26 悪漢たちの脱走
憲兵隊の基地に隣接された留置場には、逮捕された『吹雪の旗』の冒険者たちが全員収監されていた。
特に『吹雪の旗』のギルドマスターであるホランドは重要参考人として、他の者とは別に独房を割り振られている。
9時を迎えて日が高く昇り始めたころ、監視の任に着いていた憲兵は、見回りの最中に独房の中でホランドが嗤っているのを目にした。
「おいっ、何を笑っている!」
うす暗い部屋の中、何かを企んだ様に嗤うホランドが不気味に映り、憲兵はそのわけを聞いた。
「いや、ただ少し遅かったなと思ってな」
ホランドはただ、それだけ答えた。
彼の言葉の意味が分からず、憲兵は眉をひそめる。
瞬間、独房の壁が破裂した。
破砕音を轟かせて崩れる壁の向こう側に、朝日に逆光した人影が現れる。
「っ! なんだ!」
舞い上がった埃と眩い朝日に目を細めながら、憲兵は狼狽えた。
対して落ち着き払った様子で、ホランドは人影に声をかける。
「遅かったなクーナ。できればもう少し早く来てくれると助かったぞ。連中のぬるい尋問に付き合ってやるのも、それはそれで面倒だったからな」
「…………」
クーナと呼ばれた人影は、ただ沈黙してその言葉を聞いていた。その佇まいはひどく冷たく、およそ生き物らしい気配が皆無であった。
憲兵は少女の影を見て、それを人形の様だと思った。
「待てっ!」
我に返り、憲兵が独房の鍵を取り出した。このままではホランドに脱走されてしまうと、急いで部屋に入ろうとする。
その間に、クーナによって枷を取り払われたホランドは、自由になった片腕で魔法を放った。
ホランドの放った電撃魔法は、独房に飛び込んだ憲兵を直撃する。
憲兵は体を激しく震わせると、白目を剥いてその場に倒れた。焦げた臭いを放つ憲兵は、口から黒い煙を微かに立ち上らせる。
「ふんっ、これが治安維持用の兵隊とは笑わせる。王国人は平和ボケしすぎだな」
嘆くように、そして嘲笑う様に、ホランドは憲兵の死体を見下ろして呟いた。
「クーナ、他の連中も出してやれ」
ホランドの命令に何の返答もせず、クーナは鉄格子を破壊して廊下に飛び出した。
そうして同様の破壊行為を繰り返し、捕らえられた冒険者たちを解放していく。
物音を聞きつけた憲兵をことごとく感電死させて、ホランドは解放した部下たちに号令をかけた。
「さて、諸君。概ね計画通りだ。戦争の仕度を再開しようか」
ホランドの言葉に、五十人以上いる男たちが黙って一斉に頷いた。