28 フルシの失墜1
時は少し遡る。
レイズに殴られ、エルドラにパーティー脱退を宣言されてしまったフルシ。
彼は去って行くエルドラたちの姿を見送って、腹立ち紛れに近くの柱を蹴った。
「クソッ、どいつもこいつも……」
思い通りにならないこの状況にも腹が立ったが、何より苛立つのは自分の不甲斐無さだ。
戦闘職である彼が不意打ちとはいえ、二度もレイズの様な非戦闘員に後れを取っているのは、プライドに障る事態であった。
殴られた頬が痛むごとに、苛立ちが募っていく。
「おい、フルシ。会議の時間だぞ」
リリィに呼ばれて、フルシは内心焦りだす。
会議では、下見に出ていたフルシのパーティーが、三層部の状況を探索隊の各指揮官に説明する予定になっていた。
ロネットに全ての記録を押し付けていたフルシは、彼女の不在によって窮地に立たされる。
「あの役立たずが……戻ってきたら、ただじゃおかねえ」
フルシは仕方なく三層の古い地図を用意し、自分の記憶を頼りに報告をする事にした。
記録が無くとも、自分で三層の探索をしたのだから、その経験でどうにでもできると、フルシは自分に言い聞かせる。
だが、そんなものが役に立たない事など、フルシ自身が一番よく分かっていた。
戦う事に意識の大半を持って行かれる前衛職の戦士であるフルシが、ダンジョンの様子を事細かに覚えている余裕などあるはずがなかった。
会議の結果は悲惨なもので、ダンジョン探索の経験がない騎士たちは誤魔化せたが、同業者達からは白い目で見られる事となった。
「フルシ。さっきのあれはなんだ?」
会議が終わった後、フルシは早速リリィに呼び止められた。
「あっ? 何の話だ」
「とぼけるな。連盟が発行した古い地図など出して。半年以上経っているんだ。今さらあんな物が役に立つものか。事前に下見をしているという報告は何だったんだ?」
責めるリリィの口調に、フルシは忌々しいとばかりに顔をしかめる。
「仕方ないだろう。記録を持ったままロネットがいなくなったんだ。他にやり様がなかった」
「ロネット? 彼女は回復魔法使いだろう。えっと、なんだっけな――ああ、確かレイズと言ったか。彼はどうした? 貴公のパーティーには優秀な記録係がいると、うちのギルドでも評判でな。その腕を見込んで、君たちに案内役を依頼したのだが」
今もっとも聞きたくないその名前が出た事で、フルシの理性は怒りに支配される。
この場にレイズがいれば、事態を乗り切れた事は間違いない。フルシ自身それを認めてしまっているのが、とにかく腹立たしくて仕方がなかった。
「レイズだと! 俺達を雇ったのは、ウェンディッドの護衛の為じゃなかったのか?」
「戦力なら騎士の隊列があんなにいるだろう。私たちはあくまでサポートだ」
最初からレイズの能力だけが求められていた事を知り、フルシは憤慨する。
「ふざけるな! レイズの野郎はこの話が上がる前に、とっくにこのギルドをクビになってるよ!」
「なんだと!」
他所のギルドの人事事情など知るはずも無いリリィは、レイズ不在の事実を知って唖然とする。
「どいつもこいつも、レイズ、レイズと、気に入らねえ!」
フルシは怒りと焦りに苛まれながら、会議場を去る。
彼が祈るのは、今日の探索が滞りなく無事に終わる事だけだ。
仲間に見放されたこの状況で失態を晒せば、ギルド内だけでなく街全体の冒険者たちから笑い者にされる。
逆に独りで事を成せば、自分の実力を誇示できる。
フルシにとって、この探索は一世一代の大博打へと変わってしまった。