38 11年前の出来事 2
ギルドからの帰りの馬車の中で、ノーデンスは同行していた貴族からお小言をもらっていた。
「まったく。君のせいで大恥をかいた。だから言ったのだ、彼らに余計な介入をするのは良くないと」
「はぁ、申し訳ございません」
「なんだね。その気の抜けた返事は。成り上がり者の君のために、わざわざこの私が手柄を上げるための場を用意してやったというのに」
「いえ。それには感謝しております。今回の事は、私が至らなかったばかりに、貴方様にまで恥をかかせてしまい、大変申し訳なく―――」
「謝罪は良い。次からは首尾よく頼むよ」
馬車が停まると、そこはノーデンスの屋敷の前だった。
貴族から追い出されるようにして、ノーデンスは馬車を降りる。
馬車を見送ってその姿が見えなくなると、彼は近くにあった街灯を蹴り上げた。
「クソが! お前だって俺の提案に乗り気だったじゃねえかよ! 失敗したのは俺だけのせいか?」
散々蹴り尽くして気が収まると、ノーデンスは息を整える。
「いかんいかん。私も陛下から爵位をいただいた身。言動は慎まねば」
体裁を整えてから自分の屋敷に入ったノーデンスは、使用人たちに出迎えられた。
「おかえりなさいませ、旦那様。客人の方がお見えになっております」
「そうか。すぐに行く」
使用人にコートと帽子を渡すと、ノーデンスは着替えもせずに応接間へと直行した。
「やあ、どうもホランド殿。お待たせして申し訳ない」
応接間で待っていた客人に、ノーデンスは会釈する。
「いえ。――それで、依頼した件は考えていただけましたかな?」
ノーデンスの挨拶を受け流し、ホランドと呼ばれた客人は仏頂面のまま早速本題を切り出した。
この男が表情を変えた所をノーデンスは見た事が無いので、待たされて不機嫌な訳でも無いのだろうと、求められるまま結論を提示した。
「ああ。そちらの提示した金額が出せるのなら、倉庫を一つ貸そうじゃないか」
「ありがとうございます。卿に感謝を」
感情の籠っていない感謝の言葉を受けて、ノーデンスは呆れ笑う。
「まったく。君たちも懲りないものだ。20年前の戦争を、再びこの新大陸の地から始めようというのかね?」
ノーデンスはこの客人が北皇の工作員である事を知っていた。
北皇と王国は20年前の戦争以来対立関係に有り、王国領であるここ新大陸の街も全くの無関係という訳ではない。
ホランドたち工作員はこの新大陸の街を陥落させ、開戦の合図とするべく派遣されてきた、兵士たちなのだった。
「ええ。全ては人類の為に。我らが偉大なる指導者は、真の平和を成すために戦い続けよとお命じになった」
狂信的でおよそ理解のできないホランドの言葉に適当に合わせて、ノーデンスは頷く。
「それは結構。海運業としては、戦いがある方が儲かるからな」
「では、早速ですが倉庫を見せていただけますか?」
「今からか? まあいい。では、行くとしようか」
夜も更けていたが、密入国者たちに隠れ家を提供するのだから、そのくらいの方が良いだろうと、ノーデンスはホランドを連れて外へと再び出かけた。
◆
「まったく。飲み過ぎだぞリュート」
堤防の上で、海に頭から突っ込む勢いで吐く友人の面倒を見ながら、レナントは呆れ顔で叱りつけた。
「仕方ないだろう。貴族院の連中があんまりにもムカつくからよ! ついつい酒が進んじまった」
リュートは顔を上げると、軽快な笑顔でそう応じる。
「それと飲酒量が比例する理由が分からん」
「憂さ晴らしだよ、憂さ晴らし! 真面目ちゃんには分からんか?」
そんな風に、レナントを茶化すリュート。
二人は所属するギルドこそ違うが、古くからの友人で酒を酌み交わす仲であった。
歳も近く、共にギルドの代表者として連盟会議に出席する実力者なので、通じるところが多かったのだ。
そんな関係から今夜レナントは、連盟会議での憂さ晴らしと称したリュートのはしご酒に付き合わされている。
