32 レイズの追跡
僕とデイビスは憲兵隊を引き連れて、ダンジョンに入った。その目標は、先行している探索隊である。
途中、探索隊の動きを監督しているリリィと出会い、彼女の助言の元、僕らはウェンディッド率いる班の後を追って三層の北へと向かった。
「なあ、レイズ。どうしてダンジョンに奴らがいると考えた?」
僕は脱走したホランド達の行く先を、ダンジョンの三層と予測した。それによって僕らは今、ウェンディッドの班を追いかけているのだ。
デイビスは走りながら、その理由を訊ねてきた。
「最初に北皇の連中がこの街に冒険者ギルドを建てたのは、三年も前の事だ。なぜその時期だったのか気になって、少し調べてみたんだ。
三年前は、六層に到達した冒険者が最初に現れた年だ。それと同時に転送装置が六層にも設置された。過去の新聞を調べてみたら、予想通りだったよ。六層の転送装置開通セレモニーが開かれていた。この街のご領主様自らが、六層にまで下りてテープカットしたんだ」
「まさか、連中の狙いはそれか?」
「ああ。おそらく、領主とその親族たちの暗殺だ。
街中では冒険者と憲兵隊の目があるし、貴族街は騎士によって昼夜問わず厳重に守られている。防衛面に関しては、この街は世界最高レベルだ。地上にもダンジョンにも魔物がいるせいで、実戦経験の豊富な戦士がわんさかいる。
その中で暗殺を実行するとしたら、閉鎖的なダンジョンの中しかなかったんだろう」
「だから今日なのか。領主の三男が探索隊を率いている今は、暗殺の絶好の機会か。だが、三男だぞ?」
「ああ。こう言っては何だが、殺したところで大した影響が出るとは思えない。けれど、今日目立った動きがあるとすれば、これが一番怪しいんだ。強いて挙げるなら、騎士団を混乱させるくらいはできるだろうけど、その先は何とも」
ダンジョンの三層へ向かうという判断は、かなり大きな賭けだった。外せばそれだけ、ホランド達に有利な状況を与えてしまう。
「まあ、良いさ。俺はお前の読みを信じると言ったんだ。付いて行くとも。街の出入り口は水路に至るまで憲兵が押さえている。外しても心配すんな」
「できれば当たっていてほしいけどね」
デイビスの励ましに、苦笑を返す。
だが、心のどこかでは外れていてほしい気持ちもあった。ウェンディッドの班にはフルシが同行していると聞く。あんな奴でも、知り合いがむざむざ殺されるのは良い気がしない。彼の実力は疑っていないが、クーナがいると事情が変わる。あの子の力は正直規格外だ。
当然、クーナにだって人殺しはさせたくない。
「どっちだ?」
二手に分かれた道にぶつかり、デイビスが慌てる。
「……左の方が安全だが、隊列は右に行った様だ。地面が焦げている」
僕はそう説明して、右の道を選んだ。
「なあ、何で左が安全なんだ?」
「右側の天井にはスライムの粘液が残っていた。スライムは天井に張り付いて、頭上から獲物を狙う魔物なんだ。おそらく、探索隊はスライムの襲撃を受けたんだろうね」
「なるほど。おっと、次はどっちだ?」
再び道が分かれる。今度のは簡単だった。
「上だね。集団の新しい足跡が、下の道から上の道に向かって続いている。おそらく一度引き返したんだ」
「優秀な案内役がいると助かるぜ」
「ありがとう。でも、冒険者ならみんなできるよ」
デイビスは褒めてくれるが、冒険者は日常的にこんな事をしているので、必須技能の一つだと言って良い。この程度の観察力も無いのなら、一層で修行するべきだ。でないと命が危ない。
「……どうやら、探索隊はこの先へ向かったらしい」
集団移動の痕跡を追っていくと、それは緑の深い地域へと続いていた。
三層は最近謎の緑化が進んでいるが、その中心地なのか、地下とは思えないほどの植物に溢れている。
「あれは、森か?」
「植物系魔物の縄張りだね。あれだけの濃さだと、かなりの奴が潜んでいそうだ。
デイビスさん。みんなに魔石灯ではなく、松明を点ける様に言ってくれ」
僕はランタンの明かりを消して、率先して松明に火を点す。
