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29 フルシの失墜2

 ダンジョンに入った探索隊は三層に降り立つと、いくつかの班に分かれて探索を開始した。

 それぞれの班に、連盟の代表冒険者が案内役として付き添う。

 フルシが同行するのは、探索隊の主力である、ウェンディッド率いる班である。


「さて。ここから先は貴方様が頼りですぞ。頼みますよ、フルシ殿」


 班の戦闘指揮を担う騎士隊長が、フルシに軽い調子でそう言った。

 ダンジョン探索を侮っているのか、騎士たちの間にはやや緩んだ気配が漂っている。その中でウェンディッドとフルシの二人だけが緊張感を持っていた。


「あっ、ああ。任せてくれ」


 本来ならば、フルシがこの中で一番余裕を見せていたはずなのだが、今の彼にはこの探索を絶対に失敗できない重圧が掛かっている。

 失敗すればパーティーの責任ではなく、個人の責任となってしまう。


 冒険者を始めた当初からエルドラとロネットが常に傍に居た彼にとって、こういった状況は初めてだった。

 つまり、失敗をすれば常にロネットあたりに責任を押し付けていた訳で、


(クソッ、こうなったのは全てロネットとレイズのせいだ。戻ったら覚悟しておけよ!)


 この期に及んでも、やはり叱責の矛先は自分へとは向かないフルシだった。


「早速分かれ道か。地図にはない場所だな」


 隊列は進んで早々に、二手に分かれた道にぶつかった。

 ウェンディッドは役に立たない古い地図を見ながら、わずかに怪訝な顔をする。


「ダンジョンは常に道が動き続ける魔境ですからな。その辺りはフルシ殿に知恵をお借りしましょう」


 この為に連れてきたのだからと言わんばかりに、騎士隊長がフルシに助言を求めた。


「ああ、ここは確か……右で良いはずだ」


 薄っすらとした記憶を頼りに、フルシは進路を促す。


「右の道ですな」


 フルシの言葉を信じ切った隊列は、右の道へと進んだ。

 しばらくして、前列の兵士たちから悲鳴が上がった。


「うわぁっ! なっ、なんだ!」


「スライムだ――ゴボボボボ……」


「前列退けっ! 退けっ! 溺れ死ぬぞ!」


 天井から落ちてきたスライムに包まれて、騎士たちがもがき苦しむ。

 そんな仲間を引きずって必死に後退してくる前列の戦士たちと入れ替わり、中衛の魔法騎士が前に出た。


「魔戦士隊、≪火≫魔法用意! 放て!」


 騎士隊長の号令で、魔法騎士たちが一斉に火炎球を放った。

 炎の魔法がスライムの群れに直撃し、その身体を焼き尽くして蒸発させていく。

 幸いにも死者は出ず、被害は軽く済んだ。


「フルシ殿! これはどういう事ですか! 進んだ途端に襲撃されましたぞ!」


 助言が間違っていたではないかと、騎士隊長がフルシを責めた。


「ダンジョンは常に環境が変化し続ける過酷な地。不測の事態はいつでも有り得る。偶然起きた事を、自分に責められても困ります。冒険者は皆、普段からこれに少人数で対処しているのです」


 フルシはそんなもっともらしい理由を述べて、責任を回避しようと試みた。


「なるほど。申し訳ない」


 フルシの言い分を真に受けて、騎士隊長は謝罪する。

 そんな彼の対応に、素人だから仕方ないよねという様な顔をしながら、フルシは内心で大いに焦っていた。


(危ねえ! 何とか騙せたか。それにしてたってうっかりしてたぜ。そう言やそうだ。ここの道でスライムに襲撃されて、慌てて引き返したんだ。ロネットに記録させたの忘れてた)


 先日の下見の探索で、フルシは全く同じ道を選択してスライムの襲撃に遭っていた。

 その時はエルドラの魔法に助けられ、急いで引き返したのだ。

 その事を、フルシは今の今まですっかり忘れていた。


「フルシ殿、今度は上下に分かれていますが」


 隊列が道を進むと、また道が二手に分かれていた。今度は上へ向かう道と、下に向かう道に分かれている。


「下で良いんじゃないですか」


 フルシは少し投げやりに、そう答えた。というのも、


(この先に来た事ないんだから、知る訳ねえだろ。いちいち聞くな!)


