああ、リュートの弟子だったか? 名前だけは聞いているよ」


「初めまして、オムシグ殿」


「それで、『真紅の同盟』はどの様に言ってきた?」


「いえ。本日はギルドの代表ではなく、私個人の用件で参りました。私も師とレナント殿の関係は良く知っております。この事件、公表されている内容が真実とはとても思えません。オムシグ殿もそうお考えでしょう?」


 アストラの問いに、オムシグはしっかりと頷く。


「うむ。無論、私もレナントを信じている。じゃが、どう調べてみても分からない事がある。誰が犯人であったとしても、動機が見当たらない」


「その疑問を解決するには不十分かもしれませんが、私も独自に調査してみました。これを見てください」


 アストラは一枚の資料をオムシグに差し出した。それは、不動産の売買に関する記録だった。


「これは……現場倉庫の購入記録か?」


「ええ。その名義、偽名だったことが分かりました。購入資金の流れを追ったところ、その口座の持ち主はノーデンス・イズリーム男爵。先日、連盟会議に出席されていたとか」


「確かにそうだが、あの場では議論こそあれ、言い争いにはならなかった。その程度の事で仮にも貴族が殺人などと―――」


「ですが、偽名を使って港の倉庫を購入している事は事実。しかもあの倉庫は、不自然なほどに中身が空だったとか。これは私の想像でしかありませんが、二人は倉庫で何かノーデンスの悪事を見てしまったのではないかと」


 アストラの推測に、オムシグは興味を惹かれた。


「それで口封じに消されたと?」


「ええ。追求してみる価値はあると思いますが」


 アストラがもたらした、状況を打開する鍵。真相がどうあれ、これを見逃す手は無いとオムシグは決心した。


「……良いだろう。追ってみよう」

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