35 ギルド内の変化
「あの馬鹿者め、どこをほつき歩いている!」
レイズの活躍が載った朝刊を丸めて、怒り狂う男がここに一人。
フルシの伯父であり、レイズをギルドから追い出したギルドマスターのノーデンスである。
本来、この一面を飾るのは甥っ子のフルシだったはずなのだが、フルシは職務を放棄して行方を眩ませた挙句、騎士団から追われる立場となっていた。
これはフルシだけの問題ではなく、一族の名誉も傷つける結果となった。ノーデンスにとっても、他人事ではないのだ。
そんな風に気が立つノーデンスを出勤早々待ち受けていたのは、ギルドのロビーに群がる群衆だった。
「いったい、何の騒ぎだこれは?」
「ああ、ギルドマスター。おはようございます。それが、ギルドに所属する冒険者たちが抗議していましてね」
入り口から中の様子を伺って戸惑うノーデンスに、男が声をかけた。ギルドで新人冒険者の育成をする、ガーランドという男だ。
「抗議だと? 一体何に対して?」
「俺の説明を聞くより、ご自分で話を聞かれた方が早いかと」
勿体ぶってガーランドがそう返したので、ノーデンスはロビーへと足を踏み入れた。
瞬間、ノーデンスの姿を視界に入れた群衆が、一斉に彼の元へと集まる。
「ああっ! ノーデンスが来たぞ!」
「このままじゃ、仕事が出来ねえよ! 何とかしろ!」
「鑑定部が無くなって、採取品の換金にものすごく時間がかかるんだけど? 私たちはその日暮らしなのよ。分かってるの!?」
「武装の購入補助金の撤廃って、何を考えているんだ? 新入りたちはどうやって自分の武器を買うんだよ!」
「提携している採掘ギルドと、錬金ギルドから苦情が……鍛冶師ギルドからは今後の依頼を打ち切るとまで言われています!」
群衆が一斉に口を開く。その中には冒険者だけでなく、事務員である受付嬢の姿もあった。
「一度にしゃべるな! 私に意見を通したければ、嘆願書を書け! 話はそれからだ! とりあえず、提携ギルドからの苦情の件を聞く。裏に来い」
ノーデンスは冒険者たちをそう一喝し、受付嬢の腕を引いて施設の奥へと逃げ込んだ。
「どうしてそんな方々から一斉に苦情が入った? まさか、フルシの事が外に漏れたのか?」
取引先から抗議される覚えのないノーデンスは、目下一番の問題であるフルシの件を真っ先に連想したが、受付嬢はかぶりを振った。
「いえ、フルシさんの事は私もよく存じませんが……おそらくその事ではないかと」
「では何だ? 何が起きている?」
「えっと……採掘ギルドと錬金ギルドからは、約束してあった定期の情報提供が滞っていると。鍛冶師ギルドに関しては、契約主であるレイズさんの移転に伴い、そちらのギルドと今後は取引をすると仰っています」
受付嬢の返答に、ノーデンスは安堵する間もなく疑問符を浮かべた。
「は? 何の話だ? どれも聞いた覚えが無いが? レイズとは誰だ?」
「えっと……ギルドマスターが先日クビにされた方です」
言い辛そうに、受付嬢が答える。
レイズの存在は、冒険者界隈では誰もが知るところであり、一ギルドの支配人が疎いのでは問題がある程であった。
ダンジョンや冒険者の業務に関わる大量の情報をまとめ上げるような能力は、個人が持てる範疇を越えており、それができるレイズは街で唯一無二の情報屋なのだ。
彼の世話になった事の無い冒険者は居ないとまで言われており、間接的に誰しもがその情報の恩恵にあずかっているのだとされている。
それを知らないのは、度の過ぎた謙遜主義のレイズ本人と、冒険者に興味の無いノーデンスくらいなものだった。
ノーデンスはギルドの経営にしか興味が無く、日常的に煩雑な業務をほとんど部下に処理させているため、その辺りの事情にはとにかく疎かった。