10歳になる息子がいるレナントとしては、帰りが遅くなるのは心配であったが、かと言って酔った親友を放っておくわけにもいかず、困り果てていた。
不意に、二人の背後を一台の馬車が走り抜けた。
「ああっ? なんだ?」
「こんな時間に港で馬車か。あまり良い雰囲気じゃないな」
二人は走り去っていった馬車に不審な目を向ける。
たまたま飲み屋が近くに在ったので二人は港に来ていたが、夜になると船乗りたちは陸に上がるため、この時刻に人の姿は全く無い。
まして、今走って行ったのは貴族が乗る様な高級な箱車だった。昼間ですら港では見る事の無い代物に、二人の疑心は濃くなっていく。
「もしかして、密輸品の闇取引だったりしてな」
リュートが冗談めかして言った。
「冗談に聞こえないぞ。ただでさえ、最近は北皇の兵士が上陸しているなんて噂があるのに」
「噂じゃなかったりしてな。確かめてみないか?」
リュートの提案に、レナントは目を眇める。
「本気か?」
「おうよ。俺とお前、ギルドは違うが最強の冒険者コンビだ。負ける理由が見つからねえ!」
リュートの酔いは完全に醒めてしまっている様だった。
実際、馬車の事がどうにも気がかりなレナントは、リュートの提案に乗る事にした。
「……慎重に行くぞ」
「なんだよ。お前も乗り気じゃねえか」
音を消しつつ港脇の倉庫群へと向かう二人。
二人はすぐに、先程の馬車を見つける事が出来た。人通りがない事で油断しているのか、人目を避けようという意図が感じられなかった。
「馬車がそこに停まってるって事は、あの倉庫じゃねえか?」
「ああ。入り口が開いているし、間違いないだろう」
馬車が停車しているすぐ傍に、入り口の開いた倉庫を見つけて二人は近づいて行く。
「慎重にな、リュート」
「ああ」
二人は示し合って、倉庫に突入する。
瞬間、レナントが背後から撃たれて倒れた。
「うぐっ――!」
「レナント!」
心臓を何かの魔法で穿たれたレナントは、即死だった。
リュートは剣を抜いて振り返る。
「ジョン、マストニデータ」
レナントを殺害した男は、リュートの背後へ向かって異国の言葉でそう喋った。
それが北皇語だと気づいた時にはもう、リュートは複数の兵士に取り囲まれていた。
「まさか、後をつけられていたのか!」
倉庫の奥から、男の驚いた様な声がした。
リュートは振り返り、その声の主を見て目を見開いた。
「アンタは、さっきの!」
そこにいたのは、ノーデンスだった。たった数時間前、会議の場で男爵と紹介された男が北皇の工作員といる事に、リュートは唖然としていた。
「知り合いか?」
共にいるホランドが、リュートの反応を見てノーデンスに訊ねた。
ノーデンスはリュートとレナントの姿を目にし、奇妙な運命に腹を抱えて笑い出す。
「はっ、はははっ、あはははは! こんな偶然もあるのだな。面白い。そいつらを殺せ! 私をコケにした冒険者達だ!」
「てめぇ! ぐっ―――」
リュートは唐突に麻痺魔法をかけられて、その場に崩れ落ちた。痺れた身体では舌すら動かせず、石の様に硬直する。
そんなリュートに止めを刺そうとした兵士を、ノーデンスは止めた。
「いや待て、ただ殺すのでは味気ない。私の立場を貶めた連中だ。どうせならこいつらにも相応の罰を受けてもらおうではないか」
リュートが最期に見たのは、そう言って醜悪な笑みを浮かべるノーデンスの姿だった。
数日後、港の倉庫街でリュートの遺体が発見された。
現場近くでは凶器とみられる武器も発見され、憲兵隊の調査によってレナントの物と判明。
リュートがいなくなった夜にレナントと酒場で飲んでいたという証言も後に見つかり、憲兵隊はレナントの行方を追ったが、彼を見つける事は二度とできなかった。
誤字報告してくださった方、ありがとうございました。
読んで下さり、ありがとうございます!