27 デイビスの提案
クーナの事について相談しようとデイビスを訪ねると、憲兵隊の基地がいつになく騒がしかった。
「白昼堂々、全員脱獄だと! クソッ、一体どうなってやがる!」
知った声だったので怒鳴り声が聞こえた方を見ると、デイビスが机を殴っていた。
「デイビスさん、部長がお呼びです」
「後で行くと伝えてくれ! こっちも忙しい」
部下にそんな対応をするデイビスに声をかけるのは気が引けたが、一応ここまで来たので訊いてみた。
「どうしたんです?」
「ああ、お前か。ちょうどいい所に来た。お前にも聞きたい事がある。連中が脱獄しやがったんだ」
デイビスはうんざりした様子で、とんでもない事を言った。
「連中って、『吹雪の旗』が!?」
「ああ。留置場の壁に大穴空けていきやがった。駆け付けた憲兵も何人かやられてる。しかも、それを手引きしたのが、頭に角の生えた馬鹿力の小娘だって言うんだ」
「まさかっ、クーナさん!」
角の生えた種族自体はそれほど珍しくないが、馬鹿力の女の子はそういるものではない。
まして、今は状況が状況だ。僕がその結論を出すのは一瞬の事だった。
デイビスも、それを否定しなかった。僕に聞きたいと言うのは、そういう事だろう。
「ああ。それで、例の冒険者はどうだった? 探していた知り合いだったのか?」
「その通りでしたよ。彼女はクーナさんにやられたと言っていました。クーナさんは、強い魔法で何者かに操られている可能性がある。熟練の回復魔法使いの意見だから、信頼していいと思います」
「なら、その"何者"はホランドで確定だ。例のギルドマスターだよ。嬢ちゃんの侵入口は奴の独房だった」
昨日の様子では小物の悪党だったが、ホランドという男、厄介な事に有能さを隠していたらしい。
「彼がそれだけの使い手なら、僕らは奴にまんまとしてやられたって訳だ。押収したファイルもおそらく全部偽物でしょう」
「どういう事だ?」
「昨日、有力筋から情報をもらったんです。彼らはマフィアの手下でも、冒険者でも無く、北皇国の工作員である可能性がある」
「はぁ? お前、アイツらが軍人だって言うのか?」
オルコラに話を聞いた時の僕と同じく、デイビスも信じられないという顔をする。
「ええ。僕らが目を通した記録では、あのギルドの冒険者たちは、適当に他所のあぶれ者を引き込んで集めた事になっていました。けれど、それならこの期に及んで彼らまで助ける理由が無い。マフィアにとっては使い捨ての駒でいいはずだ。
それに、最初から引っかかっていた事ではあるんです。ギルドを追い出される程の問題を抱えた者たちに、三年もの期間を費やして、秘かに横領を働く様な精密さがあるとは思えない。あれは極めて組織的で、仲間に対する忠誠心が無ければおそらく成り立たない。そして辛抱強くないとできない作業だ。
今では、彼らが愚連隊を装っていただけの様に思えてならないんですよ。素性を一から調べ直した方が良い」
「なるほど。それで、アイツらが敵国の工作員だとして、次に何をすると思う?」
「何かは分からないが、三年前にできなかった事だ。そして、おそらく決行は近い。
昨日になって僕らのギルドを襲撃したのは、詰めで邪魔が入らない様にするためだったんでしょう。エルドラさんのおかげで失敗に終わったが、それで僕らが日和れば良し。反撃があっても、僕らを欺くための証拠を用意していた。捕まる事も、計画に入れていた可能性すらある。だから抵抗しなかった」
「なら、今日の脱走も予定のうちか?」
「ここまで計画的なら、その可能性は十分にある。彼らの逮捕で、一時的に憲兵隊の動きが止まった。それが目的だったのかもしれない。これまで慎重に息をひそめていた彼らが、ここに来てギルドを潰し始めて横領を明らかにし、表立って僕らを襲撃して来た。この騒ぎで注意を引いていたのかも」
「何か探されちゃマズいものがあって、それに気づかれない様にあんな立ち回りをしたって?」
「ええ。あくまで僕の推測ですけどね。けどそれが当たっているなら、このまま素直に彼らを探すのは不味いかもしれない。僕らの虚をついて、今日中にも何かしらの行動を起こす可能性はある」
そして気づいた時には、彼らは仕事を終えて逃亡しているかもしれない。
「気に入らねえな。俺たちは踊らされている訳か。……なあ、情報屋。手を組まないか?」
デイビスは神妙な顔で、僕にそんな意外とも言える提案をしてきた。
「良いんですか?」
「ああ。このままやられっぱなしっていうのも気に入らん。だが、憲兵隊には手持ちの情報が少なすぎる。だから、この件に関してはお前の推測に賭けてみようと思う」
「やります。やらせてください」
クーナさんが連中といるのなら、何としても助け出さなくては。それには僕の方も憲兵隊と組むのは都合が良い。
「よし。なら、部長と少し話してくる。その間に、連中の目的について考えておいてくれ。それが分かれば、追う手掛かりになる」
デイビスはそう言い残して、走り去っていった。