30 フルシの失墜3
探索隊は未踏の領域を目指して、緑の深い地域に入って行った。
地下でありながら植物が生い茂るその場所は、強力な魔物の前触れとして冒険者たちがあえて避けている地域だった。
「この辺りは緑が濃いですな。まるで地上の森にいる様だ」
騎士隊長が景色の変化に、そんな感想を漏らす。
ウェンディッドも、その発言に頷いた。
「うむ。太陽の光も届かない地下で、どうしてこの様に生い茂るのか。不思議なものだ」
「気を付けてください、殿下。この様な異常な環境には、強力な魔物の影響があるものです」
フルシはそう進言する。怖気づいて引き返してくれよと願いながら。しかしそんな想いが届くはずも無く、
「では、我々はその領域に足を踏み入れた訳か。根の流れを辿れば、魔物の居場所に行けるか?」
「はっ?」
ウェンディッドの返答に、フルシは呆気にとられた。
「アストラの実力ならば、三層で不覚を取るはずは無いと、多くの者に言われた。それならば、異常な事態に巻き込まれた可能性がある。その強力な魔物と遭遇し、戻れなくなったのかもしれない」
(何を言ってるんだコイツは! そんなことしたら、失敗の確率が上がるだろうが! どうせ、恋人なんか死んでんだよ! 素直に安全な場所回ってろ!)
そう叫びたくて仕方なかったが、フルシはぐっとこらえて沈黙し続ける。
そんなフルシの様子を不審に思い、騎士隊長が声をかけた。
「フルシ殿、いかがなされた?」
「……自分には見当もつきません。この様な現象は初めてですので」
何とか平静を装って、適当な言葉を返した。
しかしその発言を、またも騎士隊長が妙な捉え方をする。
「なんと! フルシ殿の様な、熟練の冒険者でも未知の事象とは。アストラ様が、この辺りを探索されていた可能性はあるかもしれませんな」
「よし。進軍だ」
ウェンディッドの命令で、隊列は奥へと踏み込んでいく。
(ああ、馬鹿野郎どもが!)
何をやっても裏目に出るこの状況に、フルシは頭を抱えた。
長らく探索がされていない地域へ侵入した事で、一行は魔物と頻繁に遭遇するようになった。
騎士たちの安定した戦闘によってそれらを退け、隊列は奥へ奥へと進んでいく。
「流石に魔物が多いな」
連戦が続く状況に、ウェンディッドが危機感を持つ。探索が過酷な仕事と言われる訳を、肌で感じはじめていた。
そんな主君に、騎士隊長は心配無用とばかりに言葉を返す。
「ですが、我が隊はほとんど無傷。精鋭揃いの騎士戦隊の前には、魔物など敵ではありませんな」
「だが、油断はするな。ダンジョンは不測の事態が常の魔境。フルシ殿は再三我々に、そう忠告してくださった。それを無駄にするな」
「ええ。もちろんですとも」
騎士隊長率いる戦隊は、意気揚々と進軍する。
彼らはやがて、開けた空間にたどり着いた。木の根の様な物に埋め尽くされた、大広間だ。
「開けた場所に出たな」
「強力な魔物は、巨体が多いので、広い場所を好みます。注意してください」
フルシはウェンディッドにそう進言する。
直後、騎士隊長が広間の中心を指さした。
「っ! 本当に何か出てきましたぞ」
木の根が盛り上がる様にしてその下から現れたのは、植物の怪物だった。
醜悪な食人植物に、人間の女の姿をした≪木≫の精霊が生えている。
その女の顔を見た途端、ウェンディッドが膝から崩れ落ちた。
「そんなっ、はずは……アストラ!」
女の顔は、ウェンディッドの探し人であるアストラと瓜二つだったのだ。
いなくなった恋人が魔物と化していた事実に、ウェンディッドは戦意を失った。
「ウェンディッド様! ――ええい。魔物如きが殿下を謀るなど、許せん! 全体攻撃用意! あの魔物を討伐せよ!」
騎士隊長はウェンディッドを庇いながら、戦隊に攻撃命令を出す。
植物の魔物を守る様に、地面から小型の魔物が複数体はい出てくる。
「むぅ、手下を出してきたか。フルシ殿、あれは見た目通り火で焼き払って良いのですな?」
「ああ。あれはアルラウネで間違いない! 眷属共々、≪木≫属性の魔物には火が有効だ」
植物と女が融合した姿の魔物を見て、フルシはそう断定した。
フルシの発言に従い、騎士隊長は魔法騎士たちに攻撃を命じる。
「戦士隊、待機! 魔戦士隊、≪火≫魔法用意! 放て!」
魔法騎士たちが一斉に火炎球を放った。炎の塊は向かってくる魔物に直撃し、その身体を焼き尽くす。
雑魚はこれで排除した。あとは本体を倒すだけ。そうフルシが確信した直後、炎の中から爆発が起こった。
焼かれた魔物たちが破裂し、その破片が隊列を襲う。
「ぐあああああああっ!」
「何が起きた!?」
「爆発だ! 魔物が爆発したぞ!」
飛び散る火炎弾に巻き込まれ、方々から悲鳴が上がった。
火炎弾が降りやんだ後にフルシたちが見たのは、全滅しかけている味方の光景だった。
最前列にいた戦士隊はほとんどの者が即死し、生きていても重症者ばかり。
中衛の魔法騎士たちにしても、軽装であるが故に被害は甚大で、多くの者が深刻な傷を負っていた。
「くそっ、どうしてこんな事が……撤退! すぐにこの場から離脱する! 動ける者は負傷者を運べ!」
騎士隊長が撤退命令を出す。
指揮官は戦意喪失。味方の被害は甚大。彼らは一気に引き返す事すら困難な状況に置かれてしまった。
フルシはただ、その様子を冷めた目で見つめていた。