「クビにした人間なんか、山ほど居るわ! 具体的に説明しろ。これだから、学の無い奴は気が利かなくて困る」
そしてノーデンスは、自分の無知を自覚せず、人のせいにするタイプの男だった。
受付嬢はむっとしながらも、上司の要求に従って説明した。
「……各パーティーに付き添って、記録係を専門にされていた方です」
「ああ。あの不良債権か。アレがどうして、鍛冶師ギルドと契約していた事になっている?」
「それは、私にもよく分かりません。ここの受付を始めたのは去年からですので……」
「なら、話の分かる奴を今すぐに連れてこい!」
ノーデンスが受付嬢を責め立てる。
それを見かねて、ガーランドが声をかけた。
「そう、怒鳴り散らすなよ。部屋の外まで声が聞こえてるぞ」
「お前は教導部の……」
「ガーランドですよ。いい加減職員の名前くらい覚えてください」
「必要のない事だ。お前たちが私の事を知っていればそれでいい」
ノーデンスの物言いに、ガーランドは卒倒しそうになった。
「……そうですかい。まあいい。鍛冶師ギルドについて話してましたね」
「ああ。あの冒険者でも無い物書き風情が、どうしてギルドを差し置いて、鍛冶師ギルドと契約した事になっている?」
「元々、鍛冶師ギルドと仕事をしていたのはレイズだからだ。そこは材料調達まで自前でやってるのが売りのギルドでね。レイズがダンジョン内で採掘できる場所の情報や、市場で出回る希少鉱石の情報をやり取りしていた。その繋がりで、うちのギルドがそこの採掘班の護衛任務を請け負っていたんだ」
「そんな話は誰からも聞いていないぞ!」
「そりゃあ、聞いている訳ないよな。前任者とその支持者だった古株の職員を追い出したのはアンタだ。ギルドの事情をちゃんと把握している人間なんて、俺くらいしか残ってないぜ」
反抗的なガーランドの姿勢に不満を抱きつつも、ノーデンスは事情の把握を優先した。
「……まあいい。他にもう一つある。採掘ギルドが言ってきた、定期的な情報提供とは何だ? これも私は知らないぞ」
「それもレイズだ。鍛冶師ギルドと同様に、情報提供をしていたんだ。最近は冒険者ギルドも増えたからな。仕事の依頼なんてどこでもできる。ウチをわざわざ贔屓にしてくれていたのは、アンタの前任者が取引先との良好な関係を構築し、レイズがその見返りをこれまで渡していたからだ。
アンタはレイズをクズみたいに呼ぶがな、あの若者の影響力はすさまじいぞ。今じゃ、彼の伝えた情報で、この街全体の冒険者業務が円滑に回っているといってもいい。冒険者の業務に関わる他業種ギルドだって例外じゃない。今回の苦情なんて、その一部。始まりに過ぎないぞ。今にこのギルドは仕事を失う。それだけの物を、アンタは手放したんだ」
真剣なガーランドの発言を、ノーデンスは馬鹿げていると一蹴した。
「フンッ、何を馬鹿な事を。そんな話を誰が信じる。たかが小僧一人にそんな力があるものか」
「アンタはギルドマスターのくせに、世間の事情を何も知らないみたいだな。本国での学歴をひけらかす前に、新大陸の常識を勉強しなおしたらどうだ? 世間の事を何も知らずに、てっぺんで偉そうに喚いて、気に入らなければ大騒ぎ。今のアンタはガキ以下だぜ」
ガーランドは言いたい放題にノーデンスを責める。彼もまた、ノーデンスの差配に振り回されてうんざりしている職員の一人だった。
当然、ノーデンスは顔を赤くして激怒した。
「貴様っ! この私に向かって何という口を利く! 私は爵位持ちだぞ! 下民のお前に見下される筋合いはない! 今すぐに出て行けっ、クビだ!」
「結構。なら、俺もレイズの所にでも行かせてもらいますわ」
ガーランドは清々したと言い残し、その場を後にした。
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