ダンジョンに向かう前に、同行する憲兵隊員たちには全員松明を持たせるようにお願いしていた。
三層緑化の話は聞いていたので、念のためにと持って来たが正解だった。
「ああ。そういや、入る前に用意しろとか言ってたな。どうしてだ?」
その訳を、デイビスは訊く。
「植物系魔物は火を嫌うから、無駄な戦闘を避けられるんだ。逆に魔力を発する照明なんかは、縄張りの中だと魔物を呼び寄せるから危険だ」
「そういう事か。よし、みんな。今のは聞いたな」
60人ほどの憲兵隊員が一斉に火を持った。これだけの熱を放っていれば、まず魔物は来ないだろう。
緑化地域を進んでいくと、ほどなくして遠くで爆発音が聞こえてきた。
「今の音はなんだ?」
「誰かが奥の方で戦闘しているんだ。行こう!」
僕らは移動のペースを上げる。
しかし、緑化地域は思いのほか道が複雑で、僕らはすぐに足止めを食った。
「道が入り組んでるな」
「デイビスさん、ちょっとこれを」
デイビスに松明を渡し、地図を取り出す。
「その地図で分かるのか?」
「一か月も前だし、植物に覆われる以前の物だから、あまり信用できない。ただ、ここまで見た限り、植物自体は地形を変えていないから、参考にはできる。
音がしたのはこの方角。突き当りに開けた空間がある。ここなら強力な魔物が住処として使いやすい。おそらく、戦っていたのはこの場所だ」
戦っていたのが探索隊だという仮定の下、彼らの位置を想像する。
「彼らは大人数だから、引き返すにしても休憩地は確保しているはず。僕らと同じ道を通ったとすれば、この空間は使えるな」
僕が示したのは、魔物が住処とするにはやや手狭な空間だ。奥のボス部屋と僕らがたどっている道の中継点にある。
「だが、ここは三つの道に繋がった場所だ。三方から襲撃を受ける可能性があるだろう」
デイビスはそう指摘するが、三層の魔物はほぼ獣なので、そんな戦略的な事はしない。
「探索隊は、自分たちが人間に狙われているなんて思ってないさ」
「だが、俺達はそうするべきだと思う。どうせホランド達には後れを取っているんだ。不意打ちを仕掛けてやろう」
「まだそうと確定した訳ではないんだけどね。……でも、そうだね。やってみようか」
ホランド達が先行している場合、最悪すでに探索隊と接触している可能性はある。
戦いの音が聞こえてからそれなりに時間が経っているし、勝てたにしろ負けたにしろ、探索隊は一度退いているはずだ。
デイビスの提案のもと、憲兵隊を三つの部隊に分けて、それぞれ三方向から休憩地点へと向かう。
休憩地点に近づくと、そちらの方角から戦いの音が聞こえてきた。
「あれは、戦闘か!」
「マズい、もう始まっている!」
休憩地点と定めた空間の中では、負傷した騎士たちと黒ずくめの集団が戦っていた。
その中に、クーナの姿を発見する。
クーナのすぐ傍にはホランドらしき男も居り、その彼は今まさにウェンディッドらしき人物へ魔法を放とうとしていた。
「ここからじゃ、間に合わねえか!」
「いいや、させない! ≪魔法障壁≫!」
魔法のスクロールを発動する。
ウェンディッドの前に魔法の障壁が展開されて、雷撃魔法を間一髪で防いだ。
僕とクーナのコンビでは、まともな魔法を使える者がいないので、有事の際にと買っておいた高価なスクロールだったが、役に立って良かった。たった一度しか使えないが、中等魔法までなら防いでくれるアイテムだ。
「突撃っ! 一人も逃すな!」
デイビスの号令で、憲兵が両者の戦闘に介入する。
僕もデイビスと共に、ホランド達の元へ駆けつけた。
「ふぅ、危なかった。やっと見つけたよ。ホランド」
ククリ刀を持った男は、目深にかぶっていたフードを剥いだ。その下に、昨夜捕まえた『吹雪の旗』のギルドマスターが現れる。
「お前は昨日の……いったい、何者だ?」
ホランドは忌々しいとばかりに顔を歪ませる。
ようやく敵を出し抜けた様で、少しばかり気が晴れた。
「レイズ。ただの冒険者兼情報屋さ」
僕は剣を構えて、ホランドと対峙した。