 このルートを進んだ覚えがないので、知るはずも無かった。


 下見と言いつつ、結局フルシは自分が進み易い道しか選んでいなかったのだ。本来の探索であればそれでも良いが、事前に何かを調査するといった活動に心得の無い彼は、それを失念してしまっていた。


 いつだって、事前の調査と対策はレイズの役目だったのだ。


「うっ、うわぁ! 床が崩れた!」


 フルシの不運は続く。

 今度は進路の床が崩れ落ち、前列の戦士たちが落ちそうになる。


「引き上げろ! 待ってろ、今助けてやるからな!」


 鬼気迫る救出の様子が前列から聞こえてくる中、騎士隊長は疑いの目でフルシを見た。


「……フルシ殿?」


「ダンジョンは予測できない事だらけです。だから素人には難しい。我々はダンジョンの洗礼を受けているのですよ、隊長殿」


 落ち着いた玄人の態度を装うフルシだったが、内心では冷や汗が滝の如く流れていく様をひしひしと感じていた。


(あれぇ? おかしいな。普段はこんな事ないのにな。いつも以上に調子が悪い。マズいな)


 それもそのはず。普段はパーティーメンバーの思慮深い忠告があるからこそ、フルシはほとんど危険に遭う事無く安全に探索が出来ているのだった。


 特に彼が軽視しているレイズとロネットに関しては、その辺りの観察力はずば抜けていた。

 もちろん、その二人を軽視している時点で、彼がその事実を心得ているはずも無く、フルシは全て自分の力だと信じ切っているのだ。


「そのとおりだ隊長。無理を言って、我々が案内役を頼んでいるのだ。根拠の無い疑いをかけるのは無礼だぞ。フルシ殿は街でも特に優秀な冒険者と聞く。そんな御仁の能力を疑うのか?」


 フルシの言葉をウェンディッドが擁護ようごし、騎士隊長を責めた。

 主君にそう叱られては反発もできず、騎士隊長はフルシに頭を下げた。


「……その通りですな。相すまぬ」


「いえ。分かってもらえればいいんですよ」


(よっしゃあ! なんだかんだ言ってもツイてるぞ俺!)と内心ウキウキのフルシ。

 直後に、彼の心を打ち砕く様な発言をウェンディッドが切り出すのだが、そんな事は知る由も無い。


「しかし、思ったよりも魔物が少ないのだな。ダンジョンは魔物がひしめく危険な地と聞いていた故、もっと進行は過酷な物になると思っていた」


「ああ。今日の探索に向けて、連盟の冒険者達が総出で露払いをしましたからね。この辺りにはほとんど残っていないかと」


 ウェンディッドの感想にフルシがそう返すと、途端にウェンディッドが驚いた。


「何っ? では、この辺りは既に探索されているという事か。なるほど。隊長、移動のペースを少し早めよう」


「承知いたしました。殿下」


「フルシ殿。未開拓の区画まではどのくらいかかる?」


 ウェンディッドの問いに、フルシは目を丸くする。


「えっ! まさか、さらに奥へ行かれるのですか?」


「当然だ。我々は人を探しに来たのだ。既に探索が成された場所を回ってどうする。フルシ殿は妙な事を訊くな」


 不思議そうにするウェンディッドへ、騎士隊長が軽薄な調子で教示する。


「いえいえ、殿下。それは冗句というのです」


「おお。そうか。すまぬな、フルシ殿」


「は、はあ……」


 見当違いな方向に解釈されてどうする事もできず、フルシは呆然と立ち尽くした。


(おいおい。正気か? これじゃあ、何のために下見したか分からねえじゃねえか! 全滅しても俺のせいにするんじゃねえぞ……)


 フルシの心労はさらに続く